凍てつく眼差し

 外はすっかり暗くなっていた。


 この時間まで学校にいたのは久し振りだ。

 夜になっても活動する部があるのか、廊下の電気が点けられている。

 さっき階段で転んだ際に左腕を強く打ち付けたため、痛みを和らげるよう摩りながら生徒会室に向かう。


 時間は十八時五分、例え活動が終わっていても帰る支度があるからまだ残っているはずだ。

 校則違反ではあるが、少し廊下を駆けて生徒会室に向かう。

 予想通り、先ほど暗かった部屋に灯りが点いていた。

 ガラっと横に引き、入室時の挨拶を口にする。


「失礼します!」


 室内には、会長と船岡の二人がいた。

 レイアウトは風紀委員と同じく、長机四台が中央に設置されていて『□』に形作られている。


「あら、白石くん。どうされたのですか?」


「はい、少しお話がありまして」


「まあ、なんでしょうか?」


 またとないチャンスに、奥の席に座る会長の元に近寄る。

 姿勢を正し、自分の欲望を吐き出す。


「本日、風紀委員からも勧誘を受けまして、正直な話をしますと、そちらでも活動をしていきたいと考えているんです。その場合、生徒会と風紀委員の兼任の許可っていただけることは可能なのでしょうか?」


《科学部は?》


「あ、あと科学部もです」


《ついでみたいに言うな》


 ついでだもん、一番のメインは風紀委員だもん。


「それは、生徒会・風紀委員・科学部三つの掛け持ちをしたいと仰っているのでしょうか?」


「平たく言えばそうです」


「白瀬くん、凄いね……」


「まあね」


 表情を変えず、ブイサインだけしておく。

 さて、問題は会長の返答だ。


 YESか……NOか……。


「…………」


 口元に手を添え、考え込んでいる様子だ。

 三つの掛け持ちは無理があると思っているのだろうか……。

 さあ……どう来る……。

 そして数秒後、口元に当てられた手が退けられ、会長の視線が俺に向けられる。



「ご自身に支障が出ないのでしたら、構いませんわ」



 ニッコリ笑顔で言われた。

 瞬間、嬉しい感情が沸き上がりそうになったがそこは堪えた。

 今は拳をぎゅっと握り締め、その行動ひとつだけで済ませる。


「それより、よく〝あの人〟の下で働きたいと思いましたね?」


「あの人?」


「新田さんです。あんな男勝りな性格の女性、ゴリラと呼んでも良いでしょう」


 酷い言い様だ。

 生徒会長とはいえ、少し反論してやろうかと思うが、彼女の背中からドス黒いオーラが出てるのを感じ取り、口にチャックをする。

 二人の間に穏やかじゃない何かがあるな……。


「しかし、ひとつ疑問点がございます」


「なんでしょうか?」


「白石くんは、どれをメインに活動していくのでしょうか?」


「風紀委員です」


「あっさり言ってくれましたね……」


「白瀬くん、そこは生徒会って言わないと……」


「すみません。ですが、学園の風紀を守りたいと決意ができましたので、生徒会・庶務の名を背負いながら風紀委員をメインに活動していきたいんです」


《正しくは女のためな》


 本音だけどやめようか。


「そういうことでしたか……。それなら納得致しました」


「ホントですか?」


「えぇ、白石くんがそこまで学園のことを思ってくれていることに、ワタクシ感銘を受けました」


《これ本音知ったら殺されるパターンだな》


 かもしれない……。


「じゃ、じゃあ……良いんですか?」


「はい。ですが先ほども申しましたように、今後の活動に支障が出ないよう無理だけはしないようにしてくださいね」


「了解しました!」


「良かったね白瀬くん」


「ああ!」


 船岡のお祝いに素直に返事したが、先ほどの女子たちに囲まれてた光景がまた思い出されたからあとでもう一回中指立てておこ。


「それにしても残念です。他と兼任で、しかも風紀委員のほうをメインとするのでしたら、生徒会に顔出しする回数も少なくなってしまいますわね」


「それに関してはすみません。でも、行けそうであれば顔を出しには行きますので」


「そうしていただくと助かります。副会長さんとも会っていただきたいですから」


 俺は嫌だ……。


《俺もヤダ……〝アイツ〟だろ?》


 ああ、〝アイツ〟だ……。


 黒瀬も恐れる人物だから、同じ生徒会所属になるにしても出来れば関わりたくない。


「あ、良い事を思い付きましたわ」


 ナイスアイデアが浮かんだように会長が手を打った。

 恐らくこの時間帯で思い付く良い事は俺にとって良い事じゃないだろう。


「白石くん、今から広報活動をしてきてはくれませんか?」


 なぜそうなる……。


「なんでですか……?」


「決まっています。これから風紀委員でこちらの庶務が疎かになられては困りますので、今からその庶務の活動をしてもらいたいのです」


「本音は?」


「先ほど来客の対応などで疲れましたので全部やってもらいたのです」


 なんとも正直な人だ。でも―。


「すみません。これから用事疲れたから帰りたいがありますので帰らせて―」


 そこでガッと船岡が俺との距離を詰め、口を手で封じてきた。


「ん…………ッ!?」


(ダメだよ白瀬くん、会長の誘いを断っちゃ!)


 手を退け、俺にしか聞こえない小声で話し掛けてきた。


(は? どういうことだ?)

(あれあれッ!)


 船岡の死角になって見えなかった会長を、少し見える範囲まで覗き込むと。



「…………」



 凄い冷ややかな表情をしていた。


(なにあの凍てつく女王様風の顔……)

(あれが会長の怖いところ……自分の命令に従わない、即ち思い通りに動こうとしない人間を見るときの表情さ……っ!)


 ただの我がままじゃん。


(でもあんな表情されたからって、実際全身が凍る訳じゃないだろ? だったら俺は帰らせてもら―)

(周りをよく見て……)

(ん?)


 前後左右、限られた視野の範囲で周囲を見渡す。

 窓の外から……廊下から……今朝も見掛けた、黒いスーツに黒いサングラスを掛けたヤベーイ大人たちが一斉に俺を睨んでいた。


(……あれって)

(会長のところのSPさ。巨大財閥の令嬢だから常に張り付きまくりさ)


(マジか。で、会長に逆らうとあの黒服集団が何をしてくるってんだ?)

(僕も詳しくは知らないけど……去年会長の命令に背いた女子生徒が翌日行方不明になって―)


(処分されたのか?)

(いや……一か月後に無事に帰ってきた)


(良かったじゃねぇか)

(ただ……可憐で華奢だったその女子生徒は、黒光りのガチムチマッスルとして帰ってきたらしい……)


(え、それなら俺も黒光りのガチムチマッスルマンにしてもらえるのか!?)


 少し興味と期待が出てきた。


(それが……男子生徒の場合は、たった一日で男色家に目覚めさせられるらしい……)


 尻に恐怖を感じた。


《俺は御免だぞ……》


 俺だって御免だ!


(じゃあ素直に従ったほうが身のため……と?)

(うん……平和的に解決するには、それしかない)


 黒瀬、因みに黒服の人数は?


《見えて七、八人。ただ気配はもっとあるから徐々に増えてくぞ》


 お前の走力で逃げれそうか?


《無理だな。疲れた》


 暴れられそうか?


《見境なく暴れて良いのなら―》


(あ、黒服さん相手に昨日と同様暴れて逃れようなんて思わないほうが良いよ。家族が標的にされる)


 黒瀬くんストップ、俺頑張る。


 《チッ、つまらん》


 さすがに黒光りマッスルの妹と母親は勘弁だ。


(了~解……。ポスター貼るの手伝えば良いんだろ?)

(うん、正直僕一人でも出来るけど、会長が言うなら……ね)


 はあ……まあ二枚だけなら良いか。


(じゃ、オッケーってことで―)


 船岡の熱い吐息が離れた。

 あ~……気持ち悪かった……。


「会長、白瀬くん手伝ってくれるそうですよ!」


「あら、本当ですか? 嬉しいですわ」


 船岡が代弁してくれた。


 それを聞いた会長は微笑みを見せ、左手を軽く上げる。

 さっきまで浴びていた視線が一気に消えていくのを感じた。


「それでは、宜しくお願いします」


 会長からポスターを受け取り、貼る位置を聞き、俺は一人廊下をダッシュして広報活動を始めた。

 チキショー……帰りてぇ……。

 涙が止まらなかった。

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