第18話 迷宮の死闘 1

 この迷宮は、罪業の呪縛神ルジャジャマンの神域である。

 この神の権能は、人の持つ罪を自覚させ、その罪の意識で人を呪うというもので、なかなかいい性格をしていると言えよう。

 迷宮主もまた、何かを縛るという能力がある。蜘蛛熊は糸で探索者を縛るものであったし、古老魔樹も枝や根で拘束するという能力があった。


 一応迷宮主は判明している。悪霊騎士だ。

 悪霊騎士というのはけっこう一般的な魔物であるが、個体によってその能力が隔絶している種でもある。

 この迷宮の悪霊騎士は、様々な呪いの能力を持っていて、その魂はかつての探索者が迷宮に捕らわれたものであるという。

 つまりこの迷宮で死んだら、邪神の眷属となってしまう可能性があるわけだ。レオンのような戦士など、さぞかの邪神にとっては魅力的だろう。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、迷宮を攻略していった。

 普段アリウスはティアと組む場合、自分が前に出てティアが援護するか、ティアが前に出て翻弄し、その間に自分が決めるというパターンが多い。

 しかしレオンのようなほぼ生粋の前衛戦士と組むと、魔法を付与するパターンばかりになってしまう。魔法の攻撃よりも早くレオンが敵を殲滅してしまうためだ。

 一度多くの魔物に遭遇した時は、さすがに広範囲の殲滅魔法を使ったが。


 それにしてもレオンの体力は底なしである。

 アリウスが慎重で、こまめに休憩を取っているということもあるが、レオンは全く休みを取ろうとしない。

 かなり動き回って戦闘の中心となっているにも拘わらず、そんな様子なのだ。

「本当に消耗してないのか?」

「ああ」


 単純に戦闘で消耗するというより、普通人間というのは、疲れない生活をしていても、ある程度の眠りを必要とするものである。

 しかしレオンは、おそらくは歩きながら一部を眠らせている。

 ほんのわずか、数呼吸ほどの間でも脳を眠らせる技術というのは、アリウスも出来るものだ。もっともアリウスの場合は、純粋に体が休息を必要とする。


 確かにかつて生まれ変わる前は、超短時間睡眠を駆使して、ほぼ三ヶ月休息なしの戦闘を行ったという記憶がある。

 あれは悲惨と言うより、ほとんど滑稽であった。なにしろ食事や排泄まで、戦闘中に行うのであるから。

 とりあえず全てが終わった後、水場に直行したものである。

「ほとんど休みなく、どれぐらいの時間行動出来る?」

「二週間ほどはやってみたことがあるな」

「化物め」

「二度とはやりたくない」




 そんな軽口を叩けるぐらい、アリウスにとっては楽な攻略であった。

 というか戦闘で頭を使わないでいるというのは、久しぶりのことである。ティアと組んだ場合など、彼女は吸血鬼由来の無茶な戦法を行使するので、ちゃんと見張っておかなければいけなかったからだ。

 その点レオンは超人とは言え、人間の領域に留まっている。

 アリウスの速度に不満があるようだが、それでも口にはしない。彼の知る限りでは、最も早い分類に入るのだろう。


 そして睡眠を取ることもなく、二人は最下層に到着した。

 この階層は階段から一直線に通路が延び、その先に大きな広間が一つだけある。

 迷宮主がそこに鎮座し、その迷宮主を倒すことによって、神の神域の最奥にいたるというわけだ。


 邪神の迷宮であっても、踏破者は神からの祝福を得ることが出来る。

 なぜなら邪神もまた、人の心の力を必要とする存在だからである。

 己の与えた力によって人が強くなり、己の存在を世に知らしめる。

 恐怖もまた信仰と同じく、神にとっては力となるのだ。


 さて、それでは作戦会議である。

「お前が魔法で強化して、俺が前に出る。なるだけ手は出さないでほしい」

「うわあ、身も蓋もない」


 せっかくパーティーを組んでいるというのに、レオンはアリウスのことを外付けの魔法装置ぐらいにしか思っていない。

 ここまでの行程においても、レオンは自分一人でもどうにかなるような戦いをしてきた。アリウスはレオンに防御障壁付与の魔法あたりをかけたら、周囲の他の魔物に注意することが一番多かった。

 レオンの知覚は五感以外にもあるようで、背後から突然襲われても平然と反撃する。

 熱源探知か魔力探知か、あるいはそれを含む全てなのかもしれない。

 とにかくここまでの戦闘では、彼の底知れない実力は、まだ片鱗しか見せていない。


 おそらく単独でも、レオンは迷宮主に勝てるであろう。それはアリウスも問題ない。

 元々彼女の目的は、この迷宮を踏破することだけではないのだ。

 その踏破の先に、目的はある。

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