持ち物検査と脅し




「持ち物検査って、不定期に行われてるんだな?」


 保健室に薬師堂兄妹を預け、教室に向かって廊下を歩きながら国見に問う。


「はい、日にちが決まっていると画策されますし、毎日行うと委員側の集中が切れて適当にしてしまう可能性が高いので、不意に行って不要品を回収していくようにしています」


「回収したモノは風紀委員が保管するのか?」


「いいえ、その教室の担任教師に回収したモノを渡します。私たちだけで全部を保管することは不可能だと判断されました」


「なるほどね。回収した不要品はいつ返すんだ?」


「放課後、持ち主が直接教師の元に出向き、返却させるようにしています」


 まるで機械と会話してるみたいだ……。

 質問にスラスラ答えてくれるのは嬉しいが、なんだか寂しい。


「とにかく、ゲームやら漫画やら、学校に不必要な娯楽品を回収すればいいだけの話だろ?」


「簡単に言ってくれますけど、中には嘘で乗り切り、人気の無い場所で取り出す人もいます。その際見付ければ回収はしていきます」


「お約束パターンだな」


「素直に朝のHRで回収されておけば減点一つで済むものを、見付かればまた減点されるのにどうしてルールを破るのでしょう……!」


「知らん。けど深く考えないほうが良いぞ。疲れるだけだ」


「そうですね。ありがとうございます」


 今のは自然と出たであろう、感情が込められたお礼に聞こえた。もっと言って。


「国見、あともう一つ聞いて良いか?」


「なんでしょう?」


「もしかして、一クラスずつチェックしていくのか?」


「勿論です。ひと学年二クラスしかないので、時間はそんなに掛かりません」


「ということは、一年終わったら二年、三年と行かなきゃならないのか……」


「いいえ。一年は、わたしと白石くん、二年は南先輩、三年は委員長の担当となっています」


「それなら俺がA組、国見がB組とそれぞれやれば早く終わりそうだな?」


「そんなことはしません。一人で活動させればアナタは何をするか分かりません。反抗する生徒を殴って無理矢理回収することも充分に有り得ます。ですので、監視期間が終わるまでは一緒に行動するようにします」


 信用されてないんだな……。


「さ、教室に着きましたので、その〝死んだ人のような顔〟を直して、風紀委員という自覚を持ってシャキッとしてください」


「〝死んだ人のような顔〟は余計だ……」


 嘘偽りも煽る気も無い正直な外見の感想を聞いて泣きそうになったのは久し振りだ。


「ん、B組? 順番的にA組からじゃなくて良いのか?」


「見慣れた人たちからしたほうが、緊張もしなくて済むのではないのでしょうか?」


「別に緊張はしてないぞ」


「そうでしたか。失礼しました」


 扉が横に開かれると、矢本先生がHRをしている最中だった。


「お、二人とも帰ってきたな」


 先生とクラスメイトの注目を一瞬で集める。

 あ、前言撤回。緊張してきた。


《よわ……》


 うるへぇ。


「先生、今から持ち物検査を行いますので、声掛けをお願いします」


「お、今日やるのか。分かった」


 承諾した先生が生徒一同に目を向ける。


「そんじゃあ今から持ち物検査に入る。全員風紀委員に従うように!」



「「「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」」」



 案の定大ブーイングが上がった。


「今日やるなんて聞いてねぇぞ!?」

「言ってないからな」


「なんで前もって言ってくれないんですか!?」

「みんなの不意をついて没収するため」


「三十路近いのに彼氏いないって本当ですか!?」

「うん、お前あとで裏来い」


 生徒の文句に明るく答える先生、そういう返し好きです。


「では、各自鞄の中身を出していただきます。勉学に不要な物があった際は、没収および回収をさせていただき、放課後担任から直接返してもらうようにしてください。当然減点対象にはなりますが、現時点で出せば一点だけで済みます。出さずに以降の時間帯で回収されることがあった場合は、二点の減点となります」


 教卓に上がった国見がスラスラ説明をしてくれた。

 以前まで適当に聞き流してきたけど、いざ活動する側になると、この盛大なブーイングの中しっかりハッキリ説明できる国見に対し、尊敬の感想が漏れそうになる。

 しかしその凄さも虚しく、協力的でないほとんどのクラスメイトには通じてないようだ。


「ほらみんな、納得いかないのも分かるけど、これも学校の印象を良くするためだから素直に応じてくれ」



『お前が今一番学校の印象悪くしてるじゃねえかッ!』



 膝付いて泣いた。


「そうだそうだ。不良ども撃退してくれたのは助かったけど、負傷者出しまくった学校だって噂が広まってるんだぞ!」


「つうか俺、昨日コイツのことちょいちょい見てたんだけどよ―」


《きゃ、ストーカー!》


 うるさい。


「喧嘩する様子もなかったし、寧ろ生徒会長のSP達にビビってたぜ」


 どこまで見てたんだコイツは……ストーカー?


「ということは、一昨日の喧嘩はまぐれで勝っただけで、白石って実は危険人物でもなんでもねぇんじゃねぇのか?」


「そしたらもう昨日みたいにビクビク怯えなくて良いってことだな?」


「なんだよ俺声掛けられたら金渡す勢いだったよ」


「今日から怯えなくて良いんだわ!」


「そうと分かりゃあ白石なんか引っ込め」


「引っ込めー!」



「「「引っ込め、引っ込め、引っ込め、引っ込め」」」



 集団心理とは恐ろしいものだ。こっちは何も発言してないのに話がどんどん進んで、最終的に俺が弱者扱いになった。


 危険人物と判断されなくなるのなら、それはそれで嬉しい。

 先週までの気軽に話せる仲に戻れるのだから。

 だけど何だろう……イラッときた。


 一部のクラスメイトが『引っ込め』コールで盛り上がり、先生と国見は呆れて物も言えず、黙り込んでいる。

 もう仕方がない。今日一回目になるが、あとは我慢すれば良い事。


 黒瀬。


《なに?》


 今からそこの野球部の持ってきてる金属バット持つから。


《えぇっと……あぁ、分かった分かった》


 言わずとも阿吽の呼吸で次の行動を黒瀬が理解してくれた。


 一番調子に乗ってコールする、前席の野球部くんの金属バットを許可なく取り―。


 頼む。


《おいよ》



 バキバキャバキキキベキボキグギリリピシペシャ



 その色んな擬音が混ざったプレス音でコールが止まり、全員が俺に注目し直す。

 先生と国見も驚愕から目を見開く。

 さっきまで八十センチあった金属バットは、黒瀬の怪力で左右からプレスされ、たった四ミリに変形した。


「亡くなった親父の……形見……」


 ぼそっと心に来る呟きで申し訳なく思い、黒瀬に次の指令を出す。


 戻して。


《ほいよ》


 そして黒瀬は厚さ四ミリにされた金属の塊側面に口元を当てる。


《ふっ!》


 肺に溜められた空気を口から一気に放出すると、あら不思議。

 バットが元通りになりました。ところどころいびつな形になっちゃってるけど。


 《もういいか?》


 良いぞ、あんがと。


 入れ替わり、室内を見渡すと、全員青ざめていた。

 そして俺はバットを見せ付け一言―。



「こうなりたくなければ素直に鞄の中身を出すように」



 B組に出席している生徒三十名が鞄の中身を出し終わるのに十秒掛からなかった。

 さらっと見ると漫画に携帯ゲーム機、化粧品などが見えた。


「国見、あとはどうすれば?」


「え、あ……っと、これから不要品の回収と減点作業に入ります。それまで机の上に手を持ってこないようにしてください」


 平常心を取り戻し、活動再開のため教卓の下に置かれている回収ボックスが取り出される。

 そんなもの仕舞ってあったのか……。


《知らなかったのか?》


 いつもボーッとしていたから気付かなかった……。

 お前は知ってたのか?


《地味に見て覚えてた》


 教えてくれよ……。


 そして、服装検査のときとは異なる『持ち物検査用』の用紙も、国見が用意してくれた。

 少し見せてもらうと、そこには過去、誰が何点減点されたのかが事細かく記入されている。


 因みに俺は過去0点、ゲームを持ってきたら黒瀬が興奮して暴れて静かに出来ないからだ。

 ボックスは俺が持ち、国見は用紙をファイルに挟んで記入担当を受け持つ。

 窓際前列から縦に移動し、回収していく。


 次々とボックス内が娯楽品で埋まっていく。

 後方からは、氏名と回収品を表に書き込んでいくペンの音が聞こえてくる。

 今日減点対象になったのは十七名、半分以上いっている。


 俺と国見、保健室で休んでいる紅葉、そして一人の欠席者も含めると三十四名だが、それでも半分だ。

 今回の手荒い行動一つで減ることを祈る。


「では先生、次はA組に行ってきます」


「お、おお。いってらっしゃい……」


 ボックスを手渡し、預けられた矢本先生はだいぶ混乱している。

 そりゃそうか。


「白石くん、行きましょう」


「はぁい。あ、塩釜しおがま。バットありがとな」


 さすがに持っていく訳にはいかず、最早バットなのかも判別できない物体を返す。


「親父の形見が……。親父の形見が……」

「うん、野球頑張れよ」


 涙を流す塩釜に一言添え、教室を出る。

 A組に向かうのかと思いきや、前を歩く国見が止まり出し、振り向いてきた。


「先ほどの件ですが―」


「ああ、傷付けてないけど力使って脅したんだ。一回目は認めるよ」


「いえ、あのままだったら皆さん持ち物検査を素直に応じなかったでしょう。行動は危険にしろ、スムーズに行うことができました。感謝します」


「お、おう。じゃあさっきのはノーカウント?」


「それはありません。一回目はキチンとカウントさせていただきます」


「へいへい……」


 褒めてくれたと思って油断したらコレよ。

 残り一、二回ぐらいか……さっきのは仕方が無いにしろ、感情的に黒瀬を呼び出すのは控えよう。平常心を保つんだ。



 そしてA組でも不意の持ち物検査をしようとしたところ、同じく大ブーイングを受けた白石白瀬くんは、黒瀬くんの力を使ってボウリング愛好会に所属する生徒のボウリング玉をペシャンコにし、見事持ち物検査をスムーズに行うことが出来ました。

 平常心ダメでした★


 因みに一時限目開始前にふとSNSを覗いたところ、『白石白瀬は悪魔』という呟きをタイムライン上で偶然にも発見してしまったことに改めて自身の先ほどの行いを涙しながら悔いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る