委員長のゴミを見るような目が堪らないのでお願いします
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午後の授業はほとんど頭に入ってこなかった。
理由は当然、黒瀬の鼾がうるさかったからだ。
《人のせいにするのやめてくれる?》
七割それだろうが。
《ごめんなさい》
残りの三割は、昼休みの一件だ。
南先輩のコーディネートを聞いていたら、いつの間にか話は下着の色にチェンジしていた。
《お前からなら100パー悪いが、向こうから発端とはな……》
まったくだ……。
そして悪いタイミングで国見に聞かれ、拒絶され、人生初の黒歴史を背負って現在に至る。
HRが終わったあとも、俺の額は机と離れようとしなかった。
最早、瞬間接着剤を付けられたんじゃないかと疑うレベルだ。
教室からクラスメイトが次々と出ていく様子が耳から感じ取れる。
そろそろ室内は俺一人だけになった頃だろうか……そう思って顔を上げようにも首は動こうとしなかった。
いっそこのまま学校に寝泊まろうか……そんな考えが脳裏を過った。
ツンツン
右肩を指で小突く感触がした。
もしかして……国見か?
鉛の如く重たい頭部を全力で上げ、右を向く。
午後の授業開始からずーっと瞼を瞑っていたため、視界はぼやけて認識がわずかに遅くなった。
「あ……紅葉」
徐々に晴れると、紅葉が心配そうに覗き込んでいた。
元気が無いと感付かれたのか、紅葉はタブレットを取り出して画面を向けてきた。
〈大丈夫ですか?〉
「ああ、大丈夫。少し嫌なことを忘れようと心落ち着かせようとしてただけ……」
そう答えると、紅葉が文字を入力し出した。そして直ぐまた俺に見せてきた。
〈嫌な事って、なんですか?〉
「聞かないほうが良いし言いたくもない……」
南先輩に釣られたとは言え、下着の話で盛り上がって国見怒らせました―なんて説明すれば紅葉も当然俺を拒絶し始めるだろう。
〈そうですか。でしたら、お話したくなった時にでも言ってください。悩み事ならぜひ相談に乗ります〉
少し長い文章を黙読し終わったあとに紅葉に視線を戻すと、にっこりと微笑んでいた。
本当に天使みたいな子だ……。
《じゃあ今日はその天使さんを凝視するために部活に行こうじゃないか!》
はいお前の企みはそこまで。委員会優先だ。
《クソッ!》
「ありがとな紅葉。おかげで元気が出たよ」
うん、あの天使のような微笑みを見て元気出ないほうが逆におかしい。
《文章のほうに励まされたんじゃなかったのか》
まぁそれもあるけど、一番はやっぱ天使の微笑みでしょ。
《天使に浄化された悪魔……》
今から生徒会に路線変更してコハ姉に浄化してもらおうか?
《ごめんなさい》
黒瀬の謝罪も聞いたところで、椅子と一体化を望んでいた重い腰を上げる。
その間も紅葉はタブレット操作を続けていた。
〈お役に立てて良かったです。ところで今日は部活にいらっしゃいますか?〉
「わりぃ、まだ分からないんだ。もしかしたら生徒会に呼ばれることもあるだろうし……取り敢えず連絡入れるよ」
〈分かりました。では、メアドか〝例のアプリ〟登録させてもらえますか?〉
「あ、そう言えばまだだったか……」
隣同士になって同じ部活所属でもあるのに、すっかり忘れていた。
一応両方の登録を済ませ、紅葉と一緒に教室を出る。
そこから別れ、風紀委員室へと向かう。
昼と同様に憂鬱ではあったが、行かなければ何も進展しない。
それに今日の放課後担当は、俺と委員長だ。
委員長にも昼の件は聞かれてしまったが、特に非難することは言ってこなかった。
まずは委員長に事情を説明する。そのあとで国見だ。
《最後が一番手強そうだな》
ああ、もしかしたらまた発狂されて逃げられるかもしれない。
そしたら分かってもらうまで追い掛けるまでよ。
《そのまま交番に向かわれない程度にしとけよ》
前言撤回。逃げられたら委員長と南先輩に弁明してもらうよう土下座する。
《プライド持とうな》
うるせぇ!
そうこうしてる内に目的地に着いた。
扉に手を伸ばそうとすると、室内に居た側が先に開けた。
「あ、委員長……」
「ほら、巡回に行くぞ」
「え、ちょ、まだ荷物が!?」
「貸せ」
対面した委員長がファイルを脇に挟み、急ぎに俺の腕から鞄を取ると、扉前に置いて閉めた。
「早く行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」
しかし委員長は止まってくれない。
ずっと俺の腕を引っ張り、遠くに遠くに俺を移動させようとしている雰囲気があった。
その間、口を開くことはかなり難しかった。
「ここなら良いだろう……」
ようやく止まってくれた場所は、昇降口だった。
外からは、女子テニス部の楽しそうな声や、昨日行方不明になった部員を探す野球部たちの涙声が微かに聞こえてきた。
止まった直後に振り向いてきた委員長は、重く溜め息を吐きながら腕を組んだ。
「あの……もしかして、教室に入らせないようにしたんですか……?」
「他になんの理由がある……?」
「…………ありません」
《今ボケるタイミングじゃないからな》
ボケるつもりもねぇよ!
「はぁ……白瀬。昼間聞いた話だが……確かに男の子ならそういうのに興味を持つのも理解できる。だが世の中の女性全員が理解するとは限らない。麗奈のように下品な話を嫌うタイプも勿論いる」
眉を顰めた低音のお説教が恐怖を煽ってきた。
腹と背中の汗が止まらないし、手も小刻みに震えている。
委員長のお叱りはまだ続くそうだ。
俺に向けている目線が完全に〝最強昆虫G〟を見る目だ……。
「昨日の件に関しては悪くないが、今回の件は完全に白瀬が悪い。男同士の会話であのような内容を聞いてしまったのなら麗奈も仕方なく許しただろうが、〝純粋〟な楓の前で堂々と一方的に話した事に失望したのだろうな……。当然私も同じ気持ちだ……」
………………………………………………………………………………………………ん?
今何て言いましたか……?
「委員長……」
「どうした? 言い訳か……?」
今度はゴミを見るような目だ。
「いえ、先ほど南先輩のこと……なんと言いましたか……?」
「は? 楓だが?」
「その前です……」
「純粋……と言ったんだが……」
「…………」
「ま、まさか……」
委員長の瞳に光が灯され直すと、苦笑いを浮かべ始めた。
俺は正直、笑って良いのか申し訳なく思って良いのか感情の起伏がおかしくなっていた。
「楓が……その……下着の話を……?」
俺は黙って頷く。
「ちょ、ちょっと待ってろ……!」
そう言うと委員長はスマホを取り出し、電話を掛け始めた。
話の内容を聞きたかったが、奥へ奥へと去って行ってしまった。
数分後、委員長が風紀委員の自覚を忘れて猛ダッシュで向かってきた。
「すまない! 完全に誤解していた!」
目の前で手を合わせられ、謝罪が行われた。
「まさか楓がその手の話に興味があったとは……。中学の頃からずっと一緒だったのに全然知らなかった……」
友人の意外な一面に驚愕したのか、顔を手で覆う。
「まぁでも、自分も釣られて盛り上がった訳ですし……」
「だとしても、あの子が自分からそういう話題を出すということは、よっぽど好きな内容だったんだろうな……。てっきり白瀬が一方的に話してるのかと思ってしまった……」
「南先輩も結構声大きめでしたけど、聞こえなかったですか?」
「ああ……。恐らく窓側に近かったから遠くて聞こえなかったんだろな……」
なんちゅう最悪の偶然の連鎖……。
「とにかく白瀬、すまない! 一瞬でもお前を軽蔑してしまっていた!」
「良いですって。誤解と理解してもらえただけでも有り難いですって」
寧ろもっと軽蔑してください。
《変態かな?》
「はぁ……仲間のことを信用できなかっただなんて委員長失格だ。辞表書いてくる……」
「待ってください委員長、早まらないでください!」
そしたら俺が風紀委員にいる理由が無くなる!
「冗談だ……。それにしても、勘違いに勘違いが上乗せされるなんて……。白瀬、こう言うのも申し訳ないが……間が悪くないか?」
「そういう日もあるってことですって……」
「そうなのかぁ……」
「ところで、委員長は自分を教室に入れないためにここに連れてきた訳ですが、今室内はどうなってるんですか……?」
「地獄だぞ」
すんごく分かりやすい表現ありがとうございます。
「毎週金曜は、月曜から今日までの減点を加算する為に、待機組にはパソコン作業をしてもらっているのだが、その時の麗奈の様子が本当に怖かった……」
「……どんな感じですか?」
「まぁ……怒りをこれでもかと表に出した超不機嫌な態度……。目は左右非対称、片方は細めてもう片方は通常開き。唇は少し開いた状態で、そこからわずかに覗ける歯は苦虫を噛み潰したような勢いだった……」
聞いてるだけで想像できちゃった……。
「おかげで楓は脅えるし、私も居たたまれなくなってしまった……」
「すみません。自分のせいでそんなことに……」
「気にするな。それに、すべては勘違いから始まったことだ。教室に帰ったあとは、タイミングを見計らって私と楓からも弁解するようにしてみるさ」
「ありがとうございます……」
本当にもう、頭が上がらない。
《一度軽蔑してきたんだぞ?》
それが良い。
《気持ち悪……》
「それじゃあさっさと巡回を済ませて、麗奈の誤解を解きに行くか」
「そうですね。何も起こらないことを祈ります」
《まぁたそうやってフラグ立てる》
こうでも言わなかったら気休めにならないだろ。
《へいへい》
とにもかくにも、委員長の誤解が解けて助かった。
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