副委員長さん……許してください




「では五時には閉めますので、それまでに退室をお願いします」


「わ、分かりました……!」


 これで図書室に残っていた生徒への声掛けは終わった。

 といっても、ほとんどは受験勉強対策や授業の復習で残っていただけだった。


 三年に至っては、叫ばれなかったにしろ半涙目で応対された。

 放課後の巡回活動は今日が初だが、それほど難しくはなかった。

 ただ巡回範囲に図書室が追加された程度だ。


「委員長。全員の声掛け終わりました」


「ああ、ご苦労だった。すまなかったな、任せてしまって……」


「いえいえ、それより具合のほうはどうでしょうか?」


「多少良くなってきた。心配かけたな」


「大丈夫です!」


 明るめにサムズアップを向けると微笑んでもらえた。

 デブ先輩たちの傍迷惑な発火騒動により、委員長は疲労と呆れから体調不良をしばらく訴えていた。

 保健室に送ろうかと問うが、『平気だ』の一点張りで行こうとはしなかった。

 しかし図書室前に到着しても体調は優れないままだったため、俺一人で仕事を引き受けることにした。


 内容は至って簡単、図書室に残っている生徒への声掛けのみ。

 読書や勉強が目的なら、氏名も減点も必要ない。

 ただ明らかに机に道具も本も置かず、スマホやゲームを弄っていたりなどの様子であれば、退室するよう注意を促す。従わなければ当然減点対象となる。


 そうなると時折、『今から勉強します』と偽る生徒も現れるそうだ。

 もし怪しいと勘ぐった際は、数秒間の監視を行って様子を見るらしい。

 そこからいつまで経っても勉強する様子が無ければ、勿論もう一度声を掛けてから減点にするという。案外厳しい。


「それじゃあ、戻ろうか?」


「あ…………はい」


 到頭この時が来てしまったか……。

 出来ればこのまま活動終了まで委員長と駄弁っていたい。


「ん? あ~……麗奈か」


「はい……」


 返事に覇気が無かったと気付かれ、原因を即見破られた。


「任せておけ。楓にも伝えてあるし、今日中には誤解を解いてみせるさ」


「すみません……。宜しくお願いします……」


 先ほどとは立場が逆転し、次は俺が体調不良になった。


「さて、行くか」


「はい……」


 歩き始めた委員長のあとを、少し遅く着いていく。


 今も室内は地獄と化しているのだろうか……。


 国見は未だガチギレモードなのだろうか……。


 三階から二階に降りる階段がとても怖く感じた。

 教室に近付くにつれ胃がキリキリと痛み出し、変な汗も出始めた。

 鏡に反射した自分を今見たら、青ざめているのは確実だ。


「白瀬っ」


 自分の名前に反応し、下に落としていた視線を上げる。

 いつの間にか委員長との距離がかなり離れていた。


 一緒に入室しようと考えているのか、手招きで急かしてきた。

 周囲に誰もいないことを確認の上、早足に向かう。


「入るが、大丈夫か?」


「はい……。大丈夫です……」


「そうは見えないが……」


「大丈夫です……。早く入りましょ……」


「分かった……」


 状態確認を終えてから委員長が扉を開ける。


「戻ったぞ」


「戻りました……」




「………………………………………………………………………………チッ」




 開幕舌打ちを聞いたことで白石白瀬の精神に555のダメージ──瀕死寸前だ。

 入った瞬間、凶悪な肉食動物でも逃げ出しそうな殺気に包まれた。

 殺気の発信者である国見は、委員長にすら挨拶を交わさずにノートパソコンのキーボードを打ち込んでいた。


 本来ならその向かい側に南先輩の姿が見えるはずなのだが……どうしてかいない。

 机上には、開きっ放しのノートパソコンだけが鎮座していた。


「麗奈……楓はどこに行った……?」


「…………」


 一切こちらを振り返ることなく、左手を伸ばして教室の隅を指差した。

 黙って顔を向けると―。


「…………(ヒック)」


 南先輩が膝を抱えて泣いていた。

 大方向かい側の国見が怖かったか、弁解するタイミングを間違ったか、仕事関係でミスって火に油を注いだかで心が折れたのだと思う。

 帰る前に呼び止めて謝っておこう……。


「…………ッ!」


 委員長が袖をグイグイと引っ張ってきた。

 視線を合わせると、声を出さず口を動かして首で行動を促していた。

 口の動きを見詰め、文字を思い浮かべる。


〈す・わ・れ〉


 なるほど、ここで佇んでても仕方ないから着席しろってことか。

 俺も声は出さず『はい』と口を動かす。


 委員長は隅で泣いている南先輩の元に向かい、俺は席に着く。

 左斜めの国見に恐る恐る視線を向けてみると、委員長が説明していた表情ではなかったが、眉は顰めていた。


 キーボードを打つ速度は、普段打ち慣れていることを思わせるかの如く速かった。

『服装検査』『持ち物検査』『昼休み・放課後での取り締まり』。


 今週五日の間に、それぞれで違反した生徒の名前と学年クラス、減点とその内容、そして加算、最後には十点到達した際のペナルティ詳細……これらを全て打ち込んでいくという。

 委員長の話だと、普通なら一枚終わるのに五分から十分と聞いていたが、国見は一枚を二、三分前後で素早く終わらせていた。


「あ……」


 すると、次に手を伸ばそうとした瞬間、用紙が五、六枚ほど床に落ちてしまった。

 反射的に咄嗟に拾おうとすると──。


「気を遣わなくて結構です……!」


 優しさの欠片も感じられない一言をいただいた。

 ここで意地を張って拾えば、余計雰囲気が悪くなると感付き、黙って引き下がる。


「麗奈、少し休憩したらどうだ? 打ち込みばかりで疲れただろ?」


 南先輩を慰めて戻ってきた委員長が、重い場の空気を少しでも打破するよう発言してくれた。


「ご心配なく。慣れていますから」


 しかし空振ってしまった。


「まぁそう言わず、白瀬と交代したらどうだ?」


 だがめげずに、今度は俺にも振ってくれた。


「そうだよ、少し休んどけって。代わるから―」


「でしたら、南先輩と交代したらどうですか?」


「あ、あたしは……大丈夫です……」


「…………ッ!」


「ひ…………ッ!」


 国見の一睨みが再び南先輩を脅かした。


「ほ、ほら、南先輩はさっきまで休んでた訳だし、次は国見が―」


「アナタのような下劣な人に風紀委員の大事な仕事はさせたくありません……」


 本音が出ました。ありがとうございます。


「下劣って……」


「嘘偽りは無いと思われます。恥も知らずに女子の前で堂々と、しかも廊下に響く声音で破廉恥極まりない話をしていたのですから」


「だからそれには訳が──」


「どんな訳があるというのですか? まさか女性の前で品の無い話をしなければならないという決まりでもあるというのですか?」


「そんな訳―」



「ありませんよね? でしたら女性の前で下着の話をするはずがありません。大方女子三人の中に男子一人しかいない優越感からエッチなことがいつ起こっても良いんじゃないかと興奮して盛り上がって至ったのでしょうね。所詮男なんて異性を精処理道具としか見ていない最低な生き物です。常に棒から白い液体を出すことしか考えてない! 下半身に生やしたそれはなんですか? 凶器ですか? 排泄だけして成人したら自然と取れちまえば良いんですッ!!!」



 最後に机を思いっ切りダァンと叩き、室内は再び静かな空気に包まれた。


「え~……っと麗奈」


 国見が喋る中、昼と同様ただ赤面してどこか一点を見詰めていた委員長であったが、意識を戻して話し掛けた。


「なんでしょうかッ?」


「麗奈の言っていることももっともだ。確かに白瀬は風紀委員とは思えない下品な話題で盛り上がっていた」


「そうですよね? ではやはり間違いでは―」


「だが、下着の話題を始めに出したのは…………楓だ」




「………………………………………………………………………………………………は?」




 数秒黙り込んでから、拍子抜けした反応が返された。

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