第33話 赤毛のハーフエルフ 5

 モトラ村はちょっとした騒ぎになっていた。

 原因はレオンである。この大男はそこらには見ない長身であり、あまり他種族を見ない僻地であれば、巨人族と間違ってもおかしくない。

 そして広場に集まっておろおろとしている村人たちの前に、レナを伴ったアリウスが現れたのだ。


「レナ! どこへ行っておったのだ!」

 髪の真っ白な老人が前に出てくる。おそらくこれが村長なのだろう。

「いや~、ちょっとオークを退治しにね。全部やっつけたよ」

 アリウスの助けは口にしないが。

「そうか……。それは良かった……」

 村長は安堵の吐息をついた。レナを売り飛ばそうとしていた様子は見せない。まあこの世の中、村の中の誰かが売り飛ばされるなど、ごく普通にあることだ。


 かといってレナがそれを許すわけではない。

「村長、あたいはこの村を出て行くよ」

 その言葉を聞いた村長の顔は、幾つもの感情が次々に浮かんでいった。

 そして最後に残ったのは、諦めと悲しみの入り混じったものだった。

「そうか。その人たちに付いていくのか?」

「うん、魔法も教えてくれるって言うしね」

「そうか……そうか……」


 繰り返す村長の顔に浮かぶのは、一種の安堵。

 レナは生贄にされそうになったと言うが、まさかそれを喜んで行う人間など……歪んだ人間にしかいない。そしてこんな村の村長レベルで、そこまで歪んだ人間はいないだろう。

 オークの脅威が除かれ、村には平和が戻った。しかしレナを生贄にしようとした事実は消えない。

 そのレナが自ら去ると言っているのだ。面倒なことがなくなるならば、それでいいのだろう。


 もっとも、魔物を一人で狩れるような魔法使いがどれだけ貴重なのか、この村の人間はさっぱり分かっていないのだろうが。

 肉を狩ってくる猟師がいなければ、栄養のバランスが崩れる。その程度の知識さえ、この文明圏の民衆にはない。

 腹が膨れるだけ食べられれば満足というのが、農村のおおよその食生活なのだ。




 レナは自分の家に戻ると、蓄えていた食糧に、わずかの金銭、そして武器を持ってきた。

 家具などは持っていくことは出来ない。村長と話した上で、分家したがっている家族に家は渡すことにした。

 代わりといってはなんだが、村長は餞別の金を渡した。アルトリア金貨が一枚。普通に暮らすなら、一年は食べていけるものである。


 見送りの中にはレナの同世代の子供もいる。

「レナ、行っちゃうの?」

「やだよレナ」

 小さい子供達には、かなり懐かれているようだ。それに同世代の少年達も、一部は熱い視線を送っている。

 転生者と知らなければ普通の美少女なので、村の中の立場というものを考えても人気はあるのだろう。

 それにしても前世が男なら地獄だろうが。


 別れ際には泣かせる場面もあったが、一行は村を出た。

 レナは何度も手を振り、木立の間に村が消えるまで、ずっとそれを続けていた。

 売り飛ばされそうになった割には、随分と余韻のある別れ方であったが。


「ところでこれからどこに行くの?」

 それも聞かずに付いて来たレナは、かなり危機感が足りない。

 下手をすれば人身売買だ。奴隷制度はないアルトリア王国だが、事実上の奴隷扱いというのは、よくあることなのだ。

「とりあえず一番近い迷宮だな」

 いわゆるレベル上げには、神域である迷宮が最も適している。次に地脈の吹き出る魔境だ。

 もっとも場合によっては、下手な迷宮よりも効率的な魔境もあるが。

「お手柔らかに……」

「大丈夫だ。死ぬことはない」

 アリウスの言葉に全く安心できないレナであった。




「だ・か・ら、どうしてそういうこと、勝手に決めるかな~!」

 日が没し、また野営をすることになって、目覚めてきたティアがわめいた。

「お前は自分から付いて行くと言った。こいつは俺が連れて行くとした。文句あるか?」

 あまりの正論に、ティアは黙り込んだ。しかし肩はぷるぷると震えていて、怒りが収まらないのは分かる。

「あっそ! 三年来の親友と、ぽっと出の幼女を一緒にするんだ! このロリコン! 強姦魔! ミ○ザキツトム!」

「おま、適当な悪口言うなよな。だいたい俺の計画には、こういった才能の持ち主が必要なんだよ」

 ティアが抱く感情は理解出来る。だが共感することはありえない。

 アリウスは合理的な精神の持ち主であり、嫉妬や独占欲といったものを全く持っていない。

 だからこの場合の解決方法は、論理的な説得ではなかった。


 目の前に迫るティアの腰を抱き寄せ、包み込むように頭を撫でる。

「……あたしは子供か!」

 そう言いつつも満更ではないようで、ティアはアリウスを突き放すことはない。

「ティアは俺の親友だよ。一番大切な。で、こちらは大切な弟子。関係は全く違う」

「そこは恋人と言ってほしい……」


 突然始まったラブシーンに、レナは目を白黒させて驚いている。レオンは無言で無関心だ。

「いいなあ……。あたいもイチャつく相手ほしいよ」

「そういえばレナは、どちらなんだ?」

 ティアを胸に抱いたまま、アリウスが問いかける。

「どちらって?」

「男が好きなのか、女が好きなのか」

 その問いもまた、レナを困惑させるものだった。

「そりゃあ女……のはずなんだけど……」

 それを聞いたティアは鋭い視線をレナに突き刺す。

「ダメよ! アルはあたしのものなんだから!」

「え? いや男……え?」

 ティアの言葉にレナは疑問符を浮かべる。そう、ティアはうっかりさんなのだ。仕方なくアリウスも明かす。

「ああ、俺の本当の名前はアーリア。女だ」

「お、おおお、オスカル様!?」


 どういう驚き方だ。

 アリウスはツッコミを入れたかったが、言ってることは分からないでもない。

 それにしても、だ。

「お前は驚かないのか」

 レオンは平然と、鍋の中身をかき混ぜていた。今日の晩御飯は彼の当番である。

「分かっていた」

「そうか」

 こいつも大概謎だなとは思いつつ、アリウスはレナに向き直る。


 アリウスの場合、性別は前世に引きずられている。だがこの世界で新しい人生を生きていく場合、性別は現在のものと適合している方が生きやすいだろう。

 地球と違って性的なマイノリティに、寛容な社会ではないのだ。

 やはり性別を変える魔法を研究すべきだろうか。この世界の生物もDNAを持っているので、理論的には不可能ではないのだが。

 研究したいことは山ほどあるので、どうしても後回しにすることはある。

 アリウスは眉根を寄せながらも、深く思いを巡らすのであった。


 ちなみにレオンの作った食事は美味かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る