副委員長、今……笑った?




 それからしばらく、俺と国見は一言も喋ることなく清掃を続けた。


 単に話し掛け辛かったというのも正直なところだが、なによりゴミを片付けたい気持ちが圧倒的に大きかったためだ。

 ひとつ袋に入れる毎に妙な満足感が得られ、袋の中が増量していくのが寧ろ嬉しくなっていた。


 国見も引けを取らず袋が満杯に近付いてきている。

 決められた範囲までもう少し、それが終わったら二週目に突入して取り残しが無いかの確認を行っていく。


 それから十分後―。


「ふぅ……一週目、終わり」


 指定範囲ギリギリ、隅から隅まで目を凝らし、黒瀬にも協力してもらいながらようやく一週目を終わらせることが出来た。


「お疲れ様でした」


 ここでまさかの国見から労いの言葉が掛けられた。


「あ、ああ……。そっちもお疲れ様」


「…………」


 え、今一瞬笑った? 距離あるからハッキリと認識できなかった。

 黒瀬、分かったか?


《わりぃ。タマゴ掛けご飯のこと考えてて集中してなかった……》


 帰ったら食べようね。


 それにしても、国見が笑顔(?)を向けて来るなんて……。

 入学から一か月近く、笑って会話しているところなんて見た事が無かったから、なんだか新鮮な気分……。


 いつも朝から妙にピリ付いた表情で、まるで他者を近付けさせないような雰囲気を醸し出しているし、同い年に対しても常に敬語を通している。


 風紀委員に入ったおかげで今こうして話せているが、入ってなかったら以前ネクタイ曲がってたことを指摘されたときのみで、以降は会話をすることはなかっただろうな。


《お? また感謝の時間? 言っちゃいなよ言っちゃいなよ!》


 くたばれ。


《ごめんなさい》


「それじゃあ取り忘れが無いか、ここからスタート地点に戻るか?」


「そうですね。では──」



「あら~おはようございますぅ」



「…………ッ!?」


 横から突然話し掛けられ、驚いてしまった。

 視界に入ってきたのは、ご高齢の女性だった。


「あ……おはようございます……」


「あなたたち、そこの学校の生徒さんでしょ?」


 指を差された方向は、若干ずれてはいたが紅高に向けられていた。


「はい、そうです……」


「毎月、学校の生徒さんがここら辺の掃除してくれてるってご近所さんから聞いてねぇ。一言お礼が言いたかったの!」


「あ、えっと……」


 まずい、こう言われたらなんて返せば良いんだっけ?


「お気持ちありがとうございます。でもこれは当然のことをしているまでですから」


 困惑していると、国見が近付き、代わりに返答してくれた。

 黒瀬、今の台詞記憶しとけ。


《忘れた》


 早い!


「ま~最近は良い子も増えて来てるのねぇ。良かったらコレ、食べてちょうだい!」


 ご高齢の女性は、そう言うと蜜柑の詰まった袋を渡してきた。


「お心遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、頂戴します」


 国見が丁寧に受け取ると、『頑張ってね!』と最後まで気遣ってくれた。

 女性が自宅に去って行くのを見届け、入るのを確認したあとで俺たちは動き始めた。


「重たくないか?」


「平気です」


「本当か?」


「正直に言うと……少し……」


「ほんじゃあ国見のゴミ袋も、俺が持つから」


「え?」


 半無理矢理ゴミ袋を掴み、自分に寄せる。

 引っ張り合うことも無く、向こうも素直に手を放してくれた。


「良いのですか……? わたしのも結構重いので、筋肉痛に響きますよ?」


「大丈夫だ」


《ダウト! 両足めっちゃプルプルしてるぞ!》


 そこは黙ってて。


「……ありがとうございます」


「いいって。でも、さすがにゴミは拾えないから、見付けたら中に入れてもらえるかい?」


「分かりました。それぐらいならできます」


「オッケー。じゃ、頼みまぁす」


 筋肉痛を堪えながら両手に少し重量のゴミ袋を持ち、二週目を開始する。

 担当サイドを交換し、俺が見付けた場合は国見を呼んで拾ってもらうよう決めてもらった。


 勿論、ゴミも雑草も見付からず、精々風で飛ばされてきたビニール袋や新聞紙などが少量落ちているだけだった。


 そして三十分後、二週目が終わった。


「お疲れ様でした」


「お疲れ様。じゃ、戻ろっか?」


「はい」


 今度は笑顔に似た表情が無かった。出来ればもう一回微笑んでもらいたかった。

 しっかし本当にゴミの量多いな。


 それだけマナーの悪い、それこそ道徳のなってない人間が多いって証拠か……。

 案外、部長の考えも悪くないんじゃ―。


 イケないイケない! 悪の科学者に洗脳される寸前だった!


《チッ》

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