副委員長と生徒会書記と悪魔




「…………」


「…………」


 そこからお互い、どう切り出せば良いのか分からず、しばらく黙り込んでしまう。

 すると―。


「あれあれ? シロじゃん!」


 後方から聞き慣れた声が俺の愛称を口にした。

 振り向くと、琴葉がいた。


「なにしてるのー?」


 さすがは陸上部で期待の新人と呼ばれているだけのことはある。

 駆け出したと思ったら直ぐこっちに着いた。


「あ、国見さん。こんばんは」


「こんばんは……」


 明るい琴葉に、国見は静かに挨拶し返した。

 表情がいつも通りのキリっとした真面目顔に戻っている。


「二人でなにしてたの?」


「いや、なんでも……それより、部活終わったのか?」


「イェスイェス。今日もいっぱい走った~!」


「早朝走って朝練でも走って放課後も走って、凄いな?」


「えっへへー。走るの大好きだから!」


 そしてなお疲労感を露わにせずニッコリ笑顔を保っているところも凄い。


「あ、ねぇねぇ。一緒に帰らない?」


「おぅ良いぞ。国見、一緒にどうだ?」


「え、どうして、わたしも……?」


「あんなことがあった後だし、なんか心配だからさ」


「…………」


 いくら助かったからって、数分前まで見知らぬ男性に殴り掛かられそうになったんだ。

 相当の強靭な精神力を持っていなければ、一人になるのは難しいだろう。


「え、あんなことって何なに? 何があったの?」


「色々あったのさ」


「教えてくれないのか。ちぇー」


「ははは。それで、家ってどの辺り?」


「向こうです……」


神介かみすけ方面か……なら一緒の方向だ。琴葉も良いよな?」


「うん、良いよ」


「だって。どうする?」


「別に、心配されるようなことではありませんが……そちらがそう望むのであれば……構いませんよ?」


 いつものように警戒されて『結構です』と返答を受けるかと予想していたが、返ってきた言葉はまさかの承諾だった。


「そいじゃあ行こっか」


「は、はい……」


 どこか落ち着きなさそうな態度をするも、素直に返事をしてくれた。


「それじゃあ、レッツゴー!」


 そして琴葉の掛け声で三人の下校が開始される。

 委員長との二人っきりは叶わなかったが、これはこれで結果オーライ。


「今日シロは放課後なにしてたの?」


「勿論、風紀委員の活動してたさ。今日は待機側だったけど」


「待機……?」


「校内でトラブルが発生した際、即対応できるよう一人か二人の役員を教室に待機させておくのです。全員で巡回して、無人にする訳にはいきませんから」


 俺の代わりに国見が答えてくれた。


「へぇ、そうなると落ち着けないかもね。いつ何が来るのか分からないし」


「そうですね。一昨日のように、喧嘩の仲裁を求められるときもありますから」


「でも俺、平気だったろ?」


「ま、まぁそうですけど……」


「今後そういう依頼が来たら遠慮なく俺を呼んでどうぞ」


「調子に乗らないでもらえます……?」


「はい、すみません……」


 横目だったけど睨みがスゲー怖かった。


「ふぅん。じゃあ今日は生徒会のほうには行かなかったの?」


「いんや、一応顔は出してきたよ」


「そうだったんだ。うわぁ、シロが生徒会で働いてるところ見たかったなぁ」


 からかうように琴葉が言ってきた。


「顔を出してきた……? 確か呼ばれたから行ったと南先輩から聞きましたが……」


 マズい……。


《墓穴掘ったな……》


 それは素直に認める。

 風紀委員側には、生徒会から召集を掛けられて行ったと、南先輩に誤魔化してもらったんだった。


 けど実際は暇だったから生徒会室に行った。

 恐らく会長は琴葉にそう伝えているはず。

 暇で別の場所に行ったなんて知られたら、責任能力皆無ということで国見は激怒すると思うし、恐らくというか絶対明日には委員長にも告げられる。


《変な嘘吐くから……》


 お母さんかお前は。



「そ、そうそう。呼ばれて行ったのさ!」


「え~誰から?」


「ふ、副会長……」


《ま~た変な嘘ついて。お母さん知らないからね》


 黙ってろ。



「あ、岩沼先輩か……」


 コハ姉だと分かった瞬間、琴葉の表情が曇り出す。

 理由は不明だが、琴葉とコハ姉の仲には亀裂が入っているようだ。

 小学校までは普通に接していたが、中学に上がって数か月経った日から、お互い口も利かなくなったという。


 そんな二人が一緒の生徒会に所属していると知った日には心配が募った。

 幸い、未だ手を出し合った喧嘩は勃発していないらしい。

 とにもかくにも、今夜コハ姉に話を合わせてもらうよう訳をメールで送ろう。


《それで脅しに掛けられて交際スタートとかになったら家出するからな?》


 どこに?

 大丈夫だって。コハ姉は昔から弱みにつけこんで俺と付き合おうとは考えてない人だから。


《その言葉を信じる》


 俺も信じたい。

 出来るなら不仲な理由を聞き出したいが、本人が嫌だと思っている人物の名前を挙げたりすると不機嫌に成り兼ねない。


 さっきは、訳を説明すれば話を合わせてくれそうな人物としてコハ姉の名前をつい自然と出してしまった。

 そこは深く反省する。


「あッ!」


 そして突然琴葉が声を上げた。


「なに……どうした?」


「いっけない。忘れてた……。六時に注文してた荷物が届くんだった……!」


「六時って、もう間に合わないんじゃないのか?」


「大体あと七分ってところです」


「ううん、今から走ればきっと間に合う!」


「え、また走るのか?」


「当然。じゃあゴメン、先帰るね!」


「おぉ、じゃあな」


「転倒しないよう気を付けてくださいね」


 俺と国見の言葉が届いたのか分からない速さで、琴葉は颯爽と家に向かって走り出した。

 部活のあとでもあれだけ走れるなんて、本当に凄い体力の持ち主だ。


「ははは……忙しいヤツだな」


「そうですね……」


 そして残された俺と国見の二人は、また黙り込む。


「あの……素朴な質問をしても宜しいでしょうか?」


 しかし国見がこの空気を打破するように手を軽く挙げて尋ねてきた。


「ん、なに?」


「白石くんと泉さんは、どのようなご関係なのでしょうか?」


「どのようなって……ただの幼馴染だけど……」


 それ以上それ以下の表現が見当たらない。


「そうですか。ただの幼馴染ですか……」


「急にどうしたんだ?」


「いえ、たまに一緒に登校してますし、先ほども楽し気に会話をしてましたので……」


「彼氏彼女に見えた?」


「えぇ……まぁ……」


 下を向いてしまった。なんでだ?


「俺たちは国見が思ってるような関係じゃないよ。俺は向こうの事なんとも思ってないし、向こうも俺の事なんかなんとも思ってない。普通の友人関係だ」


 アイツも部活で期待されてる人材な訳だし、生徒会っていうデカい組織にも属している訳だから、それ相応のパートナーがいてもおかしくない。

 昔から俺のことを心配してくれたり、嬉しい事があると一緒になって喜んでくれたから、もしアイツに恋人ができたら全力で応援してやろうと思っている。


 部活もそうだが、早く心ときめく相手を探したほうが良いぞ。

 因みに俺は既に見付かっている。


《それが実るかは分からんけどな》


 じゃあ最終手段でコハ姉に──。


《はい全力でサポートさせていただきます頑張っていきましょう!》


 安心しろ冗談だ。


「あ、そう言えば国見」


「はい、なんでしょうか?」


「聞きそびれたんだが、なんでさっきあの時間帯にあの道にいたんだ? 俺より早く帰ってたんなら、もっと先まで進んでたと思うんだが……」


「風紀委員の仕事が予定時間よりも早く終わりましたので、図書館に寄って本を借りてました」


 俺なら即行帰ってる。



《そしてゲーム!》


 だよね。



「へぇ、本好きなのか?」


「特別好きという訳ではありませんが、読んでると頭の中がスッキリするんです……」


「へぇ、因みにどんな内容の本なんだ?」


 以外にもラブストーリー……。


「秘密裏に人工生命体の研究を行っていた大手製薬会社の研究所から数千体の実験体が脱走し、食人本能を有している彼らを駆除する奮闘劇です」


 ……ものかと思ったらまさかのグロ系統でビックリした。

 まぁ、好みは人それぞれってことだ。うん……。


 こうして俺の風紀委員・生徒会・科学部、以上の三つに入った後日の一日目が幕を下ろした。

 後半二つは良いとして、風紀委員に至ってはこれがあと来週まで続くと思うと胃が重くなる。

 しかし俺は諦めない。


 委員長……新田先輩と関係を築き上げれるよう回数制限を守りながら、この期間乗り切ってやる!


《まぁ、頑張れ》


 もし次の水曜まで乗り切れなかったら生徒会一択になって毎日コハ姉と──。


《頑張ろうね★》


 その言葉を待ってた。

 俺だって毎日コハ姉といたら精神がシェイクされるからな。

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