第84話 ガラハド侵攻 1
ガラハド王国の状態は良くない。つまり攻める側にとっては好都合ということだ。
奪取した国境の砦を改造しながら、アーリアは様々な書類を決裁していた。
砦からロッシ派諸侯の軍が発し、三日が経過していた。
ロッシ軍は橋頭堡として、近隣の村や街の中で、最低限の行政機能を持つところを占領した。
そこまでの占領政策は上手くいっている。補給が機能しているため、略奪を行っていないからだ。また今のところ、統率が取れているため無体な振る舞いもない。
意外だな、とアーリアは思った。
この世界の文明は、おおよそ近世以前のものである。
近代以降に至っても、人類は占領地での虐殺などを行っている。アーリアの記憶する限りでは、前世以前に彼女が行った占領以外に、実際にそれに成功したのは自衛隊ぐらいだ。もちろん歴史の上では、それに成功したと自称する軍は多いが。
ああ、あれは軍隊ではなかったか、と思い出すも、記憶はすぐに曖昧になる。
まあ上の意思としては、占領統治に力を割きたくないため、余裕がある間は行儀よくさせておくのだろう。
しかし遠征軍というのは通常、旅の恥は掻き捨てとばかりに、蛮行を働くのが常である。
ネーベイアのように圧倒的な軍規の恐怖で縛らない限り、いずれはその問題が出てくる。
とりあえずまだ、そこには至らない。血を見ていない兵士は、まだ蛮行への抵抗をなくしていない。
だが時間の問題だ。そもそもロッシ家の戦略では、ガラハドの併合統治には無理がある。
ペンを置いたアーリアは、うんと背筋を伸ばした。
「先に北を片付けるべきか?」
まず国内を統一するという戦略に変わりはない。だが北の山脈の向こうにある小国家群は、全てを合わせてもネーベイア領の軍に及ばない。
それは兵数だけではなく、統制が取れていないことによる。
北の小国家は、それほど大きな国は存在しない。だが数だけは多い。
大規模な戦争はないが、ほとんど一年中、どこかで戦争は行われている。その主力となるのは傭兵だ。
傭兵というのは、つまり盗賊である。
戦争時には雇われるが、敗北が決定したらすぐに逃げ出し、略奪に関しては最も迅速に行う。
まともな傭兵団というのもいるのだが、そういうところはほとんどが恒常的に契約をしている。契約を一方的に破棄するところもあるが、それはそもそもまともではない。
(う~ん、占領後の統治を考えると、やっぱりガラハドが先か?)
ガラハドはほどよく中央集権が進んでいるので、王都の占領がそのまま王手となる。
ネーベイアで成功した農作物増産をアルトリア国中に広めて、どれだけの戦力を抽出出来るかで、その戦略構想は変化する。
アーリアはそのあたりの戦略は、自分で考えるしかないと思っている。
父や上の兄二人は、せいぜいが戦術までの視点しか持っていない。下の兄は逆に、政略に関する見識しかない。
ネーベイアは人材不足だ。
それも特定の分野に関して、不足している。
というかそんな人材が、この世界にいるのかどうかも分からないのだが。
アーリアの改革は先進過ぎて、正しく効果的に運用できる人間が、アーリア本人しかいない。
兄のハロルドはかろうじて内政分野を理解しているようだが、技術的な面までは至らない。
やはりアーリアの設立した教育機関から、若い力が育つのを待つしかないのだろう。
そんなこんなでアーリアは、砦の改造をしながらも、ネーベイア領の情報や、王国西方までの情報を集めていた。
はっきり言って一人がこなす仕事量ではない。これでもハロルドが砦の西の開拓計画を受け持ってくれているので、少しは楽が出来ているのだが。
砦からすぐにある村などは、ネーベイアの担当である。
こちらは主に上の兄二人が、少数の部下を連れて慰撫に回っている。二人は猪突猛進だが残虐ではないので、報告書によると良好な関係を築いているようだ。
領土を増やすというのは、つまるところ人心の掌握にある。
さらに極端に言えば、前よりも税を下げればいいのだ。
占領政策が上手くいかないのは、その過程において略奪があったり、民への暴行がある。
それでも武装の不十分な民衆が、決起することは多くない。ほとんどが元の領主などの血筋などから促され、民兵となって対抗する。
つまるところはゲリラだ。これを防ぐには前支配者よりも優れた統治を行うか、さもなければ皆殺しにするのが効果的だ。
虐殺などの恐怖による統治。またはさらに上の根切りというのも、アーリアは場合によっては効果的だと考える。
種族的にどうしても価値観が共有できない。またお互いを尊重出来ない。そんな場合は大人を皆殺しにして、残った子供だけに洗脳教育を施せばいいのだ。
100年以上の戦争、そしてお互いに対する憎悪の歴史。それを断ち切るために、あえて汚名を被ろうとも、臣下に諌められようとも断行する。
そういった行動力が、必要な場合もあるのだ。
もちろんアーリアの好みではないが。
支配者は支配する立場になった場合、自分の好みよりも最終的な成果を考慮して、選択せざるをえない場合がある。
下手な情けをかけて百年の禍根を残すより、虐殺者と呼ばれようとも最適な選択をえらばなければいけない。
幸いにもガラハドに対しては、そこまでをする必要はなさそうだが。
専門の諜報員を使うでもなく、商人や冒険者のネットワークを使うだけでも、ガラハドの様相は分かる。
ほどほどにクズ、だということだ。内乱をしてないだけ、現在のアルトリアよりはマシである。
だがそれもゴルゴーン将軍と共に、軍の主流派が消滅したことでどうなるか分からない。
軍が政治的に中立を保っていることが、国内の政治的均衡を保っていた。だが今はもうそれもない。
「失敗だったかな」
後から見れば、失策であったということはよく分かる。歴史を紡ぐ者として、どうしてあの判断をしたのかと。
反省はするが、後悔はしない。経験の蓄積は、いずれ活かせばいいのだ。
ガラハドは現在の状況なら、内乱に陥って国力を低下させる可能性は高い。
いつの時代にも内乱以上に国家の力を低下させるものはない。
しかしながらガラハドの精鋭と将校が壊滅し、さらに北と東から攻撃を受けているのも確かだ。
単純に機会と言えば機会と言える。
それでもやはり、動員戦力が少ないとは思ったが。
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