第22話 迷宮の死闘 5

 愕然とした表情を浮かべて、レオンは口を開く。

「今のはなんだ? 魔法か?」

「それは秘密です。と、言いたいところだけどサービスで説明してやろうか? もっとも聞いた後に生きていられるとは限らないが」

「……いや、いい。お前は誠実な人間だな」

 敗北を認めたレオンは、その場に大の字に寝転んで、完全に隙だらけの姿となった。

 その頭の中には色々な疑問が浮かんでいるのだろう。

「訳が分からん。こんな負け方をしたのは初めてだ」

「まあこんな負け方をしたら、普通は死ぬだろうからね」

「そうか? ……そうか」


 これを偶然だとか考えない時点で、レオンはやはり超一流の戦士である。

 自分の身に何が起こったのか、必死で考えているのだろう。


 アリウスはまだ確信していないが、レオンの持っている能力は、完全魔法防御である。

 魔法による攻撃は全て防ぐというもので、足を転ばせるような単純な魔法でも、必ず防いでくれるはずだった。

 床が滑ったわけではない。己の足が上手く動かなかったのだ。

 だがどうやって? それをレオンは考える。しかし魔法の知識にそれほど精通しているとは言えないレオンは、その謎が分からない。


 この謎の回答を知らせることは、実はアリウスはそれほど危険視していない。なにしろ分かっていても、ほぼ確実に通用するものだからだ。

 だが対策は取れるし、レオンなら可能なのだ。何度か受けてみれば、自然と対処できるようにもなるだろう。

「考えてるとこ悪いけど、下に行かないか? 少し回復してから行くか?」

「いや、体力自体は問題ない」

 問題なのは精神的なものだ。一方的な手段で敗北したので、その衝撃が大きい。

 だがいつまでも寝転んでいてはいられない。必要なのはさらなる強さだ。


 するりと起き上がったレオンを見て、アリウスは半笑いになった。

 勝った自分の方が、確実に疲れている。というか本当に、切り札というのは重要なものだ。




 アリウスは懐から回復薬を取り出し飲み込む。魔力と体力が同時に回復する優れものだ。

 レオンはアリウスが回復薬を飲んだことには気付いたが、少し不思議にも思った。

 まるでまだこの先に、迷宮があるかのような備えではないか。

「よし、行くか」

 肩をぐるりと回したアリウスの後に、レオンは続く。


 階段は長くせまい。それでも二人が並ぶ程度の幅は軽くある。高さはもっとだ。

 考えてみれば巨人種が踏破でもしたら、最奥に降れないという間抜けなオチを避ける必要があるだろう。

 あの広大な空間も、巨人種や魔物使いが戦うなら、それなりに必要な広さだったということか。

「そういえばあんたは、どんな望みがあるんだ?」

「強くなれるものだ」

「強さねえ。邪神に下手に願えば、刻印を刻まれて眷族にされるからな。使い捨てのものか、呪いの付いてない武器がお勧めだな」

「武器はもう足りている」

「そういえばあげたな。遠距離攻撃の手段はいらないのか?」

「それなりの物は持っている」

「なら身を守るものがいい。おあつらえ向きに呪縛の邪神なんだから、精神攻撃無効とか、呪い無効の護符とか貰っておけよ」

「さっきもらった物では足りないか?」

「手段はいくつも用意していたほうがいいだろう」

「もっともだ」


 和やかな会話だが、直前まで命に関わる死闘を行った間柄である。

 しかし剣を交わした者同士にしか分からない、奇妙な親近感はあるのだ。

「お前はどうする?」

「俺か? 俺はもっとすごいものをいただく」

 罪業の呪縛神は、中級下位の神だと聞く。それならば持つ権能はかなりのものだ。

 ネーベイア辺境伯領の下級神とは一味違ったことも出来るだろう。


 階段はそれほど長くもなく、二人は神座へと至った。

 そこはやはり広大な空間であったが、先ほどとは違い照明は奇妙に赤黒く、悪趣味な装飾品が多い。

 苦しんだ姿のの石像。いや、実際に石化した人間なのか。

 擬似石化とは違い、完全に石化して死んでいるのが幸いだろう。


 それの他にも柱や門が不明瞭な意図で置かれ、まるで無秩序な美術館を思わせる。

 しばらく歩いたその先に、それはあった。

「うげえ」

 触手の絡み合ったような巨大な像。それは石像に見えたが、魔力を濃密に発している。

「触手は嫌いじゃないけど、戦うのはなあ……」

 げんなりするアリウスに、神の声が届いた。

『よく訪れた、踏破者よ。何を願う?』

 禍々しくも雄々しい、それはまさに神の声であった。


 痛烈な威圧にも、二人は退くことはない。

「精神攻撃や呪いを無効化出来る物がほしい」

『このルジャジャマンに、そんな物を願うか。いいだろう。持っていくがいい』

 レオンの前に現れたのは、粗末な首飾りであった。赤黒い石があり、それが力の源となっているのだろう。

『お前は何を望む?』

「まずは知識を。この世界についてだけど、最初に世界と原始の大神が生まれ、そこから世界を築いていって新しい神が生まれ、人間達を生み出していった。そこへ邪神と呼ばれる違う世界の神々が攻め込んできた。これは合っているのか?」

『ふむう? 確かに我らはこの世界にとっては異物であった。それ以前のことは知らんな』

「神が人間を生み出したのは間違いないのか? それとも人間の願いから神が生まれたのか? それとそちらの邪神が来た世界は、どういう世界だったんだ?」

『……人が神を生み出すだと? 不遜な! 人の命など神に比べれば瞬きの間に生まれ死すものよ!』


 この世界の人間の誕生については、アリウスは既に調べてある。

 人間に進化する以前の種は、今のところ化石でも発見されていない。ドワーフやエルフなどの亜人もだ。

 皮肉にもゴブリンの化石だけはあり、どうやらあの危険な繁殖力を持つ亜人が、本来のこの世界の霊長であったようだ。

 では人間やエルフはどこから来たのか。おそらく異世界だ。

 人間の使う言語は、アリウスの知る異世界に特有の特徴がある。エルフやドワーフも今では人間の言葉を多く使うが、そちらもまた異なる異世界の特徴があった。

 つまり人間は、神に造られたものではない。


 そしておそらく邪神以前の神でさえ、この世界の始まりと共にあったものとは思えない。

「分からないなら、それはいい。じゃあ俺が欲しいのはあと一つだけだ」

『ほう? 力か? 富か? それとも永遠の若さか?』

 そのどれにもアリウスは首を振った。

「力は自分で手に入れてこそ価値がある。富などは手元にあるもので充分。過ぎた物は破滅するのみ。そして永遠の若さなど呪い以外の何者でもない」

 アリウスは剣を抜くと、ルジャジャマンに向かって突きつけた。

「罪業の呪縛神ルジャジャマン、お前の神核をいただく」

 それは神殺しの宣言であった。 

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