第17話 邪神の迷宮 4

 それから解体が始まった。

 レオンは古老魔樹を全て、細切れにしてしまおうと考えていたようだ。

 もちろん古老魔樹は葉も幹も根も、全てに価値があり、あるいは灰にさえ値段がつく。

 しかし折角ある程度の原型を残して倒したのだから、建材として持っていけば、それよりもはるかに高い値段がつくはずだ。

「俺には持てない」

 レオンは収納系の力は、どうやら魔法具に頼っているらしい。

「じゃあ俺が入れておく。外に戻れば買い取ってくれるだろう」

「それでいい」


 アリウスは採取の作業が好きだ。

 解体は採取とは違うが、有用な物を得るという意味では採取に似ている。

 古老魔樹の素材はアリウスでもそれなりに欲しい物で、レオンと交渉して金銭でいくらか分けてもらった。

 レオンの持つ収納アイテムは、容量はかなり大きいが、一度に入る物はあまり大きくできないらしい。


「こいつの木材で作った炭を使えば、いい剣が打てるはずなんだよな」

 剣士であるレオンが食いつきそうな話題を振ってみる。

「いい鍛冶師に伝手があるのか?」

「まあな。あんたはその剣一本で大概出来そうだけど」

「確かにこれは俺にとって一番大切な物だが、どんな場面でも万能なわけではない」

 思ったよりも食いつきが良く、レオンの言葉は長くなった。


 レオンの大剣は、まず断然攻撃力、中でも破壊力に優れている。

 斬撃が基本の剣ではあるが、ほとんど槌などのような威力も備えている。

 かといって切れ味が悪いはずもなく、むしろ破壊力を一点に集めるために、剣の形をしている。

 そして身幅は広く、盾のようにも使える。

 もし相手の武器と打ち合った場合、高い確率で相手の武器が破壊されるだろう。


 しかしそんな剣であっても、そもそも攻撃が当たらないほど素早い敵と戦うなら、やはり軽い剣が必要となる。

 レオンの剣は間違いなく魔法の力を秘めているが、そういった方面の魔法はかかっていないらしい。

「どこで手に入れたんだよ」

「色々とあってな。そちらの剣も相当の業物だと思うが」

「ああ。これを手に入れるために、魔境の奥深くにまで潜ったもんだ」

 そこでティアと、今生においては初の死闘を繰り広げたわけである。

「もし良かったら、見せてくれないか?」

 そう言ってきたのは意外なことにレオンの方だった。

「あんたの剣も見せてくれるなら」

 その言葉にレオンはかなり長い間考えこんだ後、頷いた。

「いいだろう」


 片手一本で大剣を差し出したレオンに対し、アリウスは自分の剣を先にレオンの足元に置いてから、両手で受け取った。

 凄まじい重さの剣だ。魔法で強化しなければ、持つことさえ出来ないだろう。

 さて、折角受け取ったわけであるし、詳しく調べてみよう。

 鑑定魔法を使ってみたら、なんと弾かれてしまった。

 これはと思って解析の魔法を使い、隠蔽された能力を見抜こうとする。


〈神剣・破竜剣マイスタージンガー〉

 その名前を見て、思わずアリウスは吹き出してしまった。

 神剣。しかも竜殺しの剣だ。しかしなぜマイスタージンガー?

 使い手を選ぶであろうが、おそらくこの剣はこの世界でも屈指、ひょっとしたら最強の剣なのではないだろうか。

 ご丁寧に不滅の力で守られている。不壊ではなく、不滅だ。

 不壊というのは物理的には破壊不可能な加護であるが、剣の形をしている以上、その加護を上回る魔法の乗った攻撃を受ければ、破壊されることもある。アリウスのシャムニールがそうだ。

 しかし不滅となれば、それこそ竜や神と戦うための武器である。もちろんこんな物は、人間に鍛えられるものではない。

「魔剣だな。何か発動の言葉で、真の力を発揮する類の物か。それを別にしても素晴らしい剣だ」

 うっとりとシャムニールを見つめるレオンは、幸いにもアリウスの様子には気付かなかったようである。どれだけ剣が好きなのか。


「いい剣だ」

 溜め息をつきつつもレオンは剣を鞘に納め、アリウスに返す。

 アリウスもどうにかぷるぷると二重の意味で震える腕で、神剣をレオンに返した。

「これほどとは言わなくても、それなりにいい剣を他に持っているのか?」

 レオンの問いに対して、アリウスは薄刃の長剣を出した。これも魔剣だが、シャムニールほどの伝説的な剣ではない。

 それを持ったレオンは軽々と振り回す。どうやら速度に特化した剣というのは、彼の要望に合っていたらしい。

「他にはないか? 短くて小回りの利くような」

 また出された短剣を、レオンはきらきらとした目で見つめる。


「ものは相談だが、これを売ってもらうことは出来ないか? もしくは何かと交換でもいいが」

 そう言ってくるだろうとは思っていたが、アリウスは内心で困ってしまった。

 レオンの装備は魔法のかかった物が多い。それに体の各所に魔力の反応があるため、装飾品の類も色々とあるのだろう。

 収納空間の中には他にも色々とあるのだろうが、果たしてどれだけを要求したらいいものか。

「俺が欲しいのは魔法の触媒とか、強大な魔物の魔石。あとは鉱石や金属だな。まさかとは思うが、オリハルコンとか持ってないか?」

「……少しならあるぞ」

「マジで!?」

 ダメ元で聞いてみたら、意外な返答が返ってきた。


 レオンが取り出したのは、ナイフ一本ほどの分量しかないオリハルコンのインゴットであった。

 しかしこれであっても、凄まじいまでの価値がある。というか値段がつかない。

 剣にするにしても、刃の部分にわずかに使用するだけで、すさまじいまでの切れ味を示すだろう。

 刀身にして魔法回路を仕込めば、簡単に伝説級の魔剣の出来上がりだ。

 もっともアリウスが必要とするのは、そんな用途ではないが。

「これで足りるか?」

「むしろお釣りが出るな。しかしなんだ、お互いに色々と欲しい物があるみたいだな」


 困ったことになった。

 お互いに必要な物を持っている。だが実はさらに有用な物を持っている気配さえある。

「こういうのはどうだろう」

 提案したのはアリウスからだった。

「俺は今回の話がなくても、この迷宮を踏破するつもりだった。仲間もいたしな。一人でも出来なくはないだろうが、確実とは言えない」

「それは俺もだ」

「二人で迷宮を踏破して、その中でお互いが必要とする物を見定めて、迷宮踏破後に話し合うというのはどうだろう」


 レオンは考え込んだ。

 アリウスはその返答を待つ間も、レオンに対する評価を色々と考えている。

 この物騒な巨漢は、己の中に己なりの規範を持っているようだ。問答無用でアリウスを殺し、その物品を奪うということは考えていないように見える。

 しかしそう判断してしまうには、背景と戦闘力が凄まじすぎる。信用して背中を見せるのは少し怖い。

 おそらくレオンも同じ考えなのだと思うが。


「分かった。ではとりあえず踏破してみよう」

 そういうことになった。

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