第48話 老案内人の苦悩 4
三日目。オットーの雇われた最後の日である。
「今日もまた10階層攻略するのかね?」
「まあ無理はしない程度に」
そうアリウスは言ったが、オットーには分かる。
アリウスたちは全く無理ではない。レナだけが問題だ。
そのレナにしても、ちゃんと時間をかけて進むなら、充分に火力としての役割は果たせる。それがオットーの判断だ。
だがパーティーの一員としては、完全に初心者だ。
「少しだけ速度を遅くした方がいい」
「それはかえってレナのためにならないでしょう」
「そうか」
オットーが見るにアリウスは凄まじく強いが、それは単に戦闘力だけのものではない。
真に恐るべきは判断力だ。しかしおかしい。
アリウスがいかに天才であり、英才教育を受けた貴族だとしても、判断力の元となる経験が、絶対に足りないはずなのだ。
長命種。
オットーが知る限りでは、それほど珍しい存在ではない。ダイタンの街の冒険者にも、エルフやドワーフはそこそこいる。
しかしアリウスの見た目は人間だ。エルフのような細さも感じさせない。おそろしく美形ではあるが、エルフでないことは骨格からも分かる。もちろんドワーフではない。
そしてふとオットーは思った。
こんな美形のクソ目立つ貴族を、ここまで強くするのはおかしいと。
素性を尋ねるのは案内人のご法度であるが、後で調べておく必要はあるかもしれない。
ティアもおかしいが、あれは単なる度の外れた天才だろう。
魔法使いで武術の心得が全くないのに、一流の剣士と殴り合って勝つような者を知っている。
おそらくアリウスはレナを、そういった方向で育てていこうというのだろう。
昼食を終わらせた頃、レナがそれまでにはない行動をした。
自分の手によって、回復魔法を使ったのだ。
「へえ、使えるようになったんだ」
「これだけ何度もかけてもらってたらね」
ティアが感心をこめて声をかけるが、確かにレナは何度となくアリウスに魔法をかけてもらっていた。
戦闘中だけでなく、移動中も。
魔法による強化前提で動くのは、あまりよくないとオットーは思っていた。
しかしアリウスの狙いは、違うところにあったようだ。
実戦での魔法の習得。冒険者ならばあることはある。しかしその前提として、もっとちゃんとした訓練が必要なはずだが。
いや、オットーが知らないだけで、訓練はしていたのか。
アリウスが機嫌よく微笑しているので、オットーの予想は当たっているのだろう。
「それじゃあ午後からは、もう少し早く行こうか」
レナが泣きそうな顔になった。
午後の移動は少しだけ遅くなった。
これまでアリウスがかけていたレナの魔法を、彼女自身にかけさせたからだ。
そして少し遅くなりながらも、30階層には到着していた。
ここの階層主は長巨竜である。
同じく亜竜であるが、双角竜や狂牙竜よりも、単純に大きい。
そんな長巨竜がいる部屋であるから、上にも横にも広大である。
この長巨竜を倒せるかどうかで、ダイタンの探索者では境界が出来る。
31層以降は魔物の種類が変わるので、ここまでを活動範囲とする探索者も多い。
そして30層までの探索者は、ダイタンではさほどの腕ではないと見られる。もっとも数としてはその、さほどの腕ではない者がもちろん一番多いのだが。
さて、そんな長巨竜をどうやって倒すか。
「長い尻尾の攻撃が一番強そうだな。噛み付きもあるだろうが、それは逆に反撃の機会だ」
アリウスが分析し、オットーを見る。それに対してオットーは頷いた。
「どうするの? また誰かが気を引いて、レナにやらせるわけ?」
どことなくうんざりした声でティアが言う。実際にうんざりしているのだろう。
彼女一人であれば、というかレナに経験を積ませることを考えないのなら、あっさりと倒してしまえる相手だ。
超巨竜の討伐推奨ランクは8。ルジャジャマンの迷宮の迷宮主よりも弱い。
ほとんど単独であれを倒せたレオンと比較しても、単独で倒すことが出来るということだ。
まあ相性の問題もあるが。
「そうだな。今回はここまでで切り上げるし、早く倒して食事にでも行こう」
階層主の部屋に入ったアリウスは、そう言って剣を抜いた。
オットーはその様子を興味深く見ていた。
アリウスもレオンも、おそらくここまで一度も全力で戦ってはいない。いや、確かにそれは正しいのだろうが。
全力で戦うのと、全力を尽くすのは違う。アリウスもレオンも、ペース配分を考えているだけでなく、レナが分かるようにあえて、常識の範囲内で戦っている。
「レナ、分からないと思うけど見ておけ。今から俺が戦うのが、この体の生身での全力の、だいたい一割だ」
しかしアリウスのその発言は、オットーの予想を裏切った。
今から、全力の一割で戦う。
それでは今までは、どれだけの力で戦っていたのだ。
部屋に入ったアリウスは、長剣を片手に無造作に長巨竜に近づく。前世で言うならブロントサウルスが近いだろう。しかし足は太く、歯は鋭い。
そういった特徴がなくても、単に巨体であるというだけで脅威だ。おそらく純粋な人間では、いくら鍛えてもこれに勝つには魔法でも使うしかない。
長巨竜が首をもたげ、そして長大な尻尾を横殴りに振るってきた。
衝突の直前、アリウスの姿が消えた。
そして岩を砕くような音がして、しばしの後に切断された長巨竜の首が落ちてきた。
四肢が崩れ落ちたのは、さらにその後である。
なんだ今のは。
「レナ、どうやったか分かる?」
「いやさっぱり……」
ティアの問いに、レナは答えられない。
「尻尾で殴られる直前に、アルは上に跳んだの」
そこまではオットーも見えた。
「そこで空間を蹴って前に跳んで、剣に魔力をまとわせて刃を長くして、首を切ったの。破壊音は、壁に着地したアリウスの足音ね」
なんだそれは。
噂に聞くセクトールの聖騎士というのは、一人で一軍に匹敵する、とんでもないやつらだ。
それこそ迷宮深層の探索者をも上回る、超戦闘力の持ち主だという。
アリウスの行ったことは、そういうことなのだろうか。
「さて、今回の攻略はここまでだから、ちょっと気合を入れて解体してみようか」
アリウスの言葉に、またレナは泣きそうになった。
オットーの目から見て、まだまだ採れるところは多い長巨竜の遺体を、パーティーは放置した。
階層主の部屋にある石台に登録し、一行はやっと迷宮の外に出た。
日は没しているが、まだまだ明るい。街は騒がしい。
「それじゃあ今後の予定も含めて、打ち合わせしましょうか」
ごく自然にアリウスはオットーを誘った。
オットーのお勧めの店で食事をしながら、話は始まった。
「三日間休養を取ります。その後またオットーさんには、三日間付いて来てもらう予定です」
レオンやティアには異存はないらしい。レナも必死で高い料理をつめこんでいる。
「そのことじゃがな、もう少し素材を剥ぎ取らんと、収入が少ない」
基本料金が高いオットーではあるが、それでも魔物素材などがなければ、旨みが少ないのだ。
アリウスたちは攻略速度を重視している。稼ぎは度外視とは言わないまでも、最優先ではない。
「なら一日の案内料金を上げましょうか? それとも他に貴重品で払ってもいいですけど。魔剣とか興味あります?」
「いや、そういったものは」
純粋に金が一番ありがたいのだ。通貨は素晴らしい。
アリウスは少し目を細めて、軽く頷いた。
「装備も最低限にしてますしね。今更魔剣も興味ありませんか。お金にしても、他に何か欲しい物があるんですよね?」
オットーの背景を洞察する。アリウスの言葉にオットーは頷いた。
「簡単に言うと、孫が病気でな。薬に金がかかる」
ごく当たり前の、どこにでもありそうな不幸であった。
だから次のレナの言葉には、オットーを驚かせるものがあった。
「師匠なら治せるよね」
レナはあっさりと、アリウスの秘密をばらしていた。
アリウスは苦笑した。純粋に苦笑した。
「レナ、冒険者は必要以上に、己の手の内をさらすべきじゃない」
アリウスでなければぶん殴るほどのものだが、彼女はアリウスなのだ。
「まあ大概は治せるけど」
治せるとは言ったが、治すとは言っていない。
金さえ積めばこの街なら、どうにかしてくれる医者や魔法使いはいるのだ。
アリウスに視線で促されて、オットーは話した。
「葉胚病じゃ」
アリウスはかすかに頷いた。
「生まれつき、それとも後から?」
「三歳の時じゃな。今は五歳になる」
そこでアリウスは考え込む。
「治せるか治せないかで言うなら、治せる」
目を見張るオットーに対して、アリウスは首を振った。
「だが……まあ見てみないと分からないな」
かくしてアリウスはまた、面倒なことを解決することとなった。
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