第28話 ネーベイアの黄金、あるいは辺境の蛮姫 2

「で、どうしてこいつがいるわけ?」

 街道沿いの野営地に、その三人はいた。

 アリウスと、日が没したため棺桶から出てきたティアと、そしてレオンである。

 焚き火を囲んで三人はいるのだが、ティアの問いがあってもレオンは応えようとしない。ただアリウスに視線を向けただけである。

 正解だ。男嫌いのこの吸血鬼は、男から何を言われても納得することはない。


 アリウスは苦笑して説明せざるをえなかった。

「最初は断ったんだがな」

 アリウスが出発してすぐ、レオンも子爵家の館を辞去したという。

 そして早足で歩いて、すぐにアリウスに追いついた。

 色々と話したいことがあるというので、とりあえず同行することになったのだ。そして今、こうやって焚き火を囲んでいる。

「じゃあ話をしなさいよ」

「迷宮を踏破するつもりなのか?」

 促されてすぐにレオンは声を発した。

「ああ」

「ならば共に行きたい」

「なんであんたと」

「いや、詳しく聞こう」

 ティアが即座に却下しようとして、アリウスは続けるように言った。


 レオンはしばし考え込み、やがて話し始めた。

「俺は迷い人だ」

「転移者か」

 その説明に、アリウスは納得した。どうにもレオンの強さの元が分からなかったからである。

「テンイシャ?」

「迷い人の別の呼び方だな。他の世界から来たんだな? 他の大陸とかではなく」

「ああ、星座が違うし、時間の刻み方が違う。おおよそ一年前、ここからずっと北の小さな国の辺境に着いた」

「転移者は転生者よりもよほど珍しいな。どういう成り行きだ?」

 迷い人という呼び方があるように、過去にもそんな例がなかったわけではない。しかし転生者と比べると、噂でしか聞かない程度のものだ。

 もちろんアリウスは、転移者の存在が事実であることを調べてある。


「ある迷宮の最深部で主と戦っていたのだが、その時に相手が不思議な魔法を使って、訳の分からない空間に飛ばされた。そこでこの剣を見つけたんだ」

「待て、訳の分からない空間とは?」

「小さな島が無数に空中に浮いていた。太陽も月もなく、それでいて空は赤く明るく、下を覗くと暗い闇が広がっていた」

「それは……空間の狭間かな」

「分かるのか」

「なんとなくだが」

 アリウスの使う亜空間と、原理は同じかもしれない。しかしそこは空間の狭間、世界の狭間であり、そこから出ることは難しいはずなのだが。

「そこに、その剣があったと?」

「ああ、立派な台座があって、そこに刺さっていた。何か文字も書いてあったが、読めなかった」

「写しはあるか?」

「ああ」

 レオンからその台座にあったという文字の写しを見た瞬間、アリウスは噴出してしまった。

「どうした? 分かるのか?」

「ああ、分かる」


 アリウスの記憶の遠い過去。全ての運命の始まり。

「日本語だよ」

「聞いたことのない言葉だ。なんという意味だ?」

「汝、この剣を抜く者、一切の希望を捨てよ」

 あまりにも懐かしくて、感情がおかしい。こらえていた笑いが声に出ていた。

「祝福ではなく呪いの言葉だな」

「いや、これはたぶん、単なる諧謔だ」


 日本からの転生者か転移者が、わざわざ世界の狭間に隠していた。

 なるほど確かに危険な物である。

「それで、どうやったら本当の力が発動するんだ?」

「ん? ああ……発動句は”ホロビヨ”だな」

 立ち上がったレオンは剣を持ち、野営地の外れに移動する。

「ホロビヨ」

 しかし発動しない。

「ええとな、全てを終わらせる、ぐらいの気持ちを込めて、魔力じゃなくて、自分の中の力を流し込むんだ」

「ふむ」


 レオンは改めて構え直す。片手でも大剣を扱えるレオンの筋力は尋常ではないが、今度はしっかりと両手で握り締める。

「”滅びよ”」

 その瞬間。レオンの周囲の空気が重くなった。

 重力の増加。明らかにそれが感じられた。アリウスがシャムニールを扱う時に、重さのある一撃が欲しい時に行うのと同じだ。

 大剣の重さの増加はそれ以上のようだった。レオンの筋肉が膨張し、それでも耐えられずに剣先を地面に落とす。

 その瞬間、大地が裂けた。

「あ」


 アリウスが声を洩らし、ティアが目を丸くして口に手をやる。

 大地の亀裂は広がり、街道脇の森を貫いていき、裂け目としか言いようがないものを作り出した。

 そのはるか先は、山に当たってその裾を破壊していた。

「ええー」

 さすがは神剣などと思う間もなく、アリウスは被害の程度を探るべく空に浮かんだ。


 この辺りはまだアッカダ子爵領のはずである。野営する場所が設立してあるからには、近くに村などはないはずだ。

 万一この地割れが村などを直撃していたら、どんな被害が出るか分かったものではない。

 しかし大丈夫。まだ慌てるような事態じゃない。

 生命反応を探知する。はるかに森が続くこの辺りは、まだまだ開墾の余地がある。畜産にはいい感じの土地だと頭の隅でアリウスは考えていた。

 そして発見する。人間と思われる反応が、魔物に追いかけられてるのを。

「ティア! 人を助けてくる!」

 そしてアリウスは飛行し、またも美少女を助けることになるのである。





  第一章 了

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