第52話 復讐者 1
ヴァリスは不満だった。なぜなら今のパーティーではこの先には行けないと思っているからだ。
97層。現在の最深部へ到達しているパーティーである。そしてそれに満足してしまっているパーティーである。
ダイタン迷宮は10層ごとに転移の石台がある。91層から100層へ至るまでには、当然ながらその間の層を踏破する必要がある。
おそらく100層の階層主とは、戦える力がある。しかしそこに行くまでが問題なのだ。
90層近辺でも魔物は強い。そしてこの辺りの魔物を狩っていれば、充分すぎるほどの収入になる。
冒険者とは冒険するものであるが、探索者は少し変わった傾向がある。
無理をせずに、着実に稼ごうとするのだ。熟練した者ほどその傾向が強くなる。
着実に戦いをこなすことが出来るようになれば。そしたらまた先へ進むだろう。そう思ってやってきた。
それは間違いないであろう。だが同時に気が付いたこともある。
このパーティーは、100層の階層主には挑まない。
いいパーティーだ。経験、実力、共に不足は無い。
連携も取れている。魔法使いも斥候も回復役もいて、危なげない戦いが出来る。
だが100層に挑まないというただその一点で、ヴァリスはこのパーティーに安住できないと考える。
あの剣。
神話において暴食の飢餓神が使っていたという、禍々しい神剣。
父はあの剣を、他の迷宮を踏破することによって得たという。
いずれはあの剣を相続し、探索者の頂点に立つ。それがヴァリスの夢であった。いや、夢でなく必然とさえ思っていた。
しかし父は死んだ。
あれほどに強かった父が死んだのだ。迷宮はそういうところだと知っていても納得は出来なかった。
蘇生することも出来なかった。遺体を持ち帰ることも出来なかった。全滅しかけていたのだ。そういうこともある。
父への思いが消えることはなかったが、それが迷宮なのだとは分かっていた。
長い時間をかけて、諦めるつもりでいた。しかし一つの情報が、諦めることを諦めさせた。
100階層の階層主が、父の剣を持っている。
そのおかげで100階層を突破することは、より困難になった。事実上不可能になったとさえ言える。
ただの一撃で相手を戦闘不能にする。そんな武器を持った相手に、父の属していたパーティーが再建して、挑もうとして諦めた。
そして彼らが諦めた時から、ヴァリスの挑戦は始まった。
最初は数人のパーティーを組んで、普通に攻略していった。
一つの壁となる30層を過ぎた頃には、全く違うパーティーに入っていた。
そして60層を越えたあたりでも、また違うパーティーとなっていた。
探索者は自由だ。だが才能は平等ではない。
だから先へ進めば進むほど、周囲の人間は変わっていく。
90層を越えた頃には、ほぼ固定のパーティーで組むことになっていた。
才能は平等ではなく、平等でないほどの才能を持つ者は、そうそう多くはない。
ヴァリスは自分には、もっと伸び代があると思っている。確信している。
まだ若く、鍛えれば鍛えるほど強くなる。だから、自分ならまだ先へ行ける。
だがヴァリスが強くなるのを、パーティーのメンバーは安全な方向で発揮させようとした。
気持ちは分かる。だが、納得はしない。
ここでもヴァリスは納得しない。
危険を犯しても先へ進みたい。今のパーティーには、まだ伸び代がある。
だがそれを安全を確保するために振り分けようとする。それはそれで正しいのだろう。
ただヴァリスの目的に合致しないだけだ。
このままひたすら日常を繰り返し、いつかはパーティーが先へ向かうのを待つしかないのか。
それとも他に、今のパーティーを超えたパーティーが現れるのを待つのか。
街の外に出て、強い仲間を集めようかと考えたこともある。だがそんな強い仲間は、既にそれに相応しいパーティーに入っている。
分かっているのだ。今ヴァリスがいるパーティーも、間違いなく超一流のパーティーだと。
常識的に考えれば、少しずつでも実力を高めていき、100層の階層主に挑む。
はるか遠い未来の話かもしれないが、それが一番確実で、確率の高い選択なのだ。
あせって死んでしまえば、深層で蘇生するのは難しい。だから少しでも実力を積み上げ、装備を整えていく。
分かっていても、もどかしいのだ。
そんないつも通りの探索が終わり、ヴァリスは身を清めて普段着に着替えると、いつも利用している食堂へ向かった。
安くて多くて美味い。そんな店が繁盛するのは当たり前で、席はカウンターが一つ空いているだけだった。
そういえばこの時間帯に来るのは珍しいかと思いつつ、ヴァリスは注文をする。
「日替わりと、高い水」
「はいよー」
ヴァリスは注文を終えると、無意識の内に店内を探る。
冒険者が多い。手練が多い。駆け出しも多い。
だがどいつも、ヴァリスが素手で戦える程度のものだということに変わりはない。
「ヴァリス」
そんなことを考えていると、手ずから料理を持ってきた店主が、ヴァリスの前にそれを置いた。
「オットーさんがお前を探してた。今日もついさっき来たんだ」
「爺さんが? 最近はあんまり見てないけど、そういや孫の病気どうなったんだ?」
オットーはこの街の冒険者の顔役である。公的にも私的にも、彼に世話になった冒険者は多い。
特に今頂点にいる者などは、全て彼に世話になっているだろう。ヴァリスもそうだ。
「伝言がある。パーティーを見つけたから、家に来いってさ。何を探してたんだ?」
それを聞いた瞬間、ヴァリスは席を立っていた。そして金をその場に置くと、食事に見向きもせずに立ち去る。
「おい! おおい!」
戻らないことを悟った店主は、日替わりを次の客に回し、ヴァリスの金を預かっておくのだった。
大通りから一本外れ、迷宮とギルドと繁華街の、ちょうどいい場所にあるマンションの二階が、オットーの住居だ。
以前には小さいながらも邸宅を持っていたのだが、末娘が片付いて孫の病気がはっきりすると、それを売って一人暮らしに相応しい部屋に移った。
ヴァリスは一度ギルドに戻ってから、地図を描いてもらってようやく行き着いた。ここ数年はあまり交流がなかったのだ。
ドアを軽く何度もノックすると、静かにドアが開いた。
「パーティーが見つかったって」
「おう、早いのう。まあ入れ」
急かすヴァリスを落ち着かせるように、オットーは一人住まいの部屋に導いた。
「それで、どんな」
「落ち着け。そっちはどういった攻略をしておるんじゃ?」
「91層から今日戻ってきた。半月は休みだ」
「ふむ」
部屋はそこそこ広い。老人の一人住まいとしては充分だろう。客をもてなすぐらいの広さもある。
ヴァリスを椅子に座らせると、オットーは飲み物を持ってきた。
オットーは沸かした湯で茶を入れた。この街では茶は嗜好品ではなく、不味い水を飲むための必需品だ。
老人の動作はゆっくりしている。ヴァリスもようやく、冷静さを取り戻してきた。
オットーは信頼できる人間だ。それがヴァリスを呼んだのだ。適当な話ではない。
「今のう、この街に着たばかりのパーティーを案内しておる」
「他の迷宮で鍛えたやつらか」
「他の迷宮も踏破したそうだが、それとは関係なく、とにかく強い」
それこそヴァリスの求めていた者たちだ。
「70層までは儂が一緒なんじゃがな。それ以降では逆に足でまといになりそうでな。それで誰か、もっと深いところに潜れる者をということで、お前さんのことが思い浮かんだ」
期待できそうだ。ヴァリスは前のめりにオットーの話を聞く。
「一日目で10層。二日目で10層。三日目で10層ずつを踏破した。そして三日間休んだ後同じように踏破して、今は60層まで踏破しておる」
なんだ、それは。
他の迷宮や魔境で経験を積んだ、熟練冒険者が最初に攻略する場合、確かに最初はものすごい勢いで踏破していくことはある。
だが最初の一日は、迷宮に慣れるために三層ぐらいまででやめておくのが鉄則だ。
それにその後も、中層を同じように踏破していくなど、ヴァリスも聞いたことがない。
「聞いたことがないじゃろう。儂もおかしいと思った。国か大貴族の、特殊な部隊かとも思ったが、それも違うようだ」
アリウスはおそらく貴族だ。ティアもそう思えなくはない。だがレオンは絶対に違うし、レナは農村育ちの娘に思える。
長年冒険者を見てきたオットーは、それなりに人を見る目はあると自負している。
「儂も迷宮に潜ってもうすぐ60年になるか。だがあれほど無茶苦茶な強さの人間が三人も揃っているのは、見たことがない」
オットーはヴァリスの父も知っている。そのパーティーだった者たちも。
だがそれよりも、その三人は上なのか。
「まあ、一人だけ普通のがいるんじゃがの」
レナは普通だ。普通の強い魔法使いだ。
今のところは。
普通の10歳児はあんなに強くないが、それでも他の三人ほどおかしくはない。
「それで、どうだ? 良ければ明日、面通ししてみるが」
「会う」
一瞬も考えず、ヴァリスは返答していた。
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