第40話 護衛依頼 1

 検定試験が終わった後、マルスは一行をギルドの一室に誘った。

 本来ならば使わない部屋で、貴重な書物が置いてあることもあり、普段は鍵がかかっている。

 もちろん職員であるマルスには、そこを使う権利はある。


「それで、お前ら何が目的なんだ?」

 目の前にお茶を一杯出されて、三人は面接のような格好である。

「目的……」

 レナは真ん中のアリウスと、左のレオンを見る。言われて見ればティアも含め、この一行の目的というのを知らない。

「大神の迷宮だ」

 レオンが短く答える。

「俺はとりあえず、一年間王国の西方を見るつもりなんだ。それが終わったら、一度ネーベイア辺境伯家に戻る」

「え、そうなの?」

 そういえばレナには話していない。

「その時に付いて来るかは自由だ。それまでには一人で生きていけるぐらいには育てておいてやる」

「え~……」


 そう言ったものの、アリウスはレナが付いてくるように誘導するつもりであった。

 国内においてネーベイア辺境伯領は、かなり治安の良い部類に入る。迷宮も複数抱えているし、レナからしたらアリウスという伝手もある。

 計算すればそれが一番いいと分かるだろう。むしろそうでないと困る。


「そうか、とりあえず大神の迷宮に挑むか。俺も昔は潜ったけどな……」

 レオンと同じぐらいの年齢にも拘わらず、マルスの栄光は既に過去に確立されているようだ。

「お前らとは才能が違った。それでも50階層までは行ったんだけどな」

 それは素直に凄かった。


 大神の迷宮。アルトリア王国に存在するそれは、伝説によると170階層の超巨大迷宮である。

 少なくともこの千年は、踏破者は出ていない。記録の上では残っていない。

 アルトリア王国自体がそこまで古い国ではないし、何度かの内乱も経ているため、正確には分かっていないのだ。

「今じゃあ90層ぐらいが一番深く潜ってるんだったかな? 100層超えると幻獣種が出てくるらしいし」


 幻獣とは魔物の一種ではあるが、人間並みかそれ以上の知性があり、その力の強大さは一軍にも匹敵するものである。その頂点が竜であるとされている。

 ちなみにネーベイア辺境伯領の魔境には、ぽつぽつと幻獣が生息していた。

 あの魔境はティアの古城よりさらに北に進むと、アルトリア王国がすっぽり入るぐらいの森になっているのだ。

 しかもそれは分かっている範囲内であり、実際にはもっと広大な森林地帯である。

 大陸全体を見ても、人間や亜人が居住可能にも拘わらず、魔物や幻獣、魔境によって人の手の及んでいない場所はいくらでもある。

 その中には未発見の迷宮もあったりする。ネーベイア領でアリウスが壊した下級迷宮はそういったものであった。




 とりあえず隠さなければいけないという問題はなさそうなので、マルスは三人をギルドの酒場に誘った。

 いや、確かに酒も出すが、本来は食堂のはずなのだが。

 冒険者というのは酒飲みが多い。一番簡単な娯楽だからだろう。

 意外と賭博を趣味とする者は少ない。スリルを味わうなら、一般の依頼で充分である。

 あとは女だが、普通にアルトリア王国は娼婦がいる。もっともこのパーティーで関係がありそうなのは、レオンだけだが。


 マルスは食事を奢っただけでなく、様々な助言をくれた。

 それはアリウスからすると臆病すぎる対処も含まれていたが、レナにはそれぐらいでいいと思えた。

 自分は規格外なのだと、意識しないと忘れてしまうことがある。


 このままだらだらと飲み食いするには、店の中が混んでくる。

 夕方までに街へ着いた冒険者が、ギルドでの報告を済ませてやってくるからだ。

「河岸を変えるか」

 そう言ってマルスは立ち上がる。ここからさらに奢ってくれるというなら太っ腹だ。


 店を変えようかとした時、ギルドのドアが開いた。

 入ってきたのは日が没して、ようやく活動できるようになったティアであった。

 真っ直ぐにアリウスの方に向かってきた彼女は、少し怒っているようであった。

「もう用事は終わったの?」

 他の面子は目に入っていない。元々そうではあるが。

「とりあえずは終わったんだが、色々と興味深い話を聞いていた」

 下手に言い訳はしない。ティアは寂しがりやなのだ。

「せっかくだ。店を変えて、そこで話そう」

 ティアの顔が綻んだところで、アリウスはマルスに向き直った。

「高いところに行くので、俺が奢ります」

 そしてマルスが知る限りでは最も高く、しかし予約なしで行ける食堂に、一行は移動した。




 マルスは幸運な男である。あるいは悪運が強いと言うべきか。

 冒険者時代もそうであったし、その引退の時もそうだ。付き合っていた女が妊娠したので、冒険者からは足を洗った。

 次の依頼で、元々いたパーティーは全滅した。危険の少ない護衛任務であったはずなのだが、はぐれの魔物の群れと、野盗の襲来を連続で受けて、誰も生き残らなかったのだ。

 そして今、ある意味竜よりお恐ろしい気まぐれなティアを目の前にし、アリウスがちゃんと話を通してくれた。

 この運の良さは、彼には分からないだろうが。


 ティアは高価な赤ワインを空けていた。

 吸血鬼は本来、血を吸っていれば食事は必要ない種族なのだが、ある程度は食事で血を代替出来る。

 血の味は素晴らしいものだとティアは言うが、さすがに料理の食感の豊かさには、優るものではない。


 隣にぴったりと座ったティアを意識もせず、アリウスはマルスと話を続けた。

 おおよそこの周辺の治安状況や、マルスの行ったことのある場所についての話だった。

 マルスは口が軽いわけではないが、こういったことは別に秘密でもなんでもない。


「やはり西方は治安が悪いのか」

「そうだな、年々悪くなっている感じだ」


 アルトリア王国西部と言えば、一番内乱の激しいところである。

 多くの貴族が同盟し、あるいはそれを破棄し、領土を争い財産を奪おうとしている。

 それをまとめあげ仲裁するような勢力がない。

 群雄割拠と言うべきか、それともどんぐりの背比べと言うべきか。とにかく西方は治安が悪い。


 マルスが冒険者を引退したのも、教官としての誘いがあったのもそうだが、この先に不安を覚えたからだ。

 実際のところ、こういった内乱状態では、貴族は自分の領地を守るため、平時よりもさらに治安に気をつけるものだ。

 それが出来ていない。意識もしてないのか、それも余裕がないのかは分からないが、傑出した人物がいないのは間違いない。


 アルトリア王国を治め、近隣国との関係を再構築出来るような人物が、果たして国内にいるのだろうか。

 アリウスは、能力的になら自分に出来ると思っている。ただ王国内では能力だけでは不足だ。

 女であり、若い。後ろ盾は辺境伯と充分だが、これだけでは一国を治めるには足りない。

 じっくり時間をかけて、そして人材を探していかなければいけない。あとは運だ。




 国家を興すような、あるいは再建するような人間は、強い運を持っている。それは単に戦場での武運というだけではない。

 人との縁、あるいは運命の転換だ。そういう意味ではアリウスの運は弱い。

 彼女は自分がなんでも出来るがため、他人を必要としていない。あるいはそれは強みにもなるのかもしれないが、必要なのは歯車だ。

 自分の知識を実現化させるため、職人や錬金術師は良い条件で招聘したが、内政官や外交官が足りていない。

 ネーベイアがアルトリアを統一するには、まだピースが揃っていない。

 早めに平和をもたらすことが、万民の幸福であろう。だが旧弊を脱することの出来ない人間とは、どの時代でも一定数いるのだ。


 マルスの話を聞いてみたが、さすがに彼も国家の大計に関わるようなことは意識していなかった。

 一つの街の冒険者ギルドの職員など、その程度のものだということなのか。

 あるいはアリウスが期待しすぎということなのか。


 夜半過ぎまでマルスは飲んで、潰れてレオンに抱っこされて家に帰った。

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