第24話 神殺しの竜

『な……真なる竜だと!』

 はっきりとした驚愕が、ルジャジャマンの声に表れていた。

 竜。それも通常見かける飛竜や地竜ではない、真なる竜。無限の命と、絶大な力、神にも優る叡智を誇る存在。

 そう、アルトリア王国東方、ネーベイア領魔境の主である存在を、擬似的に顕在化させたのだ。


 この竜は完全な実体ではない。もちろん本体の意思もない。

 しかし力は本物だ。それだけに使役するアリウスにもそれなりの負担がかかる。

 邪神の巨体に掴みかかった竜は、引き剥がそうとする触手を簡単に引きちぎった。

『おおおおおっ!』

 初めて脅威を感じたのか、邪神が魔法を発動する。

 純粋な魔力による攻撃だったが、竜の巨体は揺らぐ程度。その鱗の防御を突破することはない。


 竜の爪、そして牙による攻撃は、ルジャジャマンの体を削っていく。

 やはり予想通りだ。神威によって与えられた傷は、すぐには回復しない。

『おおおおっ!』

 ルジャジャマンも必死で抵抗するが、やはり竜の方が戦闘力は高い。


 この世界ではなく他の世界でも、竜という存在はいた。

 おおよその場合、亜竜と呼ばれる竜モドキを除けば、その力は神と対を成す存在である場合が多かった。

 あるいは破壊の化身、あるいは知恵の象徴、あるいは生命の根源。

 神をも上回る原始的な存在であるという、竜の方が上の世界もあったはずだ。


 真なる竜の中では、かの竜はまだ若い部類に入る。

 しかしそれでも、戦闘力ではルジャジャマンを上回っている。

 中級下位の邪神を相手に圧倒しているのだから、やはりこの世界でも神より強いという実証になる。


 それにしてもルジャジャマンもタフなものだ。

 一撃で城塞を破壊するような竜の攻撃にも、何度も耐えて存在を保っている。

 このまま時間をかけて削っていけば、確実に勝つことは出来るかもしれない。

 しかし仮にも神と呼べる存在なのだ。何か権能を持っていることは確かなのだ。

 それを見てみたい気もするが、ここは確実に速攻で決めておこう。

「ブレスだ、竜」

『マ゛ッ!』

 その口腔の中に、白い輝きが満ちる。

 真なる竜の中でも、この竜は風の力を操る。

 即ちそのブレスも風の属性。

 竜のブレスなど、ほとんど破壊の権現と言ってもいい。


 白い輝きが発動し、空間が歪んだ。

 大気をかき乱すどころではなく、大気の満ちた空間自体を破壊するほどの力であった。

 邪神の絶叫が響く。それは魂の叫びだ。

 滅びとは無縁のはずの永遠の存在が、消滅の恐怖に震えている。

(いかん、神核まで壊れる)

 加減が難しいなと思いつつ、アリウスは竜のブレスを止める。

 ブレスは最終手段の一つであるので、そこで竜を維持することは終わってしまう。

 魔力の供給を失った竜は、そのまま薄くなって消えていった。


 最後の攻撃まで使ったので、魔力はほとんど残っていない。

 ぎりぎりまで体内の魔力を消費することによって、魔力の絶対量が上昇することがあるが、今回は間違いなくそれが起こっているだろう。

 マナポーションを飲んだが、回復具合は半分ほどか。もう一度竜を召喚するのは無理である。


 さて、そして残ったのは神核だ。

 この広間と同じく赤黒いそれは、アリウスが両手で抱えるほどの巨大な物であった。

 お目当ての物を手に入れて、少しだけアリウスは浮かれていた。

 だからその攻撃を受けてしまった。


『おのれ!』

 赤黒い神核が、神威を発動した。




 ルジャジャマンの意識はまだ残っていた。

 だがそれはほとんど滅びに近いもので、長い時間を眠りにつかなければ回復しないほどのものであった。

 しかしそれを後回しにしても、目の前のこしゃくな人間を滅ぼさずにはいられない。

 幸いと言うべきか、ルジャジャマンの権能はそれに打ってつけである。


 罪業の呪縛。己の罪を自覚させ、その意識によって呪いをかける。

 たとえルジャジャマンが眠りに就いたとしても、己自身の罪の意識により、その人間は死ぬまで心を苛まれるだろう。

 アリウスの体が傾いで、床に倒れた。

『愚かな人間めが。どれほどの力を手に入れようと、しょせんは神に敵うものではないのだ』

 鬱憤を晴らすかのようなその言葉は、自分自身に向けたものであった。

「そうでもない」

 だから返事があった時には驚いた。


 アリウスはゆっくりとだが、着実に立ち上がった。

『何故だ!? 己の罪に耐えるなど、人間に出来るわけがない!? 貴様もしや、神の使徒なのか!?』

 神の権能に守られた使徒ならば、他の神の権能に耐えることも出来る。

 しかしアリウスの答えはノーである。

「確かに神の力も使ってはいるが、単純に言ってお前の力は温いんだよ」

 凝りをほぐすように肩を回す。若干の重さがあるが、これからの戦闘には支障がないだろう。


 武器も持たずに歩み寄るアリウスに、ルジャジャマンは慄いて後退する。

『ただの人間が……人間が、神を滅ぼすというのか!』

「ただのじゃねえよ。人間だけどさ」

 まったく、自分に自信のある存在は、神に限らず奢るから困る。かつての自分のように、苦戦の連続ならばそうもいかないのだろうが。

『罪を犯していないというのか! それとも罪の意識がないのか!』

「そんなわけないだろうが。ただ、それを乗り越えただけなんだよ」

 アリウスの背後に召喚に似た魔法陣が現れる。

『馬鹿め! 既に結界は張った! 召喚などもはや不可能だぞ!』

「あ~、しないしない。いくら強くても竜の力だもんな。借り物だ。お前は――」

 アリウスは首を掻き切る動作をした。

「人間の知恵と力で倒す」

 そして魔方陣が発動した。

『顕現』

 現れたのは神をも屠る物。そして竜をも屠る物。巨人よりもさらに大きな、白い巨体。

『魔動機械神』

 機械仕掛けの神が、その姿を現した。

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