金曜日の作業




 国見がゆっくりと、委員長に向けていた視線を向かい席の南先輩に移す。


「本当……なんですか……?」


「…………」


 南先輩は、黙って頷いた。

 そのあと、またゆっくりと国見の首が動く。

 今度は俺に視線が向けられた。

 額のシワはキレイに取れ、赤面状態で苦笑いをしていた。


「更に昨日の一件だが、白瀬は女の子を精的な意味で押し倒したのではなく、投球されたボールから守るため、防衛本能で押し倒したそうだ。向こうも早朝証言してくれた」


 何故それを昼休みに伝えてくれなかったのかというタイミングで委員長が遅めの弁明をしてくれた。


「…………ッ!?」


 国見の顔が一層赤く染まる。


 汗も噴き出し始め、唇が少し震動していた。


「ご…………」


 国見がようやく重い口を開け、言葉を発してくれた。



「ごめんなさいッ!!!」



 そして室内中に響く大音声で謝罪の台詞を聞いた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 何度も深々と頭を下げられ、その急な切り替えしから動揺してしまう。


「いや、国見……もうその辺で良いからさ」


「いえ、その、あの……もうなんてお詫びしたら良いのか……!」


 止まってくれたは良いものの、顔は俯けたままだった。

 恐らく、散々軽蔑対象にしていた人物の言動がすべて誤解だったと知り、罪悪感から目を合わせられないのだろう。


 冷静に見ると体も小刻みに震えているし、俺から怒声を浴びせられるんじゃ……と脅えているのかもしれない。


 被害者側だが、委員長たちが見てる手前、下手な行動は取れない。

 そもそも取る気も無い。


「誤解だって分かってくれたならそれで充分だからさ。顔上げてって」


「いいえ、無理です……。昨日の暴言も含めて、早朝から散々アナタのことを軽蔑してしまったのですから……」


「それは確かにそうだけど……」


「どんな罰も受ける覚悟はできています……。そのことに関しては何も咎めません。さぁ、どうぞ……!」


 え、じゃあこれからホテルに──。


《お前なぁ……!》


 冗談だって。


 しかしどうしようか。こういうタイプは一度決めると中々曲がらないからなぁ。


《まず一度弱点を突いて保険が発動したら次の手を考えればいい》


 少し黙ってようか。

 さて、どうしよっかなぁ……。あ、そうだ。


「じゃあさ。痛い系は無しってことで、その代わり、監視期間を取り下げてもらえることはできるかな?」


「それ以外でお願いします」


 黒瀬、クリスタルブレイクの準備を。


《うっす》


 冗談だ。


《チッ》


「そんじゃあジュース一本でも奢ってくれ。それで今回の件は無しだ」


「そんな軽いことで……良いのですか?」


「寧ろ何されると思ったんだ?」


「下劣で破廉恥なことをされるのかと……」


「するか……!」


《ダウト!》


 はい。


「わ、分かりました。ですが、今手持ち金が……」


「別に今じゃなくて良いって。今度で良いよ今度で」


「分かりました……。では、今度奢らせていただきます」


 まだ室内に妙なギスギス感は残っているが、収拾は付いた。


「はぁ、良かった良かった……」


「ほ、本当に……。ご、誤解が解けて、あ、安心しました……!」


 委員長と南先輩が胸を撫で下ろす。


「他人事ではありませんよ、南先輩」


「は、はい……ッ!?」


「元はと言えば、先輩が下品な話題をし始めたのが原因です。人の趣味にとやかく言うつもりはありませんが、今後は時と場所を選び、興奮状態に陥っても出来るだけ控えるよう節度ある行動をお願いします」


「はい……」


 おどおどした態度から通常形態に切り替わり、淡々と南先輩に注意を促す。


「まぁまぁ、もう過ぎたことだし──」


「白石くんもですよ。そういう内容で盛り上がるのは結構ですが、もう少し声を小さくして話すよう今後はお願いします!」


 今度は俺に飛び火した。


「はい……」


 ぐうの音も出ず、潔く返事をすると『パンッ』と手を打ち鳴らす音が室内に響き渡った。


「はい、この話はここまで。無事白瀬の誤解も解けたんだ。早くデータをまとめて切り上げよう!」


「そうですね」


「が、頑張りましょう……!」


「はぁい……」


 委員長の呼び掛けで一同の意識がまとまり、作業を再開させる。

 国見と南先輩は、パソコンでの集計表作成。委員長と俺は入力が済んだ用紙を日付順に並べ直し、ファイルへの収納を行った。


 南先輩も、国見と引けを取らず慣れた手付きで文字を打ち込んでいた。

 それから三十分前後、データの打ち込みと、少し遅れてファイルへの収納が終了した。

 残りは、用紙が日付順に並べられているのか、入力したデータに不備が無いかの再確認を行っていく。


 この作業に関してはデータ打ち込み組ではなく、用紙まとめ組が担当する。

 去年、委員長がデータ打ち込みと再確認を一人で行ったところ、入力の疲労もあって途中から訳が分からなくなったらしい。


 そのため、交代するのが良いと判断したそうだ。

 委員長が南先輩のを、俺は国見の入力確認を始める。


 しっかし見事に全部、しかも正確に打ち込まれている。

 国見が担当したのは月曜から水曜まで、木曜・金曜は南先輩が担当したようだ。

 向こう組は、所々入力ミスがあるのか、委員長がキーボードを操作している。


 俺はというと、見る限りじゃ入力ミスは見当たらなかった。

 精々日付を間違ってファイリングしていたぐらいだ。


 その作業は十五分弱で終了した。


 データは全てUSBメモリにコピーし、ファイルと一緒にスチール書庫へ仕舞う。

 鍵は後ほど職員室に渡す為、それまでは委員長が責任を持って保管する。

 以上の流れで、金曜の活動にピリオドが打たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る