副生徒会長と書記は取り合いたい
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上がってきたタイミングと、三学年のHRが終わって全員帰宅するタイミングが一致し、地獄のような光景が広がったのは言うまでもない。
恐怖に脅えた三学年たちは、俺たちが上がってきた階段とは反対側から一目散に逃げ、廊下から三学年全員が消えるのに一分も掛からなかった。
まるでゾンビ映画のゾンビ側を体験している気分だった。
俺にとっては昨日今日で慣れた光景だが、他二人はというと──。
「…………」
「…………」
当然のように驚愕していた。
「なんで今、三年生の人たち……悲鳴上げて逃げてったの?」
「分からない……。いつもはこんなんじゃなかったのに……」
すると同じタイミングで二人が後方の俺に振り向いてきた。
やめて。そんな目で見ないで。
パパラッチから顔を隠す芸能人に似たポーズを取り、二人の視線をシャットダウンする。
「シロ……もしかして―」
「キミを見て、三年生たちは逃げたのかな……?」
二人の問いは聞きずらそうな口調だった。
「……はい、そうです」
最初は嘘で乗り切ろうと考えたが、現状を見られたのであれば吐ける嘘も吐けない。
ここは正直に返事しよう。
「い、いやぁ、さすが白瀬くん。三年生の不良を撃退しただけのことはあるね」
「そ、そうだよねそうだよね。そしたらあれだけ脅えるのも分かるな~!」
二人とも俺が傷付かないように言葉を選んでくれた。
嬉しさで涙が出そうだ。
「さ、さぁ。行こうか!」
「そうだねそうだね。早く行かなきゃ!」
動揺を隠そうと演技してくれているのが痛いほどに分かる。
それから進んでいくと、生徒会のルームプレートが見えてきた。
《…………ッ!》
黒瀬が黙り込む。
ということは二年組は既に到着してるって意味だな。
「失礼します」
「失礼しまーす!」
「失礼しまぁす……」
扉を開け、各々挨拶を口にしていく。
「こんにちは。三人とも、遅かったですね?」
「シーくん、待ってたよ~」
そして会長とコハ姉が出迎えてくれた。
「遅れてすみませんでした。少し三人で雑談をしていたら、盛り上がってしまって」
「そうでしたか。そういう事でしたら構いません」
船岡の弁解に会長は許しをくれた。
今後会長の機嫌が悪くなったら船岡に仲裁に入ってもらお。
「ところで先ほど、廊下から沢山の悲鳴が聞こえてきましたが……なにかあったのでしょうか?」
「そう言えば昼も聞こえてきましたよねぇ? シーくん、何か知ってる~?」
「なにも……」
「え~ホントにぃ?」
「副会長。僕らも一緒にいましたが、原因は不明なんです。悲鳴を聞きつけて三階に来たら、上級生たちは全員いなくなっていました」
「そうですよ会長さん。昼も悲鳴が聞こえてきたときシロはアタシと一緒でしたから」
二人が懸命に誤魔化してくれた。
交互に視線を合わせると、血走ったウインクを向けてきていた。怖かった。
もし三学年が〝白石白瀬を恐れている〟と知られれば、会長は俺を利用して三学年の生徒たちに無理難題を押し付けるかもしれない。
今は二人のサポートに有り難く乗っかっておこう。
「そうですか。それなら明日自分の目で確認するようにします」
「ウチも~」
明日から直接生徒会に来ないようにしよう。
強制召喚だったら時間をずらして行くしかない。
「で、今日の仕事はなんですか?」
「はい。広告の貼り出しをしていただきます」
俺に頼みたい事って言うから荷物運びかと思いきや、以前強制的にやらされた広報活動か。
「了解しました。因みに何枚ですか?」
「何枚と言うより、こちらの量になります」
そう言うと会長は段ボールを机上に乗せた。
「え、まさか……それ全部ですか?」
「はい。体育の先生から頼まれてしまいまして、二、三枚かと思いきや、想像を遥かに超した量でした」
会長も思わず困惑な表情を浮かべる。
中身を開け、どのような内容のポスターがあるのか全員で確認を取る。
『栄養バランスの取れる食事』『健康促進に繋がる運動』『家でも出来る軽めのストレッチ』等々、思春期や肥満を気にする人には打って付けの内容だった。
一つの題材で五部、一部三枚ずつの構成になっている。
しかも各一枚ずつラミネート加工されたPOPも用意されていた。
「これを……自分一人で……ですか?」
「まさか。今回はみなさんで分担して活動していきます」
良かったぁ……。黒瀬が委縮している今、この量を一人で運びながら貼り出すのはキツい。
「貼り出す場所は、校舎内と外の掲示板、他にも食堂や室内プールもお願いされました」
豪く気合入ってんな、体育教師。
「会長、分担はどうしましょうか?」
「そうですねぇ……。校舎内が二名、外も二名、食堂とプールは一名で行きましょう」
「二:二:一ですか。そしたら男子は校舎内と外で分けましょう」
船岡の提案は賛成だ。
室内プールは今女子水泳部が使用している訳だから、女子が担当したほうが怪しまれずに済む。
しかもそれぞれに男子がいれば、この重たそうなポスターを持っているだけでも充分役に立つ。
「でしたら、外はワタクシと船岡くんで担当しましょう」
会長が早速船岡を指名した。
となると……。
「じゃあ、ウチはシーくんと校舎内担当しま~す」
やっぱりなぁ……。
提案に賛成したものの、こうなることは粗方予想付いていた。
しかも二人きりになるから何を聞かれるかも分からない。
黒瀬、出て来て……!
《…………》
ダメだ。聴覚をシャットダウンしてやがる!
「岩沼先輩。勝手に決めないでください」
すると、琴葉が割って入ってきた。
「あらぁ、なにか不満~?」
少しだけ見えたコハ姉の瞳には光が灯っていなかった。
この二人の仲の悪さは中学の頃から間近で見てきているから、俺が一番よく知っている。
「不満大不満です。この配分を見てください。食堂とプール担当は明らかにラミネートされたPOPのみなので、通常の用紙よりも重いです」
「だからぁ?」
「アタシのこのか弱い細い腕を見てください。持ち上げただけで折れてしまいます」
キミの腕はストロー製かなにかかな?
「そんなこと言ったらぁ、ウチだってこんな重たいの、持ち上げられないよ~?」
嘘吐け、自重の五倍はあるもの平然と中学のとき俺に投げ付けてきた癖に。
はぁ……参った。この二人の口論はいつもこうだ。
どちらがか弱いか、主張の仕方が小学生レベルだ。
「じゃあ俺が食堂方面担当するから二人で校舎内を―」
「「それはダメっ!!」」
なぜそこだけ一致する……。
「ほ、ほらほら。今プールは女子たちが使ってる訳じゃん? シロが行ったら怪しまれるって!」
「食堂が終わったら交換で良いじゃんか。量も減ってるし、大丈夫だろ?」
「でもぉ、中で貼る量のも多いのよねぇ。ウチ持てないな~」
「アタシもアタシも~!」
アンタらエエ加減にせえよ……?
「じゃあさ──」
「「なにッ?」」
案を思い付いた船岡が口を開くと、二人の気迫に一瞬脅えてしまっていた。
「船岡、なにか良い案思い付いたのか?」
「じゃ、ジャンケンを……」
あ~……それはナイスアイデア。
「では、ジャンケンで勝敗を付けて、負けたほうが白石くんと校舎内で広報活動をしていただきます」
なんでそんな罰ゲーム風なの会長? 普通勝ったほうじゃない?
「…………」
「…………」
ジャンケンと聞いた瞬間、二人が拳を構え始めた。
足元からエネルギーでも放ってるのか、双方窓も開けてないのに髪が動いている。
不思議な事ってあるんですね。
「「ジャンケンぽんッ!」」
そして勝負は意外にも一回で終わった。
コハ姉がグー出し、琴葉はチョキを出した。
「……や、やったッ!」
ということは……。
「岩沼さんが食堂とプールを。白石くんと泉さんは校舎内をお願いします」
以上の結果となった。
「ヴンッ!」
床を叩く音と野太い声が同時に室内に響いた。
音の発信源に視線を向けると、コハ姉が勝敗の決まったグーで床を殴っていた。
床は明らかに型が付くほど減り込み、俺以外が青ざめる。
「ごめんなさぁい。虫がいたので~」
コハ姉が立ち上がると、見事に拳の跡が出来上がっていた。
「じゃあ、さっさと貼って来ちゃいま~す」
そして重いと主張していたPOPの束を片手で軽々持ち上げ、両面テープをもう片手に持って生徒会室から出て行った。
コハ姉がいなくなっても、室内は静かになったままだった。
「ほんじゃあ。俺たちも行くか?」
「え、あ……そ、そうだね……」
しばらく陥没した床を直視し、硬直していた琴葉の意識を戻してあげる。
A3サイズの用紙とPOPの束を持ち―。
「では会長、行ってきます」
「は、はい。気を付けてくださいね……」
挨拶と同時に会長の意識も戻してあげる。
「…………」
船岡はまだ小刻みに震えている。まぁ、無理もない。
今までおっとりしていた人が、床に拳跡作ったんだからな。
《俺はそれを何年間も頬に受けてきたけどな……》
なんだ出てきたのか。
《あぁ、長いこと鼓膜ごと閉め切ってた》
医師業界が混乱するようなこと言わないで。
《とりあえずあの女がいないなら俺は動けるぞ。なにやるんだ?》
ポスター貼りだ。これなら俺にも出来るから引っ込んでて良いぞ。
《そんな冷たくされると泣いちゃうな……》
ごめん
《良いよ》
優しい。
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