刺激的な一日の終了




 〝五月病に注意ッ! 心が不安な時は先生か友達に相談ッ!!〟


 この時期によくある、精神的症状に関する注意喚起ポスターだ。

 正に今の俺にピッタリな内容であることは否定しない。

 その下には、『生徒会でも相談を受けます』とデフォルメされた会長の可愛いイラストが描かれていた。


 それを順番に一階、二階、三階に貼り出して全力で生徒会室に戻った。


「とても助かりましたわ。さすがワタクシが見込んだだけの人材ではあります」


「そうですか(ゼェーゼェー……)お役に立てて(ゼェーゼェー……)光栄です」


 早く帰りたい一心からポスター貼り作業を驚異の五分で終わらせたため、虫の息状態だ。

 そして会長を不機嫌にさせる事なく、学校から逃げるようにして帰路に就いた。

 時間は夜の七時半……いつもなら妹と一緒に晩御飯を食べている時間だ。

 スマホを見ると、メッセージ欄には妹からの確認メールが五分置きに受信されていた。


 心配してくれているのは有り難いが、こう何通も何通も受け取るとしつこく感じる。

 まあ、両親が共働きで食事の用意をしてくれているから、冷めるのが嫌なのだろう。

 早く帰らないと不機嫌になるだろうし、少し歩く速度を速めるか。


「ん、シロ?」


 後ろから聞き覚えのある声がした。

 振り返ると、琴葉がいた。


「やっぱシロだ~!」


「よぉ、部活終わりか?」


「そうそう、シロこそどしたの? この時間に会うなんて珍しい~」


「色々あってな……」


 途端、自然と大きな溜め息が出る。


「ふぅ~ん。あ、そう言えばさ、結局風紀委員に何の用で言ったの?」


「あ~……気にしないでくれ」


 もう今は説明するのも面倒臭くなった……。


「ありゃりゃ~、本当に疲れてるんだね」


 そりゃあ……朝は一度退学処分受けたし、国見からは邪険にされるし、科学部という狂った連中に狙われたし、最後は会長の本性知ってしまったしで……今日一日だけで脳みそパニックになりそうだ。


 明日からは三つの掛け持ちだから、これの倍は疲れるんだろうな……。


 自分で決めたこととは言え、少し欲張り過ぎた。

 明日の朝は風紀委員での服装検査、そこからいつ呼ばれるかも分からない生徒会活動、放課後は科学部で人体実験を受ける……自分で決めたとは言え、中々のハードスケジュールだ。


 しかもこの流れがずっと続くと思ったら大間違い。

 風紀委員の活動は朝だけではないし、昼休みに校内での違反チェックも当然させられるだろう。それは放課後も然り。


 生徒会も朝や放課後に活動して、最悪風紀委員の活動を離れて手伝いに行かなければならない。

 科学部の人体実験に至っては、下手すれば後遺症で翌日動けない体になる可能性が高い。


「…………」


 そんなマイナス方面なことばかり考えていたら、余計体が重くなった。


「は~、今日も一日楽しかったな~!」


「良かったな……」


 その元気九割ほど分けてくれ……。


「それに、明日からもっと楽しくなりそうなんだよね~♪」


「なんか良い事あるのか?」


「えへへ~、内緒~♪」


「あっそ……」


 最早疲労のほうが勝っているから聞く気にもなれなかった。


「あ、そうだそうだ聞いて!」


「なんだ?」


「今朝ね、登校中可愛い猫ちゃん見れたんだよ~!」


「そっか、良かったな……」


 返答も雑になっているのは自分自身でも理解した。

 だが琴葉は上機嫌に話を続けた。


「あと朝練中タイム計ったら結構速かったし、体育の授業でドッヂボールやった時に最後まで生き残って勝てたし、数学の授業中難しい問題のところ全然当てられなくて―」


 一日の出来事を話す琴葉の表情は本当に楽しそうだ。

 この幸せそうな表情で、いくらか疲労が取れた気がした。


 よし、俺も明日から頑張ってみるか……。


《明日五時起床だからな、寝坊するなよ?》


 はい……。


 黒瀬の一言で取れた気がした疲労が再び体に戻ってきた。

 そして俺は忘れていた。



 妹のために早く帰ることを。



 それに気が付いたのは自宅の玄関前に来たとき。

 汗はダラダラ、体はガチガチ、扉を開けた瞬間怒号と顔面に向けてのドロップキックが放たれたことは言うまでもない。


 このとき黒瀬は守ってくれなかった。薄情者……!


《自業自得だ》


 ごもっともです。

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