第54話 復讐者 3

 前に出たヴァリスはレオンの満足いく速度で進み、アリウスから指示を受けて、三度戦闘を行った。

 一度は二匹の魔物が同時に現れた。その時は盾を使って、危なげなく倒した。

「すごいな。その年齢でそこまで使える人間は見たことがない」

「……お前、鏡を見ろよ」

「あ、俺はちょっと特殊なんだ。そのうち必要があれば話すかもしれない」


 そんな会話があった後、先頭を持ち回りで務め、62階層に降りた。

「ちょっといいか」

 レオンが先頭に立ち、それにアリウスが進路の指示を出していた。それを見てヴァリスは不思議に思ったのだ。

「何かな?」

「お前、地図を暗記してるのか?」

「いや?」

「なんで進路が分かる?」

「そういう魔法があるんだよ」

「聞いたことないぞ」

「そういえば誰かに教えたことはないな」

「お前が作ったのかよ!」

「そうかもね」


 ヴァリスは頭を抱えたくなったが、同時に他の感情も湧いてきた。

 こいつはおかしい。

 だが強い。

 自分の期待していた強さだと。


 ちなみに迷宮は、その構造をある程度の期間で変化させる場合が多い。

 だから地図の需要はなくならない。地図作り専門の探索者もいるぐらいだ。


 さらにちなみに、階段の場所は変わらないので、壁を破壊して一直線に行くことも出来る。

 だがそれをやると迷宮の神が怒る。アリウスは一度それを試してみて、割に合わないなと思って以後はやっていない。

 だが出来ないわけではない。




 お互いの力の検証は終わった。

 アリウスの方はヴァリスを加えることに賛成している。レオンとレナも問題はない。

「よろしく。歓迎するわ」

 珍しく愛想よく、ティアが手を差し出した。接吻せよというわけでなく、握手である。

 子供や老人以外の男に、ティアが手を差し出すことはなかった。

「ああ、よろしく」

 ヴァリスもティアの手を握った。手袋ごしにも、柔らかい手だと思った。


 ヴァリスは今所属しているパーティーの件を、どう切り出そうかと考えていた。

 食事の時にでも話そうと思っていたのだが、その前に看過出来ない光景を目にした。

「おい! お前の魔法の袋、どうなってんだ!?」

 魔物の素材や魔石は、基本全てアリウスが保管している。

 しかし容量が異常だ。これはオットーも気付いていたのだが、他の部分におかしいことが多すぎるので、今まで言及していなかった。

 老人は新しいことに無関心になる傾向がある。


「魔法の袋じゃなくて、魔法なんだ」

「空間魔法だと!? その容量で空間魔法なのか!? お前いったい何者――いや、それはなしだな」

 ヴァリスも若いとは言え、既にベテランにも一目置かれている冒険者だ。同じ冒険者の手の内など、探っていいものではない。

 それに今尋ねたのは、アリウス個人に関することだ。能力をパーティーに伝えておくのはある程度当然のことだが、オットーも知らされていないことを、自分が知るのはまずい。

 もし知られてまずいことを知ってしまったら、消される。この三人相手には、レナを人質に取るぐらいしか逃げる方法は思いつかない。

「俺の出身はネーベイア辺境伯領だ。あそこの領地は色々と研究が進んでいるからな。これもその一環だよ」

 だが割とあっさり教えてくれた。核心に迫るものではないが。


 そして昼食休憩になって、ようやくヴァリスはそのことについて話すことになった。

「俺は今『黎明の戦士団』というクランに入ってる。その中でも最先陣のパーティー『剣の魔王』で活動してるんだ」

「クラン員か」

「なんだそれは」

 アリウスは知っていたが、レオンは知らなかった。確かに冒険者の特に多い街にでも寄らないと、クランに関しては知らないだろう。

「クランというのは、簡単にいうとパーティーを複数集めたものだな。冒険者ギルドというのは一応国の組織だから、冒険者に色々と言ってくることがある」

「冒険者を縛ることは出来ないだろう」

「お前を基準に考えるなよ。冒険者でも家族や友人がいるやつは多い。それを人質に取られることを考えたら、ギルドの圧力に耐えられるものじゃない」

「それを防ぐために、クランというのを作るのか。考えたものだな」

「そうそう。下っ端冒険者が不当な扱いを受けたら、同じクランの上位パーティーが抗議して改めさせる。冒険者の多い街なら、おおよそはいくつかのクランがある。それに所属してない流れの冒険者もいるけどな」

「駆け出しにはありがたいだろうが……そうか、弟子を取るようなものか?」

「すごく大雑把な理解だけど、間違ってはいないかな。しかしクランに所属してるのか……」




 冒険者は自由だ。むしろ自由な人間こそを、本当の冒険者と言うのかもしれない。

 その意味ではクランに属する者は、冒険者ではないのかもしれない。アリウスだって冒険者ではない。だがそんな本質論はどうでもいい。

「何か問題があるのか?」

「クランは冒険者を、本来は保護するはずのギルドから保護するために生まれた。だから当然、クランのために冒険者はある程度の義務を負うはずだね」

「そうだな。俺の所属しているクランは割と緩いが、犯罪行為をしないということと、利益を出すということについては厳しい」

「犯罪なんて冒険者でもしちゃダメじゃないの?」

 それまで黙っていたレナが尋ねたが、アリウスとヴァリスは同じように首を振った。

「クランの顔に泥を塗るということで、普通の殺され方はしない。もしくは普通よりも重い刑罰を受ける場合が多い。冒険者だったら利き腕を切られるとかかな」

「うちでもだいたいその通りだな」


 次にヴァリスは言った。

「それとうちのクランの場合は、抜けるのもちょっとな。金もかかるし」

「それは儂が口を利いてやってもいいが」

「金で済むならいくらでも用意出来るよ」

「いや、爺さんの口利きはありがたいし、金ならあるんだが……」

 そこでヴァリスは口ごもった。

「俺だって新人の頃は世話になった。何度も命を救われたし、クランのおかげで魔法具を貴族に取られそうになったのを防いだこともあった。そういう義理を金だけで済ませるのはな」

「くだらん」

 レオンが切って捨てた。


 ヴァリスの闘気が膨れ上がり、レオンの闘気がそれをさらに上回って膨れ上がった。

「言い訳ばかりして、結局お前はどうするんだ? しがらみを増やすぐらいなら、こいつを外して今のままで踏破した方がいい」

 そのレオンの感情は、アリウスも初めて見るものだった。

 レオンは怒っている。

 その理由も理屈も、アリウスには理解出来る。

 アリウスは自分が冒険者であることは便宜的なものだと考えていて、レオンは生粋の冒険者だと考えていた。

 そしてそのレオンの中の冒険者像は、ヴァリスの言葉に強く反発したのだ。


 ヴァリスが立ち上がった。自分の怒りを、レオンに抑え込まれたことによる怒りが、彼を立たせた。

 レオンは座っている。だが重心が移動して、一閃でヴァリスを斬ることが出来る体勢になる。

 レナが顔色を青くして、オットーも緊張で真顔になり、ティアは楽しそうに笑っている。


 パァン


 ヴァリスの後頭部を、アリウスのハリセンが襲った。

「え……」

「食べ物を粗末にするな!」

 立ち上がったヴァリスがこぼしたスープを指差し、アリウスは叫んだ。

「あ、ああ、すまない」

 仲裁されたのではなく、一方的に叱られた。だがそれがかえって、ヴァリスの頭を冷やしていた。


 そしてアリウスはレオンに向き直った。

「こいつは俺がパーティーに入れると決めた。覚悟が足りないと思うのかもしれないが、お前が俺のパーティーから抜けるほど許せないものか?」

 レオンは深く座った。そこにはもう殺気の欠片もなかった。

「いや、俺の八つ当たりだった」

「ならば良し!」


 冗談のような芸であったが、傍から見ていたオットーには、アリウスがヴァリスの背後に、突然現れるのが見えた。

 それは催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものでは断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を見せられた気分だった。

 つまり転移だ。

 そんな魔法を詠唱もなく使うというのは、人間には不可能なはずなのだが。

 ティアは平然としていたが、レナはぽかんと口を開いて呟いた。

「あ…ありのまま今、起こった事を話すぜ……アリウスは飯を食べていると思ったら、どこからともなく取り出したハリセンで、ヴァリスの後頭部を殴っていた。何を言っているのか分からないと思うが、あたいも何を言っているのかわからない。頭がフットーしそうだよ。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を見せ付けられたぜ」

「お前記憶力いいな」

「ゼンセはコッコーリツだったし」


 頭の悪そうなやり取りの後、食事が終わるまで誰かが喋ることはなかった。




 食事を終え、まったりとした食後休みの間に、ようやくヴァリスがまた話しだした。

「クランの中での剣の魔王は、最前線の攻略が役目だ。当然俺も戦力として期待されてるから、簡単に抜けるわけにはいかない。実際は攻略よりも、稼ぎがメインになっているんだが、それでもこの街の現役最深層到達パーティーであることは変わらないからな」

 パーティーメンバーが抜けるということは、単に人数が一人減るのとは違う。

 熟練のパーティーは、それぞれが己の役割を果たすことによって成り立っている。一人が抜けただけで、その力が半減することも珍しくない。

 ヴァリスの場合は速度を活かした牽制、もしくは先手を取った火力だ。地味にも派手にも動ける、確かに連携には必要な役割だ。

「最強のパーティーがいるということが、クランの強みになっているということかな」

「まあそんな感じかな。だからあんた達の攻略に、ずっと付き合えるわけじゃないと思う」

「クランをやめるという選択は?」

「あんたが100層を絶対に攻略してくれるなら、俺は抜けてくる」


 覚悟を決めたヴァリスに対して、アリウスは冷静な表情を保っていた。

「そんなのが通用するのかい?」

「どうかな? 難しいだろうが、俺にとって大事なのは、100層の階層主の持ってる魔剣だ。それさえ手に入れば、冒険者を引退してもいい」

 そこまでの決意か、とアリウスは思った。

 そして考える。この復讐者は復讐の後のことを考えていない。

 人生は続くのだ。魔王を倒しても勇者の人生は続き、死んだら転生して新たな人生を歩むことになったりもする。


 アリウスの見るところ、ヴァリスは根っからの冒険者という気質ではない。

 この運命に対する復讐者を動かすのは、動機だ。それが才能を開花させ、努力の源となっている。

 おそらく目的を達した時、ヴァリスが冒険者をやめてもいいというのは本当だろう。

 気が抜けた冒険者は、すぐ死ぬ。おそらく引退するというのは妥当な選択だろう。


 そこまで考えて、アリウスは提案した。

 その提案はオットーとヴァリスを驚かせるものであり、詳細を修正した上で、受け入れられることとなった。 

 受け入れた理由は、今回の探索で90層に達したからであった。

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