卑猥な誤解
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「ふぅ、二階は終わったね」
「お疲れさん。あ、そこ画鋲一個足りてないぞ」
「え、あ、ホントだ。危ない危ない」
琴葉が手頃なサイズの画鋲ボックスから画鋲を一個取り出し、刺し込んでいく。
四隅に四つの画鋲、見事な掲示だ。
「ほんじゃあ最後は一階か」
「よし、レッツゴー!」
《なぁ、ホントに俺の力いらないのか? 画鋲で教室貫通させるとかさぁ……》
じゃあ今からコハ姉手伝いに行くか?
POPの束重たいって言ってたしお前には適した仕事じゃないか―。
《はいすみませんでした黙っておきます》
冗談だ。でもそれでオッケー。
黒瀬がうるさくなくなったところで、一階に到着。
掲示板には画鋲でのピン留め、壁面には両面テープで貼り出していく。
因みに三階での作業中、科学部に少しでも顔を出そうとしたが──。
【心折れたので休み】
と、手書きの貼り紙が扉前に貼られていた。
昨日黒瀬に発明品をメチャクチャにされたショックで、部活どころじゃないのだろう。
《破壊許可くれたのお前じゃね?》
そうですね。
明日適当に平謝りでもしておくか。
《明日は行ってくれるのか!? やったぜ!》
開いてたらな。
《開いてたなら絶対行ってくれるんだな?》
そのときの状況によって。
《乗っ取る!》
そうはさせん!
《中学の頃、歯医者の待合室で読んでた漫画雑誌に掲載されていた〝ちょっとエロかった内容〟のタイトル想い出してやるから》
………………………………………………………………。
《悪い話じゃないぜ……!》
………………………………………………………………〈イクスィーマイティ〉だろ?
《…………ッ!?》
……図星か。
《…………》
明日なにも無かったら行ってやるから。
《チクショウおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!》
黒瀬との勝負に勝った。
「はい、終わり!」
そして気付くと琴葉が掲示作業をすべて終わらせていた。
俺はフォークリフトの物真似でもしているかのように、両手で虚空を持ち上げていた。
「シロ、ボーっとし過ぎ。全部アタシがやっちゃったよ」
膨れっ面で一人労働を訴えてきた。
「わりぃわりぃ、サッカー部たちの練習光景が美し過ぎて……」
「あれ野球部だよ?」
「ごめん。適当に言った」
「へぇ、嘘吐いたんだ。じゃあ会長さんにシロがサボってたって言っちゃおっかな~?」
「全部持ってたんだからサボっては無いだろ?」
「チッチッチ、甘い甘い。持ってるだけじゃ仕事にならないんだよ? やっぱ貼る作業が一番大事。これは対価としてジュース一本貰っても良い労働よ?」
それが目的か。
「了~解。ただ金無いから、紙パックの安いヤツで良いよな?」
「うん!」
ジュースを購入してもらえると分かった瞬間、満面の笑みを浮かべてきた。
「ほんじゃあ自販機に──」
《女押し倒せ》
は? 急に何言って──。
《外》
黒瀬の発した単語を即理解し、外に目を向ける。
ヤバいッ!?
「わっ!?」
ヒュッ
ドンッ
琴葉を押し倒したと同時に、こちら目掛けて飛んできていた物体が壁にバウンドした。
偶然にも開けられていた窓から勢いよく侵入してきたのは、野球ボールだ。
俺が押し倒していなければ、琴葉の頭部側面に直撃していただろう。
「あっぶねぇ……!」
思わず声が漏れた。
黒瀬、お前気付いてなかったのか!?
《すまん。悔しさに浸ってたら反応遅れた》
お前なぁ……。
「…………」
おっと、そんな事より──。
「琴葉、大丈夫か?」
「う……うん……!」
見る限り、露出されている外部に傷は付いていない。
精々俺が倒したときに背面を強く打っただけだろう。
「あ、あの……」
「どうした? どっか痛むか!?」
「い、いや……その……」
するとこちらに向かって足音が聞こえてきた。
リズムが途切れないところを聞くに複数人、ボールを投げた野球部か?
夕日に隠れてハッキリと認識できないが、二人の人影が前から駆けて来ているのが見えた。
しかし服装はユニフォームじゃない、女子生徒の服だ。
そして見慣れた姿……。
「大丈夫です……か──」
影が晴れると、国見と南先輩だと分かった。
廊下に響き渡った琴葉の叫び声を聞いて、駆け付けてきたのだろう。
「あ、白石……くん」
南先輩が恥ずかしそうにこっちを見ていた。
そう……現在俺は女子を押し倒している。
これで窓ガラスが割れていたのなら理解してもらえるが、破片が無い今、橙色に染まった廊下で男子生徒が女子生徒を襲っている光景に捉えられるだろう。
「ちょ、ま──」
「変態……最低です……ッ!」
俺の弁明も聞いてくれず、国見は振り返って去って行ってしまった。
「…………」
「南先輩……」
救いを求めようと視線を変えると──。
「そ、そういう事は……人目の無いところでお願いします……ね?」
そして南先輩も早足に去って行った。
違う……違うんだ……。
俺はただ、琴葉を助けようとしただけで──。
「あの……シロ、アタシも……恥ずかしくなってきた……」
「ああ……ごめん……」
琴葉の上から退き、床にペタンと座り込む。
「あの……その……ありがとう」
「いいえ……どう致しまして……」
実際お礼の言葉は心に響いてない。
それよりも、誤解をされたことが何よりも悲しかった。
意識してないとはいえ、あのポーズは明らかな不純異性交遊だ。
しかも見られた相手が悪かった……。
南先輩ならともかく、そういうのを一切許さない国見に見られたのが最悪だ。
もう委員長に報告済みだろうか……。
一発アウトだろうか……。
退部させられているのだろうか……。
今日一日頑張ってまだ実力行使カウントがゼロなのに……。
「えっと……シロ、大丈夫?」
「心今どんより……」
「えぇっと、その……アタシ、ジュース買ってくるね?」
奢る側がまさかの奢られる側になってしまった。これも何だかカッコ悪い……。
すると、窓側から男の声が聞こえた。
「あ、すんませぇん。ケガ無いっすか? ケガ無かったら良かったっす。いずれプロになる俺のボールで死人とか出したくありませんしぃ。女と金と名誉欲しいしぃ。あとついでにそこのボール取ってもらえま──ぐおおおおおおおおおお!?」
気付くと瞬時に黒瀬と入れ替わっていた。
野球部員の顔を片手で掴み、軽々と持ち上げる。
黒瀬……太陽系までぶっ飛ばしてやれ……!
《良いの?》
もちッ!
《はぁい》
そして黒瀬が引っ込んでくれたとき、掴んでいた野球部員は上空に飛び、姿が見えなくなっていた。
感情に任せ、大いに叫ぶ。
「たぁまやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その日の夜、とある一人の学者が〝太陽に人影が映って燃え尽きた〟という不可思議な現象を見たらしい。
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