嘘だろ火事か!?
放課後の巡回は、外から開始することにした。
昇降口からスタートして校舎内を見て回るよりも、このまま直接外に出て先に巡回したほうが効率的に良いと、委員長が判断したからだ。
中庭を歩きながら、たむろっている生徒がいないか視線を凝らしていく。
「まさか……あの子が私たちの下着姿までイメージしていたなんて……」
南先輩の驚愕的な事実を未だ信用したくないのか、隣で落胆しながら呟やかれた。
「まぁ、人の趣味はそれぞれですから……」
俺も時折委員長『の』考えてるし。
《公表したら一発アウトだぞ》
分かってるって。
「コーディネートが好きなことは中学のときから知っていたが、自分だけではなく他人へのコーデも好きになっていたとは……」
「他人へのコーデは、去年それ系のゲーム買ってから目覚めたらしいですよ」
「そうだったのか……。楓のことなら大体知っていると思っていたが、とんだ思い違いだったようだ」
「やっぱ二人とも仲良いんですね」
以前、南先輩も委員長には感謝してるって言ってたし。
「ああ、中学に入って一週間もしない内に私から声を掛けて、それからずっとだ」
「へぇ、きっかけってあったんですか?」
「そうだなぁ。強いて言えば、入学式のときから一際目立っていたから、興味本位で話し掛けに行ったってところだな」
「ということは、中一からデカかったんですか……?」
「確かそのとき既に180近くはあったな」
全国の男子中学生が大金払ってでも欲しがるだろうな。
「でもあの子、今と変わらず常にビクビクしてて、半分なにを言っているのか理解できなかった」
大体予想は付く。
「けど、一生懸命話そうという姿勢は見えたから、毎日話し掛けては会話の練習を本人には秘密にして実行していたのさ」
「へぇ、それは今でも続けているんですか?」
「もちろん」
「でしたら、どうして昨日の昼休みは他の人と話して、南先輩ほったらかしにしていたのですか?」
「ああ、昼休みは本を読んでご飯を食べたいからって、本人から言われてな」
「そうだったんですか……。因みに本を読んでいる最中にしつこく話し掛けたらどんな反応が返ってきますか?」
今日は読書タイムが無かったから、気になるところ。
「キレるぞ」
「え……?」
「もの凄くキレる。下手したら机を軽々持ち上げて振り回してくるだろうな」
《ほぅ……そいつぁ面白そうだ。今度本読んでたらちょっかい出してやるか?》
やめとけ。
「へ、へぇ……やっぱ普段大人しい人を怒らせると怖いっていうのは本当なんですね……」
「もちろん冗談だ」
転びはしなかったが拍子抜けた行動が自然に出た。
「あはは、良いリアクションだ!」
「からかわないでくださいよ……」
「すまない、すまない」
「で、本当はどうなるんですか……?」
「キレる」
結局キレるんかい。
「ただ怒声を浴びせるんじゃなく、静かにキレるな」
「静かに……?」
「そうだ。一年のときに読書タイムを邪魔しに来たクラスメイトがいてな」
《邪魔……? カップ麺の汁でも浴びせられたか?》
それされたらお前は静かに息の根止めに入るな。
「相手はただ本の内容を聞きたかったらしいんだが、彼女には邪魔と捉えられてしまったようでな」
なるほどねぇ。そりゃ怒る気持ちも分かる。
「聞こえるか聞こえないかの舌打ちをしたあとに―今度余計なことを言ったら口を縫い合わせますよ……と言って、以降ずっと無視を繰り返してたな」
あ……怖い。
「だから白瀬、くれぐれも読書中の楓には話し掛けないように」
「りょ、了解しました……」
昼休み本読んでなくて良かったと心から思ったのは初めてだ。
それに放課後の待機初日に、話し掛けても不機嫌にならなかったのは奇跡か、タイミングが良かったのだろうな。
ひとまず深呼吸をしよう。心安定にさせないと。
すぅ~…………ん、くさ……ッ!?
なんだこの臭い……?
「委員長、臭くありませんか?」
「は? 白瀬、私は女だぞ。女性に対してそのような聞き方は酷いと思わないのか?」
「じゃなくて! 何だか臭いませんか?」
「ん? そう言えばさっきから……臭いな……」
この鼻腔を刺激するような臭さ、もしかして科学部の薬品か!?
《そしたら既に皮膚剥がれてるぞ》
確かにな。じゃあ一体なんだ?
《ちょっと退いてろ》
よし、頼んだ。
黒瀬と入れ替わり、臭いを判断してもらう。
《なんか燃えてる臭いだ》
燃えてる……もしかして火事か!?
《その可能性は高い》
方角は!?
《大体実習棟の裏方面》
委員長がコハ姉を言葉で負かした場所か。サンクス!
急いで入れ替わり、予想された方向に視線を移す。
凝らして見ると、黒いモヤが空にゆらゆら上っていくのが見えた。
「委員長、あれ!」
「お? アレって……火事か!?」
黒いモヤの状況を伝え、認識してもらう。
「まずい……! 消火だ!」
「はい!」
黒瀬!
《ん?》
ここから近い消火器の配置場所、覚えてるか!?
《行く途中にあるぞ》
ありがと!
黒瀬の記憶力はこういうとき役に立つ。
これで勉強も覚えてくれれば完璧なのに……。
《人に頼るな自分で学べ》
じゃあ俺の身体から出ていけ。
《できましぇん》
なんてことやってる場合じゃなかった。
黒瀬の記憶通り、行く途中で消火器を見付け、運び出す。
近付くにつれて臭いはキツくなり、そろそろ具合が悪くなってきた。
そこの角を曲がれば現場は見えてくる。
安全栓を抜き、あらかじめホースをはずして構えておく。
そして角を曲がって直後にレバーを握り、消火剤を放射する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
白い煙が視界を埋め、火が消えたかどうかも瞬時には確認できなかった。
「退け退けーっ!」
すると、後ろから委員長が語気を強くして離れるよう促してきた。
視線を向けると、水の入ったバケツを持ってきていた。
途中後ろの足音が聞こえなくなったのは、これを用意してた為だったのか。
「おりゃ!」
そしてバケツの中の水を、消火剤と同じ方向に掛けた。
「はぁー……、はぁー……」
「はぁー……はぁー……はぁー……」
互いの息切れが交差する。
目前の状況は、鎮火を意味するように、空に上がっていた黒いモヤが完全に消えていた。
「い、委員長……」
呼び掛けると、笑顔で振り向いてきた。
「ああ、やったな……!」
消火活動を完璧にこなしたと達成感に溢れ、自然とハイタッチを行う。
「けほ、けほ!」
「えほ、えほ!」
「ごほ、ごほ!」
すると、消火場所から咳き込んだ声が聞こえてきた。
聞く限りだと三人、しかも煙が晴れて見えてくる人影には見覚えがあった。
「お前たち……」
委員長が苦い表情を浮かべる。
「先輩……なにやってんすか……?」
真っ白でびっしょびしょに濡れた、リーゼント・逆モヒカン・ボンバーヘアー先輩たちがそこに突っ立っていた……。
「おぅシロ坊……と、新田麻美。どうしたんだ? そんなに慌てて」
「こっちの台詞です……。先輩たちこそ、なにやってんですか……?」
リーゼント先輩の問いに答えると、ボンバーヘアー先輩が手に持っている物を掲げて見せてきた。
「焼き芋!」
「…………」
「…………」
当然俺たち二人は言葉を失った。
「何故この時期に焼き芋を……?」
「食べたくなったから」
逆モヒカン先輩がもっともらしい答えを出してくれた。
「けどどこのスーパー行っても無いからよ。こうやって雑草やら新聞集めて燃やして焼き芋作ってたんよ!」
「それ……許可取ったんですか……?」
「え!? 焼き芋するのに許可いるのか!?」
リーゼント先輩のあとに、他二人も驚愕のリアクションを取る。
「…………」
呆れて疲れた委員長は、何も言わず両手で顔を覆っていた。
「あー許可いるのかぁ。だからシロ坊たちは罰として俺たちの焼き芋を台無しにしてくれたのか……」
「食べ物を粗末にされたとは言え、明らかに俺たちが悪い。今後は気を付けるぜ!」
「すまねぇなシロ坊。許可取ってなかったために、本当はやりたくなかったであろう食べ物を台無しにさせるという罰を実行させちまって!」
「いえ……もう良いんです。なので即行帰ってください……!」
俺も疲れたのか目眩がしてきた……。
「おぅよ! 後始末はキチンとしておくからよ。風紀委員の仕事頑張れよなぁ!」
「はい……ありがとうございます。委員長……行きましょ?」
「…………」
未だに両手で顔を覆っている。
恐らくバカげてる現実からシャットダウンしているのだろう。
俺は委員長の肩に手を当て、振り返らせ、元来た道を一緒に辿った。
それ以降たむろっている生徒は見当たらず、外はもう見なくても良いと勝手に判断した。
「委員長、中に戻りましょ?」
「…………(コク)」
無言だが、ようやく反応を返してくれた。
さて、次は校舎内か……。
借りたバケツを手洗い場に戻し、そこに置かれたファイルを回収して戻る。
正直疲れたから帰りたい。
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