もうひとつの人格"黒瀬"
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や……っちまった……!
一人一発、顎をかすめるように軽くパンチさえしてくれれば失神で相手全員を行動不能にできたのに……。
派手にやりやがって……!
現状況……一面ケガ人だらけですッ!
考えても考えても出てくるのはナイスアイデアとは程遠い溜め息ばかりだ。
校舎裏には野次馬が集まっていた。
そりゃ、あんだけ悲鳴上がれば来るか。
中にボンバーヘアー先輩もいた。
「おーい、シロ坊!! 大丈夫かーーー!?」
気まずくて手を振り返せない。
とにかく今は……逃げるしかないッ!!
金網フェンスをよじ登り、校舎外に出る。
「白石、待て!」
生徒指導担当である矢本先生の呼び止めも聞かず、全速力で家に向かった。
驚いたことに、一度も立ち止まって体力を回復させることなく帰宅できた。
玄関を開けて直ぐ閉め、妹の『お帰り』に軽く返し、うがいと手洗いを済ませてから自室に駆け込んだ。
ここでようやく息切れを起こした。
心臓ばくばく、汗だらだら、足がくがく、視界ぐるぐる、直ぐにでもベッドにダイブしたい衝動を抑え、小さく叫ぶ。
「『黒瀬』ッ! やり過ぎだ!!」
幼少期、過度なストレスから突然出てきた黒瀬は、一言で表すと【暴力の塊】である。
常任離れした腕力は、殴った人間を無限の彼方にぶっ飛ばすレベル。
先ほど顎アッパーで上空に打ち上げた先輩たちも、どこまで飛んで行ったかは分からない。
皮膚は硬化され、頭を金属バットで殴られてもビクともしない。
ジャンプ力、走力、投擲力、動体視力、精密動作性……とにかく攻撃面にてあらゆる性能が強化され、例えるなら小学生が考えた『最強の人間』だ。
表に出し、一度暴走を許してしまうと俺の声を受け付けないほど喧嘩に集中してしまう。
このときばかりは、本当に手が付けられない。
行動が納まるのは、矛先を向ける対象者を片付け終わってからだ。
因みに記憶は共有されている。
一般的に知られている二重人格と相違する部分は、入れ替わり中もお互いの意識があるところだ。
勿論……戦闘もバッチリ拝見させていただきました……。
今日の喧嘩は、本当にやり過ぎだった。
頭部を形作るように変形した釘バットを自慢の腕力で奪い、西先輩を怯ませ尻もちを尽かせたのが最初の行動だ。
そこから取り上げた武器を後方に勢いよく投擲し、その段階で二、三人を撃破。
次にアッパーパンチで襲い掛かってきた六人を連続打ち上げ成功。
続いて両手両足を器用に使い、四人を同時に壁に埋め込んだ。
それだけでは飽き足らず、靴を平行に飛ばし、腹部に喰らった三人は真っ直ぐどっかに飛んで行った。
最後、怯える西先輩を、"後ろが見えやすくなるように"してあげた……。
不良生徒全員を片付け終えるのに、十分も掛からなかった。
そして一通りやって、スッキリして、入れ替わって、現在に至る。
「あ~……顔バッチリ見られたーッ!」
どっと疲労が出たため、ベッドにダイブし、枕に顔をうずめる。
「明日から学校どうしよーッ!?」
【暴力生徒】……そんなレッテルが明日には貼られるだろう。
早ければ今日からだ。
そうなれば俺が入学前から計画していた『黒瀬を抑えながら平穏な高校生活を送る』プランが、おじゃんとなってしまう……!
俺を恐れ……友達はできない、彼女もできない、先生からの信用も失って進学も絶たれる。
こんな
なんで呼んでもいないのに出てきて暴走しちまったんだよ……!
《してなかったら死んでたかもだぞ?》
「じゃかあしい!」
反論する黒瀬に一喝する。
因みに、こうやって脳内で会話も可能だ。
だから先ほどの光景も、傍から見れば一人で急に叫びだしたようなものだ。
とにかく今は黒瀬を攻めてても仕方がない……。
もう今日はこのまま寝てしまおう。
ショックで部屋から出る気にもなれない。
汗臭い体は明日朝一番でシャワー浴びようそうしよう。
『しろー! 晩御飯できたよ』
ノックの後に妹の声がドア越しから聞こえた。
「わりぃ、今日はいらな―」
『今晩は焼肉だよ~』
え、マジ?
よし食べに行こう。
え? 寝るのはどうしたって? 知らん。
おっと、その前にひと風呂浴びてくるか。
くせぇくせぇ、明日まで我慢できんねこりゃ。
《なんなんだよお前…………》
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