第103話 選王戦争の開始 1

 その日もアーリアは書類を処理しつつ、配下に指示をして、有力者と会談を行っていた。

 このあたり自身に言わせれば得意ではないことになるのだが、それでもアーリアより上手くこなせる人間がいない。

 ゴルゴーン将軍を討ち取ってから一年と少し、既にアーリアは万能の超人のように思われつつある。


 もちろんアーリア自身は、自分は超人ではあるが、万能ではないと思っている。

 ただ取りうる手段が多ければ、それだけ対処の方法も多彩になる。ならば万能と思われてもおかしくはない。

 だがもちろんそれにも限界があるので、彼女は自分の仕事を割り振っている。キンメル子爵家のブライトとマルシスが幕僚として加わったのは、その部分でかなり大きい力となった。


 わずかながらも余裕があるアーリアは、ティアからの情報もあったので、レオンがこちらに向かっていることも確認していた。

 大剣持ちの巨漢が来たら、優先して通すようにとも言ってある。現在このロッシ領を実質治めているアーリアであるが、それでもレオンという存在をぞんざいには扱えない。

 彼は戦士ではない。兵器だ。

 単体で戦局を左右する、人外の理の者である。

 迷宮攻略をしていた彼が、わざわざアーリアの元に向かってくるというのも、その理由は想像出来た。




「さすがに一人では無理だ」

 丁重に応接室に通されたレオンは、開口一番そう言った。

 部屋にはアーリアの他に、ヴァリシアとレナがいる。

 ネーベイアで保護しているレックスの護衛が必要なくなったため、アーリアが手元に呼んだのである。

 まだ太陽が沈んでいないため、ティアは眠っている。


 ヴァリシアは置物のようにソファーに座っているが、レナはもりもりと出された菓子を食べている。時々茶を飲むのまでがルーチンだ。

「それはつまり、一人では迷宮攻略が苦しくなってきたということか? 剣の魔王とは一緒じゃないのか?」

「あいつらではもう、足手まといにしかならん」

「何階層まで行ったんだ?」

「139階層だ」

 ダイタン迷宮は150層の迷宮のはずである。

 そこまでいくとランク10の冒険者であっても、レオンから見ると足手まといにしかならないということか。


 そもそも冒険者ランクなどというのは、ギルドが便宜的に付けたものである。

 アーリアやレオンがランク10冒険者を上回る力を持つのは事実であるし、エグゼリオンの使徒や魔人帝国の魔王も、ランク10の冒険者数人がかりでも、とても対抗出来ないであろう。

 つまりレオンの知る限りでは、それより下の階層を共に出来るのは、アーリアとティアの二人だけである。

「それなんだが、こっちはこっちで忙しいんだ」

「お前が本気になれば、国の一つや二つは潰せるだろう」

「結果じゃなくて、過程が重要なんだ。ただ潰せばいいというわけじゃない」


 純粋に戦力だけを考えるなら、アーリアの切り札でほとんどの国の戦力は壊滅可能である。

 だが圧倒的すぎる暴力に晒された人間が、その後の統治をどう受け入れるか。いや、民衆はそれでも問題ないのだが。

 アーリアがいくら強くても、敵を撃破しても統治は出来ない。

 だから順番に組織的な強さを手に入れるのだ。ネーベイアを中心としてアルトリア東部はほぼ掌握した。次はアルトリア全土だ。

「というわけで私がすべきはアルトリア王国全体で力をつけて、ガラハド王国を侵略して併合、北方中小国家群の統一支配という、気宇壮大な目標があってだね」

「兵士が一万人いたとして、お前に勝てるのか?」

「……いや、そりゃそうだけどさ」


 アーリアという存在は、この世界においては異物と言える。

 超越した力の持ち主は、レオンをはじめ他にもいるが、それでも本当になんの制約も無視して力を振るえば、彼女の目的を果たすのはずっと簡単だろう。

 しかしそれではダメだと、アーリアは制限をつけている。

 この世界においては、この世界の人間の一部として、影響を大きく与えすぎてはいけない。

 製鉄技術が高度に発展したネーベイアで、銃を開発改良させないのも、その制限の一つだ。

 貴族の娘として、人間に許される知略と武勇を振るって戦うのはともかく、ロボットで街全体を焼き払うのは違う。

 この制約こそが傲慢なのかもしれないが、それでもアーリアは己の力に制約をつけている。


 だがそれはあくまでもアーリアの制約であるし、迷宮探索のことなどを考えると、レオンの力もいずれ必ず必要となる。

「いつになったら動けるようになるんだ?」

「う~ん、最低でもアルトリア王国の主権を握らないとな」

 いつまでかかるんだよ、とレオンが目で言っていた。そう言われても、相手がいることなので、アーリアとしても明言は出来ない。

「とりあえず王が死んでくれないと……」

 完全な内乱状態になれば、ネーベイアの武力で一気に勢力図を確定出来る。

「待て」 

 そこでなぜかレオンは考えこんだ。

 今の内容に彼が関わること。ひょっとして王を暗殺でもしてくれるというのか。

 能力的には不可能ではないだろうが、そういうやり方で死んでいいなら、アーリアもとっくに手を下している。


 だがレオンの発した言葉は違った。

「おそらくつい最近、王は死んだぞ」

「え」

 素で驚いてしまったアーリアである。




 レオンとて迷宮探索の仲間に、アーリアとティアのみを考えていたわけではない。

 ダイタン迷宮は確かにアルトリア王国でも最高難度の迷宮ではあるが、全ての強者がそこに集まるというわけではない。

 常識的に考えれば、この国最大の人口を誇る王都に、それなりの腕を持つ人間がいるのは当然だろう。


 そう考えたレオンは王都によって、腕の立つ人間を探していたのだが、その途中で逆にスカウトされたのだという。

 確かに彼は戦闘力が高く、その雄大な体躯とは裏腹に、気配を消すような術にも長けている。

 仕事を受けるつもりはなかったレオンだが、似たような強者が集まると思って、話の触りだけは聞いたらしい。

 それが貴族の暗殺計画であり、早々に手を引いたはずのレオンが秘密を知ったと思われ襲撃され、その中で王位を巡る暗闘が開始されているという情報を得たのだ。

 前後の情報から考えると、王が後継者を定めずに死んだと思われる。


「グダグダだな、王都」

 思わず溜め息のアーリアである。

 だがそう考えると、王都圏から脱出してくる人間が多いのも、納得出来るというものだ。


 レオンの話の裏を取る必要はもちろんあるが、こちらもすぐに動ける体制にはなっておくべきだろう。

「また戦争か?」

「どうかな。政争でどうにか手を打ちたいけど……」

 苦悩するアーリア。なにしろ戦争は人が死にすぎるし、金がかかりすぎるし、物資も消耗しすぎる。

 ネーベイアの鍛冶師たちには、アーリアの持つ機械仕掛けの神を、もっと完成に近づけるために協力して欲しい。

 ぶっちゃけ工業技術は、アーリアの目的のために全力を傾けさせたいのだ。


 だが戦争による解決も、悪くはない。

 アーリアがこっそりと操るネーベイア家が、王位を簒奪するためには幾つかの条件が存在する。

 その中の一つには、強大な勢力を持った王族がいなくなる、というものがある。

 政争でその勢力を引き剥がすよりも、戦争で物理的に消滅させることが、結果的には早いだろう。

 国内の治安が早期に回復すれば、結果的には被害は小さいものとなる。


 戦争とは、それをした方が被害が小さくなる場合以外は、行ってはいけないものだ。

 逆に被害を抑えるためには、戦争を行う勇気が必要となる。


 アーリアは腹を決めた。

「戦争だな。敵を暴発させるのに、また頭を使わないと……」

 戦争で全てを清算しようとするのは馬鹿である。アーリアは馬鹿ではないので、そういった形の戦争は出来ない。

 よって頭を使う。これがまた大変なのだ。

「俺も協力しよう」

 レオンの言葉は意外なものだった。

 この大男の戦闘力は、人間を逸脱している。石斧を振り上げた原始人の中に、装甲車が機関銃を乱射しながら突入するようなものだ。確かに戦場ではその力は脅威だろう。

「戦場に出た経験は」

「ある。俺が先頭に立てば、大概は勝った」

 全て勝ったと言わないところに、個人の武勇の限界がありそうだが。

 それはアーリアがレオンを上手く使えばいいだけの話だろう。


 レオンにしても、アーリアに協力するのには条件がある。

「その代わりに、早く戦争を終わらせて、迷宮に潜るということか?」

「そうだ」

 正直すぎる。

「あの、私も協力しようか?」

 置物となっていたヴァリシアが発言した。レナは菓子を食べている。

「あ、助かる。戦場には出なくていいから、私に付いてきてほしい」

 基本的に兵士というのは男ばかりである。場合によっては防衛側で女性が活躍することもあるが、アーリアのような存在は例外中の例外だ。

「え! ダメだよ、ヴァリシアさんけっこう美人だからクッコロされちゃう!」

 レナの戯言は聞こえないふりをするアーリアであった。

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