憧れの先輩




「え……っと……」


 どうしよう……もう金無いから断る選択肢しか思い付かない……。

 どう言おう……どう回避しよう……。


 あ、そうだ!

 可愛く言ってみよう!



【イメージ】

『実は俺も金欠なんですよ♪ キャハ★』



 予想以上に気持ち悪かった……。


 しかもこの手の場合、そんな言い方したら奪われた『★』の尖ってる部分で頭部を刺されることは間違いない。


 だからといって強気に言えばボコボコにされる……。

 嘘吐いて買ってきますとも言えない……。


 いや、待てよ……。

 もしかしたら先ほどのデブ先輩たちと同様、正直に言えば泣きながらお金をくれて『パシリ』が『おつかい』に変わるんじゃ……!?


 実績もある訳だし、試してみる価値はありそうだ……。


「すみません。自分も金欠なんです……!」


 オドオドしながらも財布の中身を見せ、正直に話す。


「…………へぇ」


 すると西先輩が目を細め、肩に置いていた手を退けてくれた。

 お、もしかしたらイケるか―。



「ふざけんじゃねぇぞ! 嘗めてっと殺すぞ!?」



 希望は絶望に変わりました。

 胸倉を勢いよく掴まれ、怒号を浴びせられた衝撃で先輩と自分に買ったパンを落としてしまった。

 あ、終わった……。



 …………。



 ちょ、出てくんな!

 今ここで問題起こされたら俺の描いていた平穏な学園生活が真っ白になる!



 …………ッ!



 大丈夫だ。

 今から『やっぱ買ってきます』って言えば許しはしてもらえる!


 金はどうするのかって?

 そりゃあ……クラスメイト全員に土下座して金借りて来るよ……。

 痛いのは嫌だし、問題を起こして処分を受けるのはもっと嫌だ……。

 だから俺はプライドを捨ててA組・B組回って土下座して借金してくるよ……。



「おい、なにをしている!」



 土下座しながら何て言おうかと台詞を考えていると、俺たちに向けて女声が飛んできた。


「あ、新田先輩……」


 視界に入ってきたのは、紛れもなく新田先輩だった。

 腕章を着けているし、ファイルも持っているから恐らく昼休みの巡回中だったんだろう。


「おぅおぅ、誰かと思えば風紀委員の委員長ちゃんじゃねぇか~……!」


 西先輩も注目したかと思いきや、妙に馴れ馴れしく『ちゃん』付けまでして揶揄するように発言した。


「お勤めご苦労様~!」


 また西先輩の揶揄が口にされると、後方の不良メンバーたちがゲラゲラ笑いだした。

 それでもなお、新田先輩は堂々とした態度を取っていた。


「そんな労いはどうでもいい。貴様、今なにをしているんだ?」


「あ? なにってただ〝おつかい〟を頼んでるだけだよ。つうかよ~、先輩に向かって『貴様』はねぇんじゃねぇのかな~?」


「敬ってないから『貴様』呼ばわりしているんだ。文句があるのか?」



「…………調子乗ってっと今度は反対の目ぇ殴るぞ?」



 西先輩の雰囲気が変わり、ガチギレモードが窺える。


「そっか、やれるもんならやってみろ」


 だけど新田先輩も負けじと腕組をしながら強気に発言する。


「…………チッ」


 そして舌打ちが聞こえた。

 マズい、このままじゃ先輩が……ッ!?


「はっはっは、冗談冗談だよ~」


 と思っていたが、意外にも上機嫌に高笑いしだした。

 捕まれた胸倉が解放されたが、バランスを崩して尻もちを付いてしまう。


「悪かったって。ちょっとふざけてただけだから、そう目くじら立てんなよ委員長さん!」


「そうか。ならとっとと教室に戻るんだな」


「あいよ、委員長さんのご指示とあらば素直に受けます。僕ちゃんたち良い子ちゃんでしゅから~!」


 後方のメンバーたちの笑い声がまた鳴り響いてきた。


 スンゲ~腹立ってきた……。



 …………。



 いや、出てこなくて良い。

 引っ込んでてくれ。



 そして西先輩率いる不良軍団が立ち去り、廊下は俺と新田先輩の二人っきりになった。


「あ、ありがとうございます……!」


 まずはお礼を口にする、常識だ。


「いや、良いんだ。それよりも、ケガは無かったか?」


「はい……大丈夫です……」


 これは夢か幻か……?

 今俺は……こんなに近くで新田先輩と会話している……。


「そっか、それなら良かった!」


 しかも俺の心配を第一に考えてくれている。

 ますます惚れた……!


「ん、どうした? 私の顔になにか付いているのか?」


「え、あ、いや……!」


 つい見惚れてしまった。

 言葉が上手く出てこない……。

 あ、それよりも散らかったパンの回収をしないと。


「手伝うぞ」


「え、あの……ありがとうございます……」


「気にするな、これも仕事の一環だ。ほら」


 新田先輩からフランスパンを受け取ったあとで、同時に立ち上がる。


「それじゃあ、気を付けて帰るように。もしなにかあったら、遠慮なく風紀委員に相談しに来てくれ!」


「はい……本当に、ありがとうございました!」


「ははは、さっきからお礼を言ってばかりだな。気に入った、名前はなんて言うんだ?」


「えっと……白石です……」


「下の名前は?」


「白瀬です……」


「白石白瀬か……。よし、覚えておこう」


 幻聴か何かか……?

 あの新田先輩に名前を覚えてもらえたぞ……。


「じゃ、白石くん。キミも早く教室に戻ったほうが良いぞ。昼食の時間が無くなってしまうからな」


「は、はい……。ありがとうございます!」


「ははは、またお礼を言って。本当に面白い子だな」


 その可愛い笑顔を見せながら、新田先輩は去っていった。


 はぁ……それにしても緊張した……。


 パシリを受けて且つ胸倉掴まれたときはもうダメかと思ったが、まさか愛しの新田先輩に助けてもらった挙句、名前まで覚えてもらえるなんて……。

 悪い事が起これば良い事も起こるもんなんだな……。


 おっと、俺もこうしてる場合じゃない!

 早くデブ先輩たちの元に行かないと。

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