第104話 選王戦争の開始 2

 アルトリア王国の王位継承競争が、本格的に始まった。

 意外なところからそれを知ったアーリアは、すぐに事態を父に知らせると共に、正確な現状の把握と、それへの対処に頭を使うこととなった。


 まず、王の死がまだ公表されていないのが問題である。

 王は後継者を指名せずに死んだ。

 むしろ後継者を指名しなかったからこそ、ここまで生き延びられたのかもしれない。

 下手に次代の王が選ばれていれば、王自身の命も危うく、そして被害は変わらなかっただろう。

 だが時間稼ぎをしても、情勢は変わらなかった。強いて言えば時間が流れたことによって、アーリアが歴史に登場したことだろうか。

 そういう意味では、確かに王が事態を長引かせたのは意味があった。




 アーリアは情報を集めた。

 東方の地固めも同時に行っていたので、彼女が処理することは膨大になる。

 だが領土が増えて支配下の貴族が増えたということは、それだけ人材も増えたということである。

 戦争という一方的な蹂躙により新たな支配体制を整えたことにより、ネーベイア家は実力に応じた人材登用が可能になっていた。


 まあつまり、キンメル子爵ブライトが、情報収集と整理を行ってくれたのだが。

「けれど言われる前からある程度調べていたというのは驚きだな」

「一度家を潰されかけますと、保身のために情報には敏感になるものです」

 そのあたり、いざとなれば暴力で解決出来るアーリアとは違う。


 ブライトの用意した資料には、現在の王都の勢力図がまとめられていた。

 アーリアのよく知っていた、ロベルトとの婚約破棄騒ぎ以前とは、かなり違ってきている。

 あの頃は多くの王族や、王族の後ろ盾となる有力貴族が多かったため、玉座を狙う人間が多くいた。

 しかし時間の経過と共に、候補者は絞られてくる。平和的にしろ暴力的にしろ、至尊の玉座を狙うより、その下で満足しようという身の程を弁えた連中は、ある程度妥協するのだ。

 そしてアーリアが狙うのは、妥協のしようがない年少、微力の王族である。


 彼女は現在のアルトリア王族に、権力も権威も残すつもりはない。

 血統ぐらいは少し残してもいいとは思っているが、次の王朝の足元を揺るがすような、力は絶対に排除しなければいけない。

 もっともその血を取り込むことによって、逆に旧権力者を穏便に勢力下に置くことも出来るが。


 ブライトの報告によると、派閥は三つに分かれている。

 早世した国王の長男である王子。つまり前王の孫が一人。

 そして王の次男と三男である。

 このうち三男は、西の大公家を継いでいる。もっとも西部をまとめられていないので、その力量は知れたものだ。

 ワルトール侯爵家が味方をしなければ、たいした脅威とは言えない。


 王の次男はあくまでもスペアであるので、宮廷での存在感はともかく、権力はそれほど持っていない。

 だが能力自体は、生きてる年数分、王の孫よりは優れているだろう。逆に言えばその程度にしか思われていない。

 そして本来なら王太子となるべき王の長子の遺児は、少なくとも優れた業績は聞こえてこない。

 悪い噂も聞こえてこないので、少なくとも神輿に出来る程度の人格はあるのだろう。


「王位継承権と言えば、レックス殿にもあるのではないですか?」

「あるけど、まだ正式に爵位に就いていないし、成人もしていない。選択肢の一つではあるけど、優先するべきではない」

 レックスの王位継承権は、現在16位である。正式に大公となり成人すれば、10位以内には入る。

 だが今こんな子供を立てて、王位争奪戦に挑むのはあからさますぎる。さすがに他の王族が結集して、こちらを潰しにかかってくるだろう。

 それでもなんとかなりそうではあるのだが、ちゃんとアーリアには考えがある。




 王族をざっと眺めたところ、利用するのにものすごく都合のいい人間がいることに、アーリアは気付いていた。

 それはこんな事態に至るはるかに昔、ガラハドの侵攻を撃退するよりも前のことである。


 死去した王には他の子とは随分と年の離れた、王女が一人いた。

 母親は伯爵家の令嬢であったが、結婚して間もなく夫を亡くし、実家へと戻っていた。

 出戻りとはいえまだ若い身であるため、再婚の話も当然ながら出た。

 しかし彼女は家の方針に反発し、宮廷の女官として勤めることを選んだのである。


 この実家と縁の薄くなっていた女性が王のお手付きとなり、生まれたのが末の娘であるタニアである。

 王位継承権は第9位。だが注目すべきはそこではない。

 彼女が他の王家の人間と決定的に異なるのは、派閥に全く属していないということだ。

 一応母親の実家が後ろ盾となるのであろうが、前後の事情があるためさほどの影響力はない。

 いずれ次代の王が決まれば、ごく普通に王族として扱われ、他国の王族へ嫁ぐか、国内の有力貴族に嫁ぐだろう。


 これをアーリアの兄、ハロルドとくっつける。

 ハロルドは宮廷に出仕する身ではあるが、官僚として王族の教育にも携わっている。面識ぐらいは既にあるのだ。




 もちろんこれは最終形であり、最初はどれかの勢力と協力する必要がある。

 王族を消していって完全にその勢力を奪う。

 それからハロルドを王位に就ければ、簒奪の完了だ。

 レックスあたりに禅譲を宣言でもさせたら、アルトリア王国ネーベイア朝の誕生だ。


 かなり雑な手順ではあるが、軍事力と財力、そして技術力まで備え、兵站の概念で文明の尺度が違うネーベイアの力ならば、無理ではない。

 繰り返される転生の中で、何度か王になり、何度か誰かを王にして、巨大な帝国を築いた記憶のあるアーリアは、簒奪にしろ禅譲にしろ、物事の勘所を弁えている。

 問題なのは、食料と治安だ。加えて物流があれば、それで民衆は治まる。

 対処すべきは旧体制側の既得権益層であるが、それは残すべきは残し、滅ぼすべきは滅ぼせば済むことだ。

 もっとも、この滅ぼすべき旧体制側こそが、一番面倒なものなのだが。




 既得権益層の旧体制側とは、つまり貴族である。

 地方の豪族や大商人といったのは、ネーベイアの新体制の中でも、それなりに生きていける。人間が本質的には保守的な生物だとしても、純軍事的に滅ぼされることを考えれば、おとなしく新体制に従うだろう。

 問題はだから貴族であり、その中でも身分の高さや血統の貴さに対して、能力や品格が比例していない輩である。

 人間が本質的に保守的な生物だというのは、こういうところでも表れてくる。

 それまでよりもはるかに良い生活を想像させても、旧弊に甘んずる者は多いのだ。

 だがそれでも、目に見える形で新しい時代を示せば、その新しい権威の前に大概の人間は屈服するのだ。


 屈服しないのが、旧弊の名門というものである。

 具体的には伯爵以上の貴族で、建国以来の名家であれば、先祖の盛名のおかげでずっと食べていけていた。

 まあ食べていくだけならいいのだが、それを使って贅沢をされてはたまらない。アーリアは無能は仕方ないし怠惰も許容するが、両者が融合した上に意味のない財政の支出があることは許せない。アーリアだけでなく多くの人間がそうであろう。

 たとえ名門であろうと、非生産的な財物の消費は許せない。それがアーリアの価値観と美意識である。

 自分が必死で働く現状への、八つ当たりもかなりあるだろうが。




 レオンから王の死を聞いてから二ヶ月。ネーベイアは王国東方の治安をほぼ完全に回復していた。

 その間に王都の情勢もほぼ煮詰まり、ネーベイア家の方針も定まっていた。

 本日は戦略を改めて公開し、質疑応答しようという場をロッシ家の領都で開いたものだ。

 伯爵以上の貴族と、それ以下でも戦略上重要な領地の貴族や、軍の幹部である貴族などが参加している。

 その中でただ一人、アーリアの背後に控えるレオンだけが異質である。

 まあ唯一の女性であるアーリアの存在も、同じように異質なのだが。


「それではこれより、次期王位継承に対する、東方諸侯の方針決定会議を開始する」

 重々しくそう言ったのは、ネーベイア辺境伯ゼントール。東方覇権戦争の結果、侯爵以上の貴族で大物はいなくなっているため、当然ながら彼が議長となる。

 まあ大綱は既に事前に話し合われているので、盲点を洗い出すことと、全員に周知させることが目的だ。

「そもそも現在の王国の混乱は、死去した前王の晩年に、王族や大貴族が主導権争いをしたことに端を発する。この認識はよろしいか?」

 然り、もっとも、と口に出す者もいれば、ただ頷く者や無反応の者もいる。

 だが否定する者はいない。


「まず正常な判断力と識見を持つお方を王として選び、我々がそれを支える。大筋としてはよろしいか?」

 判断力だの識見だのは、綺麗ごとにすぎない。

 別に王が暗愚でも、国内の勢力が統一されていれば、内政はどうにでもなるのだ。

「具体的にどなたか辺境伯には腹案がおありか? たとえばレックス殿など」

 根回しをされていない貴族が発言する。かといって彼が無能だとか暗愚だというわけではなく、単に力がなかっただけなのだが。

「さすがに年少であるし、私は先に、相応しくない者を除いていくべきだと考えている」

 除く。それはつまり、王族の抹殺。

 ゼントールの言葉に、緊張した表情を浮かべる者がいる。


 アルトリア王国に王族殺しの記録はいくらでもある。貴族が当代の王を殺したことさえある。

 それでも王というのは一つの権威であるが、ゼントールはやや迂遠ながらも、王は彼にとって代わりの利く道具程度のものだと宣言した。

 そしてその意見を通すだけの力が、彼にはある。

「ではまず、排除すべき者について」

 ゼントールの隣に、珍しくもドレス姿で座っていたアーリアが発言した。


 アーリアの戦場における功績は、直接目にしたにしろ、あるいは耳で聞いたにしろ、さすがに東方諸侯には知れ渡っている。

 しかし戦略に関しては、あまり前に出て説明することはなかった。

 実際のところネーベイア家は、アーリアかハロルドがいないと回らないほど、行政がシステム化されている。

 だがそこまでを説明することはない。ただ今は、戦いに道筋をつけるだけだ。

「あくまでも王族同士で争い、我々はその一方に加担する。当然ながら最初に潰すのは、一番軍事力を持つ西方のマッシナ大公家です」


 当然ながらアルトリア王国にも、国軍とでも言うべき正規軍がある。

 しかしながらその指揮系統は、王かその任命を受けた元帥が持っている。

 王座が空位であり、元帥号を持つ者がいない今、国軍は動けない。

 しいて言えば将軍が動かすことは出来るが、正統性に疑問が残る。王のいない今、そして王の摂政もいない今、誰の命令を聞くべきなのか。


 もちろん軍事に関する最高責任者は、王や元帥以外にも存在する。軍務尚書がそれである。また宰相がいれば、その権力も軍に及ぶ。

 だが軍務尚書がどんな命令でも出せるのかと言えば、それも違うのだ。


 国軍は基本的に内乱の鎮圧や、他国の侵攻に備えた軍である。

 もっともネーベイア家がそうであったように、実際は国境近辺の貴族が、実際の国防を担っている場合が多い。

 子爵や男爵といった自前の軍を持っていない貴族も、私兵は抱えているし、傭兵を雇ったりすることは出来る。領民を徴兵する事は場合による。

 とりあえず国軍が動くことは難しいだろうし、動いてもそれが適切かは分からない。そもそも国軍全てが相手であろうと、アーリアは勝てる計算をしている。

「血筋を言うならば先王陛下の長男の長男であるマルクハット殿下、長幼の序を言うなら先王陛下のご次男マルムーク殿下が王位を継ぐことになります。既にマッシナ大公家を継がれているゲオルグ閣下が候補になる理由はただ一つ、自前で動かせる軍があることです」


 王家の権威などもはや無価値と断じるアーリアが重視するのは、まず分かりやすい力である。

 力と言っても権力や財力などがあるが、一番分かりやすいのが軍事力で、しかもこれは権力や財力につながっている。

「まあマッシナ大公家が動員出来る兵力は多くても五万ほどですので、こちらが戦略を間違えない限りは、勝てるはずです」

「待たれよ。確かに大公家の兵力はそのぐらいかもしれんが、諸侯の軍を合わせれば、軽くその倍にはなるだろう。それに西方辺境伯の指揮下の軍を考えれば、防衛戦ならば20万の軍を出しても不思議ではないぞ」

 その貴族の言葉は正しい。東方辺境伯のネーベイア家と違い、西方辺境伯家は西方のザバック王国と戦争をしているわけではない。余力は充分にある。

 そして諸侯も大公家と辺境伯家が動くなら、それに従うのが自然だろう。加えて防衛戦であれば、確かに20万ぐらいの兵を集めても不思議ではない。


 だが、西方には東方と違う、特殊な事情がある。

「実は私は、婚約破棄事件の後しばらく、王国の西方に武者修行に行っていたのですが」

 それはどの貴族も知らない、アーリアの隠されていた経歴である。

「その折に西方の貴族と交流がありました。まずはアッカダ子爵家」

 アーリアとしては本命は迷宮だったのだが、周囲の貴族は驚愕している。

 ネーベイア家の手はどこまで広いのかと勝手に誤解して。

「色々とありますが決定的なのは、ワルトール侯爵家の継承に、私と私の私兵が介入したということです」


「そういえば」「噂にはあったが」

 同じ国内でも、情報の伝達は不正確で時間差もある。

 東方の大乱に備えていた東部の諸侯で、正確な事態を把握している者はほとんどいなかった。

「西方の大迷宮を管理するワルトール侯爵家は、当然ながら周辺の貴族家への影響も強い。実際に継承において戦った二つの伯爵家は、逆に今では侯爵家と強い結びつきをもっています」


 アーリアが西方に行ったのは、本当に迷宮が目的であった。ロッシ家との確執を鎮めるための、冷却期間を置くためでもあった。

 ワルトール侯爵家と接触するつもりもなければ、ましてその爵位の継承に助力するつもりもなかった。

 あったとしても、アーリアの私兵がいなければ、せいぜい斥候としての役割を果たすぐらいであったろう。しかし彼女の意思の外で、事態は動いていた。

 そして今、全てがアーリアの都合のいい伏線のように機能している。

 英雄が運命に導かれるように、天運がアーリアに味方しているかのようだ。


 静かに語る15歳の少女が、この会議の全てを支配していた。

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