第15話 邪神の迷宮 2

 騎士に指揮された兵たちが、連携して魔物に対処している。

 討ち洩らした魔物を倒す中には、冒険者の姿が混ざっている。

 こういう場合には冒険者は逃げ出すのが普通だと聞いているが、しがらみがあって逃げられない者もいるのだろう。あるいは侠気によるものか。

 冒険者は自由で気ままなものだが、同時に誇り高く命知らずであることも多い。


 兵と冒険者は、上手く役割を分担しているように思える。

 しかしどちらでも対処できない魔物もいる。

 純粋に個の力でも、集団の力でも太刀打ちできない、圧倒的な強者だ。

 小屋ほどもある大きさの角虎が、入り口の近くで冒険者はおろか、下位の魔物までも屠っている。

「討伐推奨レベル6か7ってとこかな」

 このあたりのレベルになると、数をいくら集めても意味のない強さになる。

 もし集団で討伐するなら、それこそ一山いくらで波状攻撃をかけて、魔物が疲れきるまで攻め続けるしかない。

 戦死者は100名を超えるだろう。


 兵士達も長槍を持って距離を保つのが精一杯だ。

 そんな兵士達の頭を跳び越えて、アリウスは角虎の前に立った。

(そういや鎧装備してないな)

 武器はともかく鎧を一瞬で装備するのは、戦闘中は難しい。

 最近こういった事態がなかったため、順番を間違えていた。それこそ移動中にでも装備すれば良かったのだ。


 だが関係ない。


 魔剣を手に、アリウスは角虎へと歩み寄る。角虎の動きが止まる。

 他の個体とは違う行動を取るアリウスに、角虎の注意が引かれている。

 武器を手にして自分に向かってくる、明確な敵対者。

 迷宮の中でも上位の個体である角虎にとっては、そんなものほとんど見かけないはずだ。


 確かこの迷宮は全部で30層。その中で中間に二種類の主と、最深部に迷宮の主が配備されているはずだった。

 それらの固定された個体を除けば、おそらくこの角虎は、かなり上位の部類に入る魔物だろう。少なくとも浅い部分に出るものではない。

 この迷宮の探索者なら、対抗出来る者はいるはずだ。本来なら。

 街の他の場所に行ってしまっているか、一時的に街から離れているのか。

 それとも他に強力な個体がいて、それと戦って死んでしまったか。

 あるいは既に迷宮の中に突入したのかもしれない。


 だが考えるのはそこまでだった。アリウスが一歩踏み込んだ瞬間、角虎は距離を縮めてきた。

 そしてそれはアリウスの予想通りだった。

 わずかに身を横にし、そして下に構えた剣を上に振りぬく。

 その一撃で、角虎の喉は深く切り裂かれていた。


 流れる血と共に、角虎の命も流れ落ちる。

 わずかに足を引きずって、角虎はその場に崩れ落ちた。

 周囲から歓声が上がるのを背に聞き、アリウスは迷宮の中に飛び込んでいった。




 キャトフの迷宮は、この世界ではよくあるタイプの迷宮だ。

 一層ごとに魔法で分断されている。階段を降りれば地上の様子を探知することは妨害される。外からの中のことは分からない。

 無理をすればその防壁を突破も出来るが、今ここでそれをする必要はないだろう。

 探知能力はこの階層だけにしか働かず、だがそれでも充分すぎる。


 魔物に溢れた第一階層を、アリウスはほとんど魔剣を振り回しながら進んだ。幸いにもこの迷宮は初心者にも優しく、光源が天井にある。

 周囲に展開される魔法は、その発生から瞬時に作動し、魔物を削っていく。

 雑魚は自動に任せておいて、アリウスは少しでもそれを防いだ個体を、魔剣を振るって倒していった。


 迷宮の魔物の中には、死んだ瞬間に宝箱となるものがある。

 その中には迷宮の管理者である神が、何らかの宝物を入れている。

 どこかゲーム的であるが、神の権能の実現であるのだ。

 アリウスは宝箱だけは拾って亜空間に入れながら、魔物の死骸は放って先へ進む。

 魔物から得る物は宝箱を除けば、その肉体を元とした素材、そして魔力を秘めた魔石である。

 しかし今は雑魚の素材や魔石には目もくれず、アリウスはただひたすらに迷宮を進んだ。


 その進撃が止まったのは、第10層。

 ここに迷宮の主の一種である、階層主がいる。

 ここまでが初心者向けの階層だとしたら、この階層主を倒すことが、初心者卒業の試練となる。

 しかし実際のところは、初心者卒業には厳しすぎる。おそらくこの先にさらに進んでいく可能性のある者だけが、この階層主に挑むことになる。


「蜘蛛熊か。推奨レベルは7といったところかな?」

 細い足で巨体を支える、胴体部分は熊の魔物。

 気をつけるのはその怪力と、口から吐く糸だ。


 間合いに注意をしつつ、アリウスは蜘蛛熊と向かい合う。

 蜘蛛熊はそんな気遣いもせず、しゃかしゃかと足を動かしてアリウスとの距離を詰める。

 魔境にも蜘蛛熊はいたが、ここまで攻撃的なのは迷宮ならではのことだろう。

 糸を吐くことはなく、その体重で圧殺しようとしてくる。


 それに対してアリウスは後退することも回避することもなく、身を屈めて前に出た。

 魔力の足場を作って、床すれすれを跳躍する。レオンの走り方を見て思いついたものだ。

「”轟け”」

 床と蜘蛛熊のわずかな隙間を、アリウスは通り過ぎる。

 それと同時に魔剣の力を発動させ、蜘蛛熊の胸から腹までを、一直線に切り裂いた。


 床を転がって膝立ちで体勢を戻す。

 蜘蛛熊は内臓をぶちまけて、ぴくぴくと震えながらもまだ死んでいない。

 この階層主は蜘蛛熊の中でも、かなりの上位個体なのだろう。

 だがアリウスの魔剣の力なら、まだ一撃で対応出来る程度だ。

 さすが真祖の古城に眠っていた伝説級の武器である。




「さて、とりあえずは一段落かな」

 ここに来るまでにもかなりの数の魔物を減らしてきたし、戦っている冒険者を多く見てきた。

 効率を考えずにとにかく速度を第一と考えたため、かなり継戦能力は落ちている。

 階層主を倒したことによって、迷宮の力はまた階層主を創造するのに注がれるだろう。

 迷宮で魔物が大量に発生する事態は、これで収まったはずだ。


 敷物を取り出して床に座り、アリウスは亜空間から食事を取り出した。

 保存食だが一般のそれより、アリウスの物は保存性に劣るが味は良い。

 亜空間の中を調整することによって、食料が傷みにくい状態にしてあるからだ。

 水分を補給して、ひとまず緊張していた精神を緩ませ、アリウスは立ち上がった。


 蜘蛛熊の解体にかかる。さすがにこのレベルの魔物であれば、素材としても一級品だ。

 頑丈なはずの毛皮は、死んだ時点でかなり防御力は落ちている。しかし革鎧としてみれば、魔力を付与すればまたその強度を取り戻すだろう。

 そうでなくても毛皮は高い。腹の部分からはがしていって、内臓塗れの部分を作り出した水で洗浄する。


 肉はほとんどが食べられるし、腱なども有用だ。骨でさえそれなりの防具に加工出来るし薬にもなる。

 内臓もおおよそは売り物になる。熊系の魔物は特に肝臓が薬となる。あとは蜘蛛熊特有の糸袋だ。

 これらを解体して収納するのには、戦闘よりもよほど手間がかかった。しかし売ればちょっとした財産になる。

 最後には残った魔石だ。魔物に特有のこの素材から、アリウスは魔力を吸収した。これを持っていないため、ゴブリンやオークは魔物と亜人の中間種として見られるのだ。

 さすがに移動から魔法の多重発動で、魔力が減っていた。


 それらを終えてまた敷物に腰を下ろし、ごろんと寝転がる。

 探知の魔法を発動させたまま、しばしの仮眠を取ることになった。

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