遅刻常習犯:部長

 始業ベルが鳴った。

 このとき俺の心は焦りに焦っていた。


「あのぉ~……チャイム鳴りましたけど、教室に戻らなくて良いんですか……?」


 通常、始業ベルが鳴った後に自身の所属する教室にいなければ遅刻扱いとなる。

 そのはずが、風紀委員のメンバーは未だ正門前から去ろうとはしていなかった。


「そう言えば伝え忘れてたな。服装検査の次は、遅刻者の取り締まりだ」


 会長との熾烈な服装チェック合戦に見事勝利した委員長が、清々しい表情で遅過ぎる連絡をしてきた。

 それにしても会長、すげぇ下着穿いてたな……。


《思い出すな。俺にまで共有される》


 こっちもこっちで、下着の色と柄を脳内に保存することを拒否した黒瀬との抗争に今勝利したところだ。


「きょ、今日もあの二人、ま、間に合いませんでしたね……」


「あの二人?」


『も』ってことは常習犯として扱っているようだ。


「ああ、科学部の二人さ」


「科学部……薬師堂兄妹のことですか?」


「なんだ、知ってるのか?」


「はい、自分も伝え忘れてましたが、昨日科学部からも勧誘受けましたので、色々脅されて入部させられました」


「自らの意思で入った訳ではないということはよく分かりました……」


「あの兄妹に目付けられて、よく生存できたな……」


 二人とも……人外を見るような目で俺を見ないで。


「た、大変ですね。三つも掛け持ちなんて……!」


「風紀委員メインでやるとは言え、体力的に大丈夫なんだろうな?」


「平気です。生徒会は雑用の時にしか声掛かりませんし、科学部に至っては新作の人体実験になってくれれば、毎日顔を出す必要は無いと言ってもらえました」


「よくそんな人体実験を受け入れてる現実をサラッと口にしましたね……」


 平然と言ったことに国見が呆れる。


「それで、遅刻常習犯の薬師堂兄妹は大体何時に登校してくるのですか?」


「もうそろそろだ」


 そろそろ? にしては駆けて来る様子も無いし……会長と同じで車登校なのか?



 ビュン



 それはまるでジェット機の音だった。

 微かに見た光景の記憶を懸命に思い出す。


 薬師堂兄妹は正面から来た……ジェットパックを着けて。


 正確に説明するとジェットパックを装着していたのは、兄の薬師堂先輩もとい部長だ。

 妹の紅葉は、兄と密着した状態で落下しないようベルトで固定されていた。

 どちらもゴーグルを着け、涼しく爽やかな表情をしていた。


 記憶はここで終わり。今は高速で正門を潜り抜けた二人を目で追う為、咄嗟に振り向く。


「今回は空中か……!」


 委員長が顔を顰(しか)める。


「今の……なんなんですか……?」


 登校方法が予想の斜め上過ぎて理解が追い付かなかった。


「以前取り締まった時は、ギリギリの時間で寝ても遅刻しない移動装置と説明された。まだ試作の段階らしいが……」


「そうですもんね……。遅刻してますもんね」


 あれで完成だったら開発者殴りに行ってた。


「毎度毎度、よく変えてきますね……!」


「い、以前は地中から……その次は水中から……あ、あと、空間歪めて登校して来たこともありましたね」


 三つ目なんて言った?


 南先輩が発した台詞も気にはなるが、詳細は覚えていたら放課後にでも聞こう。

 薬師堂兄妹に向き直ると、昇降口方面に直進すると思いきや、突如軌道を上に変えだした。


「ほぎゃッ!?」


 紅葉の驚いた声が聞こえた。


『お兄しゃま! 上! 上に行ってましゅ!!』

『ち、また調子悪くなったか。自動から手動に切り替える。紅葉、リモコンで操作頼む』

『了解しました!』


 黒瀬の聴力を頼りに数秒だけ入れ替わると、そのような会話が聞き取れた。


「とにかく、減点なのはいつもの事ですね」


 慣れたように国見が薬師堂兄妹の名前を名簿に書く。


「で、それで終わり?」


「まさか。キチンと指導していきます。最も、降りてきてくれればの話ですけど」


 国見が目線を上に向け、釣られて俺も視線を上げる。

 空中では、紅葉のリモコン操作が悪いのかジェットパックを着けた兄妹はランダムに回転していた。


『お兄しゃま! 上手くコントロールできましぇん!』

『ああもう! この機械音痴が! 昨夜操作方法教えたろ!?』

『わしゅれましたーっ!!!』


 今度の会話は黒瀬の力を借りずとも大きい声で叫んでいたため、普通に聞き取れた。


「薬師堂さんって、あんな声してたんですね……」


 隣で国見が意外な一面を見れたことに、静かに呟く。

 確かに、いつもの大人しい彼女の印象が強いから驚くのも無理はない。


「あ、あれじゃあ、注意できませんね……」


「となると……昼休みか放課後にでも呼び出して指導したほうが良さそうかも」


「それでも別に構いませんが、あの状況を見過ごす訳にもいきません。最悪の場合、軌道が逸れて教室に突っ込み、大惨事になる可能性が高いでしょう」


 冷静な分析ありがとうございます。

 未だ旋回を続ける兄妹。兄は必死にリモコンを取り上げようとしているが、パニックになった妹がリモコンを離そうとせず、かなり危険な状態となっていた。

 国見の分析通り、あのまま放置すればどこかの教室に突っ込み、負傷者を出すだろう。


「白石くん」


 名前を呼びながら委員長が隣に来た。


「アレ捕まえてきてくれ♪」


 そして笑顔で狂った頼み事をされた。


「委員長、冗談ですよね……?」


「本気だ。あの兄妹の実験も切り抜けてきたんだし、キミには常人離れしたなにかしらの力があると見込んでいる。それに、ここで捕まえたら麗奈だって少しは認めてくれるはずだ」


「そうですね。捕まえることができればですが」


「そんなこと言っても、あんな上にいてはジャンプしても―《届くぞ》届きます」


「ん、どっちだ? 文章おかしかったぞ」


「気にしないでください」


「と、届くんですか……?」


「有り得ない……と普通なら言いたいところですけど、先ほど生徒会長を守った際の瞬発力を見たら、跳躍力もあるのかと思ってしまいます」


「期待してるぞッ!」


「まっかせてください!」


《自信満々に言ってるけど跳ぶの俺だからな?》


 分かってるって。

 ただひとつ聞いて良いか?


《手短に》



 地球抜け出さないよな?



《全力でやらなければ出ない》


 可能なんだな……。


 数年以上コイツと付き合ってるけど把握してない能力が多々ある。

 今度時間があったら事細かく聞いてみよ。


 あ、そうだ。

 助走は必要か?


《一応ノーモーションでもイケるが、その時は脹脛にデッケェ力入れるから、戻った後もダメージ残るぞ》


 忠告どうも。どれぐらいの距離が必要だ?


《数メートル走ってくれればオッケーだ。あとは蹴って跳ぶ》


 了解、頼んだぞ。


 黒瀬の言う通り、十メートル前後まで下がり、走る姿勢を取る。

 そろそろ回転のし過ぎで紅葉の具合が悪くなり、リモコンの操作を誤って教室に衝突するか、壁に激突するかのお約束展開にまで来ている。


 部長も目を凝らして見るに、体内から込み上げてくる何かを抑えるのに必死になっている。

 顔が紫に変色しだした。

 俺は後方に下げていた片足を前に持っていき、そこから交互に地面を蹴り上げた。

 駆けている途中で黒瀬に交代し、あとは任せることにした。


 走るテンポを崩さず走り続けた黒瀬が、右足でスタート時よりも強く地面を蹴る。

 さっきまで近かった地面が一気に離れた。

 それほど飛躍したのだと悟る。


《近付いてきたぞ》


 黒瀬の一言に正面を向き直すと、薬師堂兄妹に数秒で手が届く距離まで接近していた。

 よし、良いぞ。ジェットパック部分掴めそうか?


《ああ。それで、どうすんだ? 外すのか?》


 いや、はずしても紅葉がパニくって操縦してるなら校舎に衝突し兼ねない。

 だから壊して機能停止させるんだ。


《あいよ》


 三文字で返事をした黒瀬は、ジェットパックの中央に躊躇なく拳を向け、外装を突き破り、手を中に入れた。

 無数のコードを馬鹿力で掴み、勢いよく引き抜き、その衝撃で数本を千切る。


 すると、プスンという擬音と共にジェットパックの噴射口は止まった。

 勢いが弱まり、喜ぶのも束の間、次が始まる。

 空中で勢いを失えば、当然来るのは重力に従った落下だ。


 薬師堂兄妹は回転を受け続けた結果、生気を失い、落下中でも悲鳴を上げることはなかった。

 勿論このあとも黒瀬に任せることにした。

 二人を固定するベルトを剥がし、それぞれ両脇に抱えて着地する。

 着地場所に罅が入り、浮き上がるほどのカッコイイ演出は残念ながら無い。


 取り敢えず、お疲れ様。


《ほいほい》


 黒瀬との交代を終え、兄妹を両脇に抱え直す。

 二人とも、分かりやすく渦巻き状に目を回していた。


「ふぇ~……」

「ヴァ~……」


 騒動が納まってから発せられる安心と疲労感たっぷりの声を聞きながら、委員長たちのところに戻る。


「一仕事終えてきました」


「ご苦労様、よくやってくれた!」


 委員長のお褒めの言葉……癒される!


《普通褒められんの俺の方じゃね?》


 まぁまぁ、幸せは共有しないと。


「ひ、被害も負傷者も出ませんでしたし、心配してた暴力騒動も起こってませんし、こ、これなら一週間監視しなくても、じゅ、充分風紀委員として活動していけるんんじゃ、ないのでしょうかね……?」


「来週までと決めたら来週までです。それまでなにが起こるか分かりませんから」


「は、はい……」


「しかし、被害を未然に防いだことは素直に認めます。お疲れ様でした」


「ははは、どうも」


 感情がこもってないが、国見から労いの言葉を貰うことは今後無いと思うし、素直に有り難いと感じておこう。


「それで、この二人どうします?」


 ぐったりする兄妹がそろそろ重くなってきた。


「ひとまず保健室に運び、目が覚めたら兄だけを呼び出して注意する。妹からは麗奈か白石くんのほうから軽く言っておいてくれ」


「分かりました」


「オッケーでーす」


 軽い返事が癪に障ったのか、国見に睨まれた。


「そ、それじゃあ時間も時間ですし、きょ、教室に戻りましょうか……!」


 校舎の時計を見ると、始業ベルから十分進んでいた。

 ようやく教室に戻れる。席に着いたらぐったりしよ。


「そうだな。早く戻らないと持ち物検査の時間が無くなるからな」


 …………今なんて?


「麗奈、白石くんと一緒にそのアホ兄妹を保健室に運んだら、持ち物検査の説明をしておいてくれ」


「(げぇ~)分かりました」


 今数秒間だけ露骨に嫌そうな表情してなかった?


《つうかまだ仕事あるのか》


 それは俺だって言いたいさ。


 服装検査、遅刻者取り締まり、おまけに持ち物検査と来たもんだ。

 学園漫画ではよく目にしてた内容だけれども、実際やる側になるとハード過ぎていずれ体が追い付かなくなりそうだ。


 今になって、生徒会と科学部が強制参加契約じゃないことに感謝する。

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