第41話 護衛依頼 2
冒険者が最初に受ける依頼は、どういったものであるか。
ゴブリン退治? 薬草の採取? いやいや、そういったものは最初に受けるものではない。
ゴブリン退治は戦闘を伴い危険であり、薬草の採取は大自然の中に踏み入るので危険である。
最初に紹介されるのは引越しの手伝い、掃除、手紙の配達などだ。
それをこなして最低限の社会性を確認した上で、ギルドは冒険者を認める。
そしてギルドは、人格を重視して依頼を勧めるか、能力を考慮して依頼を選ばせる。
人格を重視した場合、冒険者が職人になったり、商会の従業員になることも多い。
その結果、冒険者ははみ出しかけたならず者か、世に疎まれる変わり者、そして誇大妄想狂の自信家が残るのだ。
さて、そんな冒険者となった四人であるが。
「と言っても、この街を拠点にするわけじゃないんだろ?」
昨日に引き続いて、なぜかマルスが担当していた。どうやら二日酔いにはならなかったらしい。
「ああ、迷宮都市に行く」
応えたのはアリウスだが、レオンが訂正しないので問題ない。
「移動手段は?」
「ロバ二頭に牽かせた幌馬車だ」
「徒歩より少しだけ早い程度か」
うんうんと頷いたマルスは、一つの提案をした。
「簡単な依頼があるんだが、受けてくれるか?」
簡単と言われたのは護衛依頼であった。
商隊の護衛でもなく貴人の護衛でもなく、単に方向が同じ人間を、馬車に一緒に乗せていってもらいたいというものだ。
なんでも迷宮都市からこの街の領主の家まで、令嬢の肖像画を描くために来ていたらしい。
貴族が肖像画を描かせるのは、単純に飾りやパトロンとしての役割だけではなく、見合いに使うことが多いからだ。
そして珍しいことに、画家は女であった。しかも若い。なんでも貴族の出身であり、しかしながら裕福ではなかったため、手に職をつけたそうな。
「初めまして、カテリーナです。すごい美形ですね!」
アリウスを一目見た時の言葉である。
カテリーナは肖像画専門の画家である。というか需要がそこに特化していたのだ。
しかも女性の肖像画が多くを占める。未婚の娘を見せるのには、女性の画家の方が安心ということが彼女の特別な点であった。
この世界では他のあらゆる職業でも、女性の地位は比較的低い。
もっとも区別と言うべきかもしれない。極端に男女差があるのは確かだが、女王がいないわけではなく、女将軍がいないわけでもない。もちろん女騎士もいる。……アリウスのことであるが。
そんな者たちと比べたら、19歳で既にそれなりの立場にあるカテリーナの存在はまだ、現実的な方であった。
カテリーナは本業の画家であるから、荷物はそれなりにあった。
もっとも馬車の荷物は極端に言えば、ティアの棺桶以外はアリウスの亜空間にしまえる。
馬車の半分に空間を作り、そこにカテリーナの荷物を積んだ。
レオンは徒歩で移動し、レナは疲れたら馬車に乗る。御者をするのはアリウスだ。その隣にカテリーナが座る。
今更であるが、アリウスはロバではなくゴーレムの馬車にするべきであったかとも思う。
あれなら燃料となる魔石だけで維持は簡単だ。アリウスの魔力自体を使ってもいい。いざとなれば馬車本体と共に、亜空間にしまうことも出来る。
目立つという理由で候補から外していたが、利便性を追及したほうが良かった。
カテリーナの目的地は、ワルトール侯爵家の領都ダイタンである。
そしてダイタンこそが、旅の目的地である大神の迷宮を内包している。
そもそも迷宮が存在するがゆえに、ダイタンは発展したと言っていい。都市としての歴史は王都よりも古い。それこそ神話にさえ登場する。
アルトリアで一般的に迷宮都市と言えば、それはダイタンのことであるのだ。この迷宮を抱えるがゆえに、ワルトール侯爵家は大貴族と言われている。
大神の迷宮とは、神殿よりも神聖な、神の神域である。
邪神の迷宮とは違い氾濫することもないので、人は自然とそこに集まり、その人を目当てにまた人が集まった。
交通の便で言うなら、山地に囲まれた盆地であり、やや移動は不便である。
しかしながらそれでも、ワルトールは王国西部の大経済都市であり、魔石や迷宮由来の品物を産するという点では産業都市とも言えた。
カテリーナは侯爵家の分家のそのまた分家の末裔であった。一応姓を持っている。
アルトリア王国法においては、既に貴族籍にはない。しかしながら名家として地元では遇されていて、父の代までは貧困を知らずに育った。
困ったことになったのは、その父が死んでからである。母もまた貴族の末席にはいたものの、政略結婚として使うほどの血の濃さもなく、また格別に美しいというものでもなかった。本人はそう言うが、実際のところそれなりに可愛らしい外見だとアリウスは思った。
そんなカテリーナであるから、そのまま安直にどこかの下級貴族か富裕な平民の嫁になるか、あるいはちょっと上流の貴族の愛人になるか、その将来は微妙なものになる予定だったらしい。
ただ彼女が普通の下級貴族の末流と違っていたのは、その祖父が彼女に絵画の教師をたくさんつけていたということだ。
カテリーナは一応貴族の女子の教養として、一通りの学問はしていた。しかし絵を描くということに関しては、人並以上の関心を持ち、また才能もあった。
ただの下級貴族の妻となるよりは、自分の好きなことをして生きてみたいと決断したのだ。
画家というのは、当然ながら絵が上手くなければ務まらないというのは、地球での常識である。
この世界の、少なくともアルトリア王国の画家というのは、絵が上手いということだけではなく、教養が必要となる。
肖像画を描くにしても、その衣装や装飾品が、どういう意図の元にあるかを知っていなければいけないからだ。
だから画家というのは平民であっても、代々受け継がれる職業であることが多い。
その後援者も何代も前から同じ貴族だということも、ごく普通のことなのだ。
カテリーナはそういった画家の常として、社交的な人間であった。
そうでなければ貴族を相手に、ましてや気難しい少女を相手に商売など出来ないのだ。
もっとも彼女は、実はまだ一人前ではないらしい。自分の工房を持っていない。
師匠の下で助手をしながら、女性の肖像画の依頼があった時だけ、自分の仕事をするのだ。
「けれどここいらの情勢じゃ、街を移動するのもけっこう危険じゃないか?」
かぽかぽと馬車が進む。自然とカテリーナは会話の話題を提供してくれる。
「そうかしら? 確かに安全じゃないって言うけど、ずっと危ないわけじゃないわ」
カテリーナは貴族の末端に位置し、そして街から移動して仕事をする必要がある。
当然ながら彼女の安全には、あらかじめ配慮がなされている。
冒険者登録をしたばかりのアリウスたちに任せられるにしては、微妙にたいした依頼内容だと分かったが、それ以前に危険を排除しているわけだ。
一介の画家に対するものにしては、異例の措置なのではないか。つまりカテリーナはただの画家だが、本当にただの画家なわけではないのだ。
「カテリーナはワルトール侯爵なんかとは会ったりしないのかい?」
「会うわね。閣下の親戚は本当にたくさんいるから、上得意のお客様だもの」
「ふうん……」
少し考えた後、アリウスは何気なく訊ねた。
「カテリーナは侯爵の間諜か密偵なのかい?」
カテリーナは一瞬固まった後、手を振って笑い飛ばした。
「まさか! 確かに色々と見聞きしたことは話すけど、そういうことならちゃんと護衛とかがつくでしょ?」
カテリーナ自身が腕に覚えがあるならともかく、アリウスの見る限りはそうではない。
だから彼女の言っていることは正しいのだろう。
しかしアリウスには疑念があった。
このダイタンへの帰路。
何者かが距離を置いて、尾行している。
「前の街ではどういう方の仕事を?」
何気なく質問したが、カテリーナは無邪気に答えた。
「代官様の奥様と、お嬢様の肖像画よ」
この程度は仕事の秘密ではないというか、むしろアピールしていかなければいけないのだろう。
カテリーナが口の堅い人間かどうかは分からない。人の良さそうな、そして善良そうな女性ではあるが、それだけとは限らない。
貴族の屋敷に出入りする人間は、思いもよらぬうちに秘密を知ってしまうことがあるのだ。
もういっそのこと訊いてしまうか。
「カテリーナ、街を出てから、というか街を出る前から、尾行がついてる」
「え」
カテリーナは後ろを向くが、幌馬車の後ろが見えるわけはない。
「ひょっとしたら侯爵家の人が、こっそり護衛をしているのかとも思ったけど、心当たりはないか?」
「ないわよ。本当に私は、特に重要な人間でもないんだから」
卑下するでもなく、カテリーナは事実のままといった感じでそう言った。
「そうか。どういうつもりかな……」
アリウスは少しだけ考えたが、情報が不足している。
「前の街で、何かを見たり聞いたりしなかったかな? あるいはそう思われるような行為をしてしまったとか」
カテリーナはわずかに考え、顔を歪めた。心当たりがあるらしい。
「けれど、あれぐらいで……」
「あれぐらいと言うけど、当人にとってはそうではないのかもしれないな」
アリウスは考える。ここでカテリーナから詳細を聞くかどうか。
追跡してくる者たちのことも気になる。単なる尾行ではないだろう。人数が多い。
色々と考えることはあるが、カテリーナに危害を加える可能性は高いのではないか。
「貴方の知ったことは、誰かの醜聞かな? それとも機密に関すること?」
「その分類なら醜聞ね」
「それが明らかになった時、失脚したり追放されたりする人はいる?」
「どうかな……。でも立場が悪くなることは確かだと思う」
これが機密であったなら、あちらもその内容を変更することが出来ただろう。
しかし個人の醜聞であれば、それを隠蔽することは難しい。
「ダイタンに戻ったら、侯爵に報告するか?」
「しないわ。だって個人的なことだもの」
「君が気付いたことを、その人は気付いたんだよね?」
「ええ、目が合ったから」
殺すつもりなら、街の中で殺したのではないだろうか。
街の中では殺せない、殺したらまずいというのは、秘密がばれる危険性があったということか。
このまま何もせず、ただ監視するだけということはあるだろうか。
だが、監視するにもダイタンに戻れば、侯爵などに呼ばれることはあるだろう。
そこにまで潜入して監視するというのは、現実的ではない。
つまり、この旅程において仕掛けてくる。
「カテリーナ、おそらく夜か、他の人の目のないところで、相手は仕掛けてくると思う。この街道だとどこが一番、人の目が少ないかな?」
仕掛ける側が選べるなら、それは攻撃側が優勢ということである。
しかしあえて有利そうな場所を演出すれば、それは防御側の優勢となる。
純粋に戦術的な思考で、アリウスは襲撃者を撃退することを決めた。
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