第31話 赤毛のハーフエルフ 3
レナはモトラ村出身の母親と、エルフの里出身の父親の間に生まれたハーフエルフである。
両者は冒険者として出会い、パーティーを組み、そして仲間に祝福されて結婚した。
レナを妊娠したのをきっかけに母親は冒険者を引退したが、父親は引き続き活動をする予定だった。
それまでに一度故郷に顔を出し、一応は両親に知らせておこうと思ったのが運の尽き。
この地方の領主の紛争に巻き込まれ、村を守るためにエルフの父は死ぬこととなった。
村を守るために死んだ男。それはエルフであったが、元から村出身であったその妻を、村全体がおざなりにすることはなかった。
母の両親が病で死に、母が流れてきた魔物を退治しようとして死んでも、村の姿勢としてはレナを保護しようとしてはいた。
元々母の父、つまり祖父は北から流れてきた人間で、村にとっては半分よそ者であったが、狩人として村には貢献していたし、母の兄弟はいたのだ。
また、レナが魔法使いとしての才能を発揮していたことも好材料であった。
亡くなった母は弓使いであり、狩人としての役割も果たしていたこともあって、レナは魔法の使い方を誰かから教わるということはなかった。
しかしこんな小さな村でも、ちょっとした魔法を使えるだけなら何人かはいるのだ。ささやかな着火や光明の魔法の働きを見て、レナは独自に魔法の訓練を始めた。
そしてそれは成功した。着火や光明の他に、微妙に便利な水創造、なんとか狩りに使える風刃、狩りでは使えないが戦闘用の火矢など、他にも数種類の魔法を使えるようになったのだ。
そこまでは良かった。
問題はレナの性根にあったとも言える。
魔法使いとして、若年ながら自分の食い扶持を稼ぐぐらいになったレナは、ちょっといい気になっていた。
そしてこの世界の村社会においても、飛び出す者は打たれるのが常である。
協調性に欠けるレナは、今回のオーク騒動において、村から生贄として差し出されることになってしまったのであった。
「バカだよなあ。あたいがいた方が、絶対に長い目で見たら役に立つのに」
レナはそう嘯いていたが、内心はかなり傷ついているだろうとは推察された。
しかしアリウスは慰めの言葉はかけず、違う部分に同意した。
「そうだな。ちゃんと鍛えれば、神と戦えるぐらいにはなりそうだ」
斜め方向の言葉をかけられ、レナは訝しげな顔をする。
「いや、さすがに神様とは無理っす」
「大丈夫だ。少なくとも下級の神なら、俺が半年も鍛えてやれば倒せるようになるよ。いや……体の成長を待ってからの方がいいから、やっぱり3年は必要かな」
そのあまりに具体的な数字に、レナはさらに訝しげな顔をする。
「兄ちゃん、あんた本気で言ってる?」
「本気と言うか、事実だな。ちなみにそいつも下級の神なら倒せる」
レオンを指差して言ったが、それにはレナも頷いた。
「うん、めっちゃ強そう」
「ちなみに俺の方が強いぞ」
その言葉に対して、レナは乾いた笑みを浮かべた。
実のところアリウスは、この少女のことを拾い物だと思っていた。
そしてその認識は、話を聞いてより強くそう感じた。
人を身内に入れるというのは、本人のみの意思によって決まるものではない。人間関係や地縁があれば、それに縛られることになる。
ネーベイア辺境伯家にいた頃、アルトリア国内で人材を探したが、なかなか引抜などは出来なかった。
アリウスの権限がなかったこともあるが、父を通しても色よい返事というのはなかなか貰えなかったものだ。
結局はハロルドの学院の伝手によって、平民を文官として登用したり、貴族家でも継承権のない人間を、穏便に雇用するという手段が多かった。
ネーベイア家はアーリアだった頃のアリウスの知識による産業育成で、かなりの商業的な利益を上げていた。
だから新規に人を雇うことも出来たし、難民に開墾をさせるという政策も取れた。
金銭的な力を背景にし、食料の増産にも力を入れたのだ。この両輪が上手く回れば、当然ながら国力は増す。
辺境伯家はその権限において、王国の中でも独立した領主に近い傾向にある。
王都の裏組織である八つ手の人間を匿うのにも、独立した司法権を持つ辺境伯家ならばでのことだ。
このレナという少女の場合は、それとはかなり異なる。必要としているのは辺境伯家ではなくアリウス自身だ。
元々の魔力が人並みはずれたものであるというのは、アリウスにはすぐに分かった。
そしてその割には、使っている魔法はお粗末なものだった。しかし話を聞けば、ほとんど独学で魔法を使えるようになったらしい。
ちゃんと体系立てて教えれば、かなりの魔法使いになることが期待される。もっとも性格の方には少し注意する必要があるかもしれないが。
「そういや兄ちゃん、改めて助けてくれてありがとう。そんで助けたついでと言っちゃなんだけど、村までついてってくれないかな?」
ようやく感謝の言葉を口にしたレナだが、そのついでというのが厚かましかった。
「冒険者だよな? 報酬と言ってはなんだけど、あたいの仕留めたオークを好きにしてくれて構わないからさ」
「オークの睾丸か」
「それ以外でも、なんなら肉を村に持っていって、野菜とかと交換してもいいと思うけど」
こちらにも利益があるように思わせるが、実のところは自分の意図を達成するためのものだ。
なかなかに強かだといってもいいかもしれない。
もっともアリウスも特に嫌だというわけではない。
「レオン、馬車の御者は出来るか?」
「ああ」
いつの間にか食事を終えていたレオンは、ぴくりとも動かないまま答えた。
「俺はこの子と一緒に、森の中のオークを回収していく。馬車をこの先の、小道を右に折れた先へ持ってきてくれ」
村の位置を知っていないと言えない指示であったが、レオンは返事もせずに小さく頷いた。
レナはアリウスが村の位置を知っていることを、不思議には思わなかった。
冒険者ならそういうことも知っているだろうと、ごく自然なこととして受け止めた。
そしてアリウスはレナを連れて、もう一度森の中に入った。
「レナは普段、どういうことをしているんだい?」
「狩り。鳥を落として、村の皆に分けてた。代わりにあたいは麦とか貰って、布とか貰ってた本当はもっと大物も狩れるんだけど、運ぶ手段がなかったからさ。あ、でも村人総出でやっつけた大猪の魔物なんかは、あたいの魔法でとどめさしたよ」
「村の一員としてちゃんと働いてたわけか。偉いな」
「親がいないと、人生はーどもーどだよ」
うん?
何か変なことを聞いたような気がする。だが聞きたいことは他にも色々あったので、アリウスはその違和感を脇に置いた。
「魔法はどうやって使ってるんだ?」
「あ~、なんというかタンデン…臍下からキ……えねるぎー……魔力を持って来るような感じで」
今度はアリウスもさすがに止めた。
「待て。『ハードモード、丹田、エネルギー』なんでこのあたりの言葉を知ってる?」
「へ?」
ぽかんとしたレナは、理解の色を顔に浮かべると、決定的な言葉を発した。
「え? テンセイシャ?」
「日本人か……」
アリウスも久しぶりに驚いた。
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