ストレスの原因




 黒瀬が生まれた原因は、コハ姉の暴力を受け続けた過度なストレスからだ。


《え、回想入るの?》


 入るよ。

 大事な部分だもん。


 物心が付いたとき、コハ姉は既に隣にいた。

 最初はよく一緒に遊んでくれる女の子として認識し、一歳上と言われても意識せずに同年代感覚で遊べた。


 そんな平和な日常が一変してしまったのは小学生の頃だ。


 当時テレビの影響で空手を習い初めたコハ姉は、入門数日で天賦の才が開花し、年齢の制限上、段は取得できなかったが着々と力だけは上昇していった。

 自重の五倍はある石を持ち上げられたと聞いたときはさすがに驚いた。


 そこから俺の地獄が始まった。


 コハ姉は好意を寄せている相手から『嫌』『無理』などといった短く拒否する言葉が幼少期から大嫌いだったという。


 空手を習う前は玩具を投げたり、身近な物で叩く程度であったが、力を身に付けてから対応が一変してしまった。



 白石白瀬メモリアル―。



【小学校時代①】

「ねぇ、シーくん。コハルと結婚して」

「え、無理―」

 気付くと自宅から近所の公園まで飛ばされていた。

 全身打撲で全治三週間、辛かった。



【小学校時代②】

「ねぇねぇ」

「なに?」

「チューしよ?」

「嫌だ―」

 気付くと隣町まで飛ばされていた。

 着地に失敗して突き指した。



【小学校時代③】

「シーくん!」

「……はい?」

「一緒にお風呂入ろ?」

「ヤダ」

 気付くと隣県にいた。

 歩いて帰るのにかなりの体力を使った。



【小学校時代④】

「シーくん! シーくん!」

「…………ッ!」

「大好きって言って!」

「む、無理です……!」

 さすがに国外まで飛んだときはどうしようかと思った。

 貨物船に隠れて帰ってこれたから良いものの。



 こんな日常を送り続けた結果、俺は身体的にも精神的にもボロボロになっていた。

 部屋から出ることが怖くなり、小学校五年生辺りから部屋に引き籠るようになり、学校にもほとんど行かなくなった。


 そのとき、もうひとつの人格〝黒瀬〟が現れた。


《俺、参上ッ!》


 うん、黙ってて。


 現れたもうひとつの人格は、普段の俺からは想像もできないほどの暴力性があり、クラス内で最強と言われたガキ大将を平伏させるほどだった。


 当初意識は共有されてなく、気付けば相手が目の前で泣いて謝っていた。

 これならコハ姉の技も怖くない……それが甘い判断だった。



《余裕で負けました★》



 そう……黒瀬が持つ能力を持ってしても彼女には勝てなかった。


 意識が入れ替わり、目を覚ますとアフリカ方面まで飛ばされていたこともしばしば。

 そこで襲撃してくる野生動物たちを黒瀬が撃退し、手懐けて帰ってこれたのは今でも良い思い出だ。


 それから幾度とコハ姉の怒りを買った際は黒瀬が勝手に出るようになり、その度に様々な場所に飛ばされたが、受け続ける毎に防御態勢を覚えてくれた。


 その結果、小学校高学年の頃には遠くまで飛ばされることはなくなった。

 時折制御不能に陥るときがあるけど、黒瀬が現れたことには感謝している。


 もし現れてくれなかったら最終歴が幼稚園卒になって、人生のどん底に浸っていただろう。

 結局二人して今でもコハ姉を怖がっているのは変わってないけど……。

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