第2話 英雄の誕生 2

 ガラハド軍野営地。

 その中心部の天幕で、ゴルゴーンは広げられた展開図をじっと眺めていた。

 先ほどまで活発に議論を行っていた幕僚は、彼の結論を待っている。


 ガラハドの誇る不敗の名称ゴルゴーン。しかし彼は自分のことを、不敗だとも名将だとも思っていなかった。

 事実小隊長として参加した戦闘では何度も敗北しているし、最高指揮官として軍を率いた場合も、戦略目的を達成できず撤退したことは何度かある。

 篭城戦で敗北したことはないし、攻城戦は自分の責任下においては全勝しているが、それは天才の閃きによる勝利と言うより、常識を積み重ねた必然の結果に過ぎない。

 勝って当たり前の戦闘で、確実に勝つ。自分は良将かもしれないが、名将と思ったことは一度もない。


 彼がこの遠征における不安点は、いくつかある。

 まずネーベイア辺境伯領の地形に対して、充分とは思える情報が集まっていない。数度の侵攻はしたことはあるが、ここらの精密な地図は作成されていないし、決定的な勝利を得たこともない。

 会戦はどちらかというと苦手であるとさえ思っている。数を揃え、兵を鍛錬し、装備を整えて、補給を確保した今回は、どうにか安心出来るというレベルだ。

 何より敵の意図が分からない。

 自分が敵軍の司令官なら、まず斥候部隊を急進させて、この規模の軍の存在を確認しただろう。そして採る作戦は遅滞戦闘と篭城だ。

 会戦の距離にまで接近したのは、何らかの意図がある。相手の司令官が無謀な無思慮者であると仮定するのは危険である。


 そうやって考え込む彼に対して発言する者がいる。

「閣下、よろしいでしょうか」

 先ほどの議論には参加していなかった、兵站管理官のウェルズであった。

 無言で頷いたゴルゴーンに対して、ウェルズは端的に意見を述べた。

「念のためですが、右翼の警戒を厚めにしておくべきかと。迂回はともかく、魔物の被害が出るかもしれません」

 それを聞いたゴルゴーンは右翼の将に対して、軽く頷いた。

「それと、方法は思いつきませんが、もし我が軍を撤退させるとしたら、兵糧への攻撃しか手段はありません。少し余裕をもって、私が指揮したいと思いますが」

「良い意見だ」


 ウェルズは商人の息子である。父の死後に商売を維持できず、軍人になったと聞いている。

 戦闘技術はお世辞にも満足なものとは言えないが、ゴルゴーンは彼のことを、商人出身としての観点から評価している。

 実際の戦闘を行う以前の問題である兵站を、彼は重視している。そして篭城戦や攻城戦など、必要な物資やその流通にも精通している。

 あまり目立つ男ではないが、実は相当に頭は切れる。

 彼の意見は際立ったものではないが、それまでの議論では言及されていなかった部分を的確に突いていた。

「三軍の第一大隊をつける。直接指揮せよ」

 敬礼したウェルズはその後、また無言を貫いた。


 ガラハドの名将ゴルゴーン。

 後にその名を高めるウェルズ。

 この二人の、お互いに良い影響を与え合う関係は、この戦闘が最後のものとなる。




 夜半が過ぎ、オイゲンは仮眠から目覚めた。

 戦陣に慣れたとは言えない若い彼であるが、その鋭敏な戦士としての資質が、迫る脅威を感知していた。

 従士を持つ騎士とは違い、従者も連れていない騎兵の彼は、命じて様子を見させることはない。

 自らの判断で天幕から出たオイゲンは、そこに主君の息女である、名目上の指揮官の背中を見た。


 オイゲンの視線を背中で感じ、振り向きもせずにアーリアは言った。

「オイゲン、部下を起こせ。魔境が溢れるぞ」

 そう言ったアーリアの表情を見なかったオイゲンは幸いであった。

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