第20話 迷宮の死闘 3
冒険者というのは粗暴な人間であるという偏見は、実のところ偏見ではなく事実である。
もちろん人柄や調整能力、処理能力に優れた冒険者も尊敬されるが、何よりもまず力が物を言う。
力によって奪われたなら、他のもっと力のある冒険者に頼むか、ギルドに仲裁を願うしかない。
しかしその仲裁も、基本的には強い側に立つことが多い。なにしろ強い冒険者は、問題のある依頼の突破力に優れている。
強いというのはステータスなのである。
だが単純に強いからといって、何でも許されるわけではない。
引退した冒険者が力が衰えた頃、暗殺されるというのはよく聞く話である。
だから引退するにしてもギルドや貴族家に就職したり、全く別の街で新しい人生を始めることが、賢い冒険者のアガリ方である。
今回の場合は、ちゃんとルールを定めた決闘になる。
冒険者の決闘にルールなど無用とも思えるのだが、そのあたりはちゃんと決めておかないと、ただの殺し合いになってしまう。
アリウスはもちろん、レオンも相手を殺したいわけではない。
殺してでも奪い取るのが通用するのは、本当の無頼者の中だけである。
「とりあえず気絶したら負け。降参したら負け。他にどうする?」
「いやいや、もうちょっと考えたまえよ」
レオンの脳筋具合にはアリウスもびっくりである。実はティアもこういう傾向にある。
「武器を落としたら負けというのは?」
「それだと俺が有利すぎないか?」
レオンは公平性に拘るようだが、彼の破壊力を考えると、ちょっと実力が拮抗しているだけでも、力加減が難しくて相手を殺してしまう可能性が高い。
アリウスが致命傷を与えた場合は、即死でない限りはほぼ治療出来るが。
「魔法は全部使っていいのか?」
「そうじゃないと俺が有利すぎるだろう」
これまたびっくりである。レオンには魔法に関する知識があまりないのかもしれない。
いや、アリウスの魔法知識がこの世界の常識から逸脱しているのでもあるが。
とりあえず決まったのは、全ての武器と魔法の使用を許可。倒れて10数えるまで立ち上がれなかったら負け。また出来るだけ相手を殺さないということである。
倒れたら即座に止めをさすのが常道であるのだが、倒れたままの姿勢から何かを仕掛けられることを考えると、これもルールにしておいていいだろうということになった。
そしてどれだけ離れた距離から開始するかということだが、これは魔法使い同士の対決からルールをもらい、レオンの足で20歩の距離を取ったところから開始とした。
あとは銀貨を放り投げ、落ちた瞬間から開始である。
ちなみにどうでもよくないことであるが、迷宮の最奥へ下る階段が現れているが、これは無視である。
考えてみれば迷宮の外では、街から離れていても両者の戦いは周辺に被害を及ぼすだろう。
竜の縄張り争いが、森一つを壊滅させてしまうという御伽噺と同じだ。
ならば誰も来ないはずの迷宮の最下層は、その頑丈さもあいまって、戦いの舞台としてはもってこいだ。
銀貨が落ち、決闘が始まった。
レオンが全力で前進し、アリウスが全力で後退した。
戦士であるレオンにとっては、剣の届く距離が間合いである。アリウスは剣も使うが、見る限りでは魔法の方が得意そうに思えたのだ。
そして距離を取ろうとしている姿を見て、その考えが正しいと判断する。
魔力で足場を作って、レオンは連続で前に跳躍した。アリウスは飛行しているが、瞬間的な速さではレオンの方が速いように思えた。
剣の間合いまであと一歩というところで、アリウスの魔剣が振るわれる。
「”轟け”」
それは実際、ぎりぎりの瀬戸際であった。
魔剣の衝撃はレオンを止めることは出来なかったが、その勢いでアリウスは逆に、自分自身を背後に飛ばしたのだ。
(あっぶね~! こいつ、まじで強い)
ティアと戦った時以上の緊張を、アリウスは強いられていた。
なにしろ彼女は真祖の吸血鬼。己の不死性を知るが故に、相手の攻撃に無頓着であったし、何が脅威になるかを分かっていなかった。
レオンは違う。この男はおそらく、自分に匹敵するか、あるいは上回る実力の相手と戦ったことがある。それも何度も。
『爆裂』
さらに距離を取るため、アリウスは魔法を使う。人間であれば一撃で肉片と化す威力だが、レオンは絶対に死なないという確信があった。
実際、爆風によってもレオンが傷つくことはなかった。
わずかに床が削られ、それが視界を遮る塵となる。
だがわずかの躊躇も逡巡もなく、レオンが一直線に向かって来ているのは分かった。
(魔法が効いてない? つーか消えた?)
ここまでの階層でも、魔法を使う魔物はいなかったわけではない。しかしその攻撃をほとんどはレオンは避けていたし、わずかに当たったものも装備にダメージが通ることはなかった。
魔法に耐性がある頑丈な革鎧と思っていたが、そもそも魔法自体が解除されている。
しかしそれならそれでやりようはある。
レオンの周囲で瞬間的に爆発が繰りかえし起こり、その爆風は巨体を揺らがせた。
純粋な魔法による爆発ではなく、魔法の爆発で空気を揺るがしたのだ。さすがにこれは効果が消えないらしい。
だが消えないからといって有効であるとは限らない。そもそもの耐久力に優れたレオンの装備は、その程度の攻撃ではダメージが通らない。
ほんの一呼吸の間があれば、その防御を貫く魔法が発動できるかもしれない。しかし剣と違って魔法は、放たれたものを手元に戻すことは出来ない。それが剣と魔法の明らかな違いだ。
ひょっとしたらレオンを殺してしまうかもしれない。アリウスはレオンを殺したくない。
様々なデバフの魔法を使ってみたが、全てレオンには効果がない。これも強いものを使うなら、少しの時間が必要だ。
レオンの剣を回避しながらも、アリウスは魔法で彼を止めるのは、かなり難しいことだと判断した。
あらゆる魔法が通用しない、破壊力の高い戦士。魔法使いにとっては悪夢のような存在である。
だがアリウスは魔法使いではない。
魔法使いであれば、二撃目か三撃目で戦闘は終わっていただろう。しかし純粋に戦士としての技量も、アリウスは卓越している。
大剣とわずかに打ち合って、両者はほんの少しの間を空けて対峙した。
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