第50話 迷宮の奥へ 1

 ダイタン迷宮は31層から、その色を変える。

 これまでは所謂迷宮型、人工の石造り、もしくは石材を削ったようなものから、森の中のような風景でと変わる。

 だが壁の区切りはあるので、迷宮内には間違いない。ここで出てくるのは、主に虫系の魔物である。


 虫。この不思議な、独特の生態系を持つ存在。

 その魔物の特徴は、とにかく普通の虫より巨大なことである。外骨格は鎧などの材料として高く売れるし、肉も食用となる場合が多い。

「絶対無理だから!」

 叫ぶレナを前に出し、一行は巨大な芋虫と対峙していた。

「見た目はあれだが、食べても美味いぞ。それに弱いし。注意するのは生命力が高いぐらいかな」

「あんたほんとに元日本人か!?」

「たぶん……きっと……めいびい……」

「あああ」


 嘆いていたレナであるが、戦闘はきっちりと終わらせた。

 魔力の刃で正面から両断。そして熱攻撃。また切断。熱攻撃。

 魔石すら砕いてしまうぐらいの過剰な攻撃であった。


「そんなに素材の剥ぎ取り嫌だったのかね」

「当たり前だよ!」

「農村に住んでたら虫の魔物ぐらい遭ったことあるんじゃないの?」

「あんなでかいのは初めてだよ!」


 ダイタン迷宮では中層に分類されるこの階層では、確かに虫は巨大であった。

 まあ見た目が怖いのは分からないでもない。けれど実際に強いよりはいいであろうに。

「女の冒険者には、ある種の魔物を本能的に嫌う者がおるからの」

 オットーはそう言うが、アリウスとしては容認したくない。

 SAN値チェックが必要な魔物や、超越存在に比べたら、虫の魔物などどれほどのものだろう。




 そして昼、レナはもう慣れて、普通に食事をしていた。

 虫の肉を食べることは絶対に拒否していたが。

 ちなみに解体して素材を剥ぎ取るのは、オットーとレオンが主に行っている。アリウスはある程度手伝うが、レナはもちろんティアも、触ろうとはしない。

 ティアの場合は刃物の扱いが苦手で、特に虫などの解体をすると、べちゃべちゃになってしまうのだ。

 乾燥してるよりはじめじめしている方が好きなティアであるが、べちゃべちゃするよりは乾燥している方がいいらしい。贅沢なことである。


 それにしても、とオットーは思う。

 アリウスたち三人が、相も変わらず強いのは分かる。しかしこの階層まで来てレナも、急激に強くなっている。

 迷宮で戦えば強くなるというのは、オットーも経験している事実であるが、この成長速度は異常である。


 迷宮探索者は強くなる。これは一般に知られたことである。

 特に深層に潜った者ほど強くなる。これは実は微妙に間違っている。

 深層の魔物は強く、それに勝つには当然ながらそもそも強いか、作戦を立てて格上を倒す必要がある。

 そもそも強い者は、それ以降も強い。

 そして格上を倒すことは危険であり、それに挑戦する冒険者はどんどん減っていく。

 格上の魔物を倒すほど強くなる。これが正解なのだ。


 レナの場合は格上の魔物を、アリウスたちの援護を受けながら、そして良い装備に身を固めながら戦っている。

 アリウスが特に、レナの力で出来るギリギリを見定めていることも大きい。

 かなり格上の魔物を短期間に倒すことによって、レナの成長は異常に速くなっているのだ。

 まあ成長期ということもあるが。




 虫の多い階層、第40層の階層主は、倍足蜘蛛であった。

 その名の通り、足が普通の蜘蛛の倍の数、そして倍の長さある、巨大な魔物である。

 この魔物相手には、アリウスたちは全員が参加し、しかしほどほどに実力を抑えて戦った。

 レナの魔法でもダメージは与えられるが、ここで魔力を使いきると、回復に時間がかかる。

 一応今日はここまでなのだが、無茶な魔法の使い方をすると、何日か尾を引くからだ。

 だから今回は見学である。


 レオンは正面から攻撃し、普通に防ぎ、普通に反撃していた。

 自分の倍以上も大きな魔物の攻撃を、しっかりと受け止める。レオン個人もだが、あの大剣の強度は盾よりすさまじい。

 アリウスは速度を活かし、魔物の攻撃範囲を見極め、引こうとする魔物に斬撃を加えていた。


 一番おかしいのはティアだ。速いという点ではアリウスと同じだ。

 しかしどう考えても人間には不可能な体勢から、次の体勢へと変化している。そして地面に足を着けなくても、異常な腕力で蜘蛛の甲殻に罅を入れる。

 そしてさほどの間もなく、階層主の攻略は終わった。




「さて、今の戦闘のどこが一番悪かったか分かるか? たぶん分からないと思うけど」

 圧倒した戦闘の後、アリウスはレナに質問をした。

 オットーはなんとなく分かった。だがそれは悪いというよりは、一般的な戦闘とかけ離れすぎている部分だと思ったが。

「いや、全員蜘蛛を一方的に翻弄してたと思うけど……」

「まあ、そこが悪いところなんだけどな」

 レナは偶然にも正解した


 戦闘には手順というものがある。

 これはパーティーでの戦闘だけでなく、あるいは一個人、あるいは一軍、規模さえ違っても同じことだ。

 何か、こうすれば勝てるというものがなければいけない。

 これは一つのやり方に拘って、逆に動きが取れなくなってしまうというのとは違う。

 動きの最適化がなされていないのだ。


 ありふれた例で言うならば、グレイシー柔術がチョークで決めるのと似たようなものか。

 魔物は種類が多く、またパーティーには最大の力を発揮するやり方があるので、一概には言えないが。

 つまるところ戦法が全く確立していないのだ。

 今は相手が弱いのでいいが、この先個としての力が通用しなくなればどうなるか。

 最後まで通用してしまう可能性もあるが、人間と言うのは一人と一人の力を合わせて、二にも十にも出来るものである。

 逆に二以下になってしまうこともあるが。


 ふむふむと頷いているレナだが、おそらく実感はしていないだろう。

「今のレナだと、どういう役割が一番力を発揮できるか分かるか?」

「後衛からの魔法攻撃」

「正解だ」

 というかほとんどそれしかさせてもらっていない。

「この辺りの魔物だと、レナ一人で戦える敵はほとんどいない。だが火力で倒すだけなら、今でもそれなりに使える。今後他の連中とパーティーを組むことがあるなら、自分の役割をしっかり知っておくべきだな」

 アリウスの言葉は全くもって正しかった。


「あれ? ちなみに師匠たちの場合、どういう役割をするの?」

 レナの目から見ると、三人とも力が突出していて、一人でなんでも出来そうだが。

「レオンは前衛だ。特定のパーティーと組んだことはあまりないらしいから、連携することは少ない。前に置いて、好きに動いてもらうのが有効だな」

 ああ、確かにレオンはぼっちでも大丈夫そうである。

「俺はどこでもいい。前衛の攻撃でも、前衛の盾でも、遊撃でも、後衛の火力でも、補助でもなんでも出来る」

 言われてみれば、本当になんでも出来るものだ。

「ティアは俺以外と組んだことがないから、前に出て戦うか、後ろから攻撃するか、やっぱりどうでもいい。逆に俺と同じで、役割がはっきりしていない」

 それを言えばレオンも、単独でなんとでも戦いそうであるのだが。


「オットーさんを見れば、どんな役割か分かるだろう?」

「あ、なるほど、偵察とか陽動とか、あと広い意味では交渉役とかも」

「正解じゃな」


 オットーは戦う力は強くない。

 だが生き残るために必要な技能を持っている。また探索者を続けていくための技能も。

 顔の広さというのも、ある種の強さであるのだ。


「自分が出来ること、出来ないことを判断して、仲間を集める。戦士ばかり五人でも、魔法使いばかり四人でも、戦いようはある。その辺りはまあ、経験かな」

 そう言ってアリウスは、嫌がるレナを魔物の解体へと連れて行くのだった。


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