第93話 大公家分裂 2

 弱肉強食、と割り切ってしまえれば、そちらの方がいいのかもしれない。

 だが乱世となっても、いや乱世だからこそ、人々は過去の虚構にしがみつくのだろう。

 ゲルゼルの非を鳴らす手紙は、ゼントールのみならずレックス自らも書きまくった。


 ゲルゼルが大公家を継ぐのと、レックスが継ぐのとの、どちらが正しいか。

 実はゲルゼルがもっとちゃんと策を練っていれば、彼が後継者になれた可能性は高い。

 父と嫡男が死んでいるなら、長男にお鉢が回るのは妥当なところだからだ。


 だが暗殺があまりにもあからさますぎたし、中途半端に勢力を持ってしまっていた。

 ゲルゼルが大公になるということは、現在彼の周囲を固める、それまで主流でなかった人材が大公家を動かすということである。

 それは既得権益などにも及ぶであろうし、既存の勢力と対立することになる。


 それに対してレックスは、大公となればそれまでの支配者層を受け継ぐことになる。

 主流派がどちらの味方をするかは、当然ながら明らかである。

 もっとも懸念がないわけではない。

 ネーベイア家がレックスを支持したために、かの家の影響が及ぶかもしれないということだ。

 それを危険視し、あえてゲルゼルに付く主流派もいるかもしれない。


 正直なところ、純粋に武力に訴えれば、ゲルゼル派に勝ち目はない。

 政治的に動こうとしても、大公家一族は幼少のレックスの方に好意的であり、さらに腹芸が苦手だったはずのネーベイアも、今回は素早く動いている。

 この状況でゲルゼル派が一発逆転を狙うなら、手段は一つしかない。

 レックスの暗殺である。

 つまりアーリアという傑出した武人がいるネーベイアに庇護を頼んだレックスは、完全に正しかったのだ。




「そういうわけで、しばらく護衛をしてみないか?」

「それ、拒否権あるのか?」

 日々ネーベイア軍に混じって身体を動かしてはいるが、戦争にも参加しなかったヴァリシアに打診してみた。

「もちろんある。ただそろそろ、ただで食べてる飯の味が不味くなってきたんじゃないか?」

 むう、とうなるヴァリシアである。


 アーリアの言葉通り、別にこれは強制しているわけではない。

 もしも彼女の食い扶持に不満があっても、魔境で数体魔物を狩れば、それだけで充分に食費ぐらいにはなる。

 だがそれでもアーリアがやや強めに勧めるのは、もちろんそれが都合がいいからだ。

 誰にとってと問われれば、様々な人にとって、となる。


 まず第一に、ヴァリシア自身。彼女はまだダイタン迷宮での生活から精神的に復調していない。

 長い間の目的を果たして、一度は燃え尽きてしまっている。だが彼女の人生を考えれば、そろそろ立ち直って次を見つめるべきだろう。


 第二にレックスたち。レックスの暗殺がゲルゼルにとって有効な手段である限り、暗殺者を送ってくる可能性は否定しきれない。

 もちろん護衛の騎士はいるし、ネーベイアからも人は出す。しかしロッシ家のような陰謀に優れた家には、凄腕の暗殺者との伝手があったりするかもしれない。

 まあその伝手をゲルゼルが利用できるかはともかく、優れた暗殺者をしかけてきたら、確実に対処出来るような護衛は限られているだろう。

 夜であればティアの目をかいくぐることは出来ないだろうが、逆に昼間はティアの力が及ばない。

 またヴァリシアが女性であることも、男子禁制の場にレックスの母などが行く場合、大変に都合がいい。


 そしてもちろんネーベイアにも都合がいい。

 護衛に出す騎士は当然手練であるが、暗殺者の手口というのは真っ当な物ではない。

 冒険者として癖のある魔物との戦闘経験があるヴァリシアは、相手が毒を使おうが魔法を使おうが、それに対処出来る準備をしている。


 ヴァリシアはアーリアと違ってまともな精神構造をしているので、落ち着いた今ではアーリアのしてくれたことがどれだけ大変で、どれだけありがたい事かちゃんと分かっている。

 ごく普通の庶民として、貴族が嫌いではあるが、アーリアのような、あるいはその兄たちのような貴族は、貴族以前に戦士として尊敬も出来る。

 それに子供が殺されそうになるというのは、それだけで充分彼女が動く理由になる。

「やらせてもらうけど、毒や魔法に対抗する装備は揃えてもらっていいかな?」

「それはもちろん。最新の物を提供する」

 かくして防御体勢は整った。




 お手紙を書きまくっている父ゼントールに対抗するわけではないが、アーリアもそれなりに手紙を書いている。

 彼女は中身はともかく、外見は間違いなく美少女なので、先の遠征においても若手の貴族から接触されることは多かったのだ。

 もちろんネーベイア派が一番多いが、敗走してきたロッシ派の貴族には、彼女の魔法によって本当に命を助けられた者もいる。

 特に前線を支える騎士階級に、そういった者は多かった。


 アーリアは下心を抱えているかもしれない騎士たちや貴族に、ごく事務的な手紙を書きまくった。

「そんなに面倒なことしなくても、あたしがさくっと殺してこようか? その……ゲロゲロだっけ?」

 ゲルゼルである。ティアは基本的に、人の名前や顔を憶えない。


 机に向かうアーリアの背に、ベッドに寝転んだティアが声をかける。

 確かにティアなら出来るだろう。潜入して殺すのも、正面から突撃して殺すのも、ある程度準備すればそれは可能だ。

 そして単に損害を減らすことを考えるなら、それが一番いいのである。


 レックスは暗殺の危険に晒されているが、それはゲルゼルも同じだ。

 極論すればこの内紛は、ゲルゼルとレックスのどちらが死ぬかで決着する。

 ゲルゼルは自分の競争相手を、絶対に殺さなければいけない。正当な手順で大公となるのは難しい。

 またありえないがレックスに屈服するにしても、レックスは大公家を継ぐために、ゲルゼルをちゃんと断罪しなければいけない。

 命の取り合いとは、また随分と原始的な戦いになってしまったものだ。


 アーリアはもちろんそれは分かっているが、後のことを考えるとその手段は取らない。

 選択出来ないのではなく、選択しないのだ。

「この際、大公家の敵対勢力をまとめて処分したいから、それはダメだなあ」

「え~、さっさと片付けて遊ぼうよ~」


 あまりにも自由なティアである。まあ彼女にとっては寿命も短く脆弱な人間の社会など、さほどの関心もないのである。

 アーリアがいなければ今でも、魔境の古城で惰眠を貪っていただろう。

 日中の活動には向かないという制約はあるが、アーリアの指示で動いてくれる最強の鬼札ではある。

 もっとも吸血鬼と友誼を結んでいるとなると、他に知られたら人倫的にアウトであるが。


 それにしてもティアに構ってやれてないのは確かである。

 ガラハドが侵攻してきて以来、アーリアはまともに研究が出来ていない。壊れた機械神も外装が確保できていないのだ。

 神との戦闘で明らかになった脆弱な部分も、いくらでも改良の余地があるだろう。

 これはもう、機械神に頼るのをやめて、ついでに人間やめた方が効率的なのではないか。 

 だがそれでは結局、個人の武勇に頼るしか、理不尽な神々に対抗する手段がないことになる。


 思考がずれそうなのを自覚して、アーリアはティアに問いかけた。

「ティアも暗殺とかしてみたいか?」

「え? う~ん、でも人間なんか別に殺すの難しくないし」

「誰にも見つからないように、とかでもか?」

「どうなんだろう」

 ティアは完全に無関心である。


 吸血鬼が人間の血を吸う残虐な種族という認識は、そこそこ正しい。

 だがそれは下等な吸血鬼であって、同じ吸血鬼であっても明確な差がある。 

 真祖のティアはグルメである。よってばっちい人間の血など吸いたくない。

 そんなもので腹を満たすぐらいなら、眠って消費を抑える方を選ぶのだ。

 彼女がアーリアに固執するのは、ある意味食欲による。


 どうやら今回もティアは不参加らしい。非常事態にでもなれば、また勝手に動いてくれるだろうが。

 夜間であれば侵入者を知らせるぐらいのことはしてくれるだろう。

「ついでにレナ、お前もヴァリシアと一緒に護衛に入れ」

「え! あたいっすか!?」

 同じ部屋の隅で、静かに本を読んでいたレナは、お鉢が回ってきたことに驚いている。

 ちなみに読んでいるのは恋愛小説だ。アーリアの物ではない。


「ヴァリシアに敵うようなやつはそうそういないはずだけど、魔法使いなら少し心配だからな。お前、探知系は使えるだろ?」

「まあ……」

「勉強も大切だが実践も大切だしな。ヴァリシアとティアがいるわけだから、まず非常事態にはならないだろうし」

「師匠、それはフラグです」


 少しごねたレナであったが、アーリアには従うしかない。

 本気で嫌なら別にアーリアも強制はしないのだが、少しは働く必要があるとは、レナも思っていたのだ。

 これで防衛体制はおおよそ完了したと言っていいだろう。いざという時はアーリアがゴーレムを出せばいい。

 これからは攻勢に出る。


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