部長の妹と昼食

 昼食は委員長と二人で取ることになった。


 理由としては、周囲が終わった頃に一人教室で弁当を開けると、数人が注目してくるため恥ずかしくなるから……だそうだ。


 気持ちはまぁまぁ分かる。


 幸い二人ともお弁当持参勢、ただ中身は対照的だった。


 委員長が持って来たお弁当の中身はとても彩りが良い。

 数えて大体六色の食材が入れられており、栄養バランスが良さそうだ。


 一方俺はというと、昨晩の残ったおかずと冷凍食品を温めてそれっぽく詰め込んできた半分茶色のガッツリ系お弁当だ。


 以前は妹に作ってもらっていたが、作る時間よりも早く登校するようにった為、さすがに『それよりも早く起きて作って』なんて、とても言えない。


 今日の帰りに本屋寄って、お弁当のレシピ本でも買ってこよ。


 しかし意外と委員長からの評価は高かった。


 正直委員長も、俺のようなガッツリ系お弁当を作りたいのだが、体系を気にしている年頃ということで我慢の最中だという。


 それを聞いてお弁当の交換を冗談(本気八割)で口にすると、目を輝かせて承諾してくれた。

 委員長が作ったお弁当を俺が食べ、俺が作ってきたお弁当を委員長が嬉しそうに食べる。


 なにこの幸せ……俺もう、いつ死んでも良いや……。


 委員長と俺の距離が、一歩近付いた気がした……。



 …………。

 ………。

 ……。

 …。



 という妄想終了。


《気持ち悪かったぞ》


 うるせ。


 昼休みの活動が終了すると、委員長は普通に自分の教室に戻っていった。


 そう、〝普通〟に……。


 ポツンと一人残された俺も、渋々自分の教室に戻って遅めの昼食を取るようにした。


 扉を開けた瞬間、室内は沈静した。

 これに関しては昨日味わったため、大したダメージにはならなかった。


 今日に至っては今朝の事もあるから、余計に警戒されている。

 席に座ると、数秒間沈黙が流れたが、また元の賑やかな雑談が聞こえてきた。

 もうこういう時は空気として扱ってくれることが正解だ。


 でも泣きそう。


《情緒不安定か》


 黒瀬、会話しながら食べよ?


《口に入れてる最中は俺もモグモグタイム入るぞ》


 それでも良いから―。


 と、食事前にしょっぱさを味わっていたら、肩を指で小突かれる感覚がした。

 横を向くと、紅葉が立っていた。


 今朝はツインテールに結っていたのに、今はほどいてある。

 そして昨日見た元気な雰囲気とは違い、見慣れた大人しめの表情でニッコリ笑って俺を見詰めている。


「よう、大丈夫だったか?」


「(コク)」


 何も言わず、ただ軽く頷いた。

 なるほど、これが無口を貫くオフモードか。


「で、何か用か?」


 お弁当を広げながら聞くと、無口時にいつも使用している桃色のタブレットを取り出し、文字を打ち始めた。


〈今朝はありがとうございます。とても助かりました〉


 パッと見せられた文字を読む。絵文字も使われていて、とても可愛く感じた。


「その事か。いいって、気にするな」


 すると紅葉が再度画面を自分のほうに向け、文字を打ち込み始めた。


〈今からご飯ですか?〉


「そうだよ。風紀委員の活動で午前中大忙しさ」


 主にコハ姉で。


〈ワタシも先ほど目を覚まして昼食を取ってないのです。一緒に取りませんか?〉


 お誘いの文字を見せてきた紅葉は、教室で一回も見せたことのない満面の笑みを浮かべてきた。



『え、なんで薬師堂さんがムゲンクソ野郎にあんな微笑みを……!?》

『めっちゃ可愛い……。羨ましい……』

『私たちの可愛い〝天使ちゃん〟を……ハイパームテキ屑男、許せない……ッ!』



 紅葉に話し掛けた時点からクラス中の注目を集め、嫉妬の〝がや〟が聞こえ始めた。

 昨日から続くアダ名に関してはもう何も気にしない。



 朝のHRでは普通に呼んでくれていたのに……なぜ?



 薬師堂紅葉はその可愛らしさから『天使ちゃん』と呼ばれることもある。

 さっきの笑みを見て、そう言われていることに納得した。


 とにかく、こんなに可愛い子からお誘いを受けたのであれば断る理由なんてない。


「良いよ」


 承諾の返事を言うと、紅葉がニコニコしたまま文字を打ち、見せてきた。


〈やったー!〉


 …………かっわいッ!!!!


 心が寂しかった分、尊さが一気に吸収されてショートした。

 ここが自室だったらその場に倒れて悶えてるはずだ。


〈じゃあ、机くっ付けましょ?〉


「え? な、なんで?」


〈向かい合わせのほうがタブレットの文字も見えやすくなりますし、なにより楽しいじゃありませんか♪〉


 一切心が闇に支配されていない純粋な表現が、矢となって心に集中的に刺さっていく。


 あ、この子天使です……間違いなく天使です……!。


 周囲がハンカチを噛んで悔しがっているのが嫌でも分かった。

 視線を独占しつつ机をくっ付け、向かい合う。


 ヤバい……。真面に正面見れない……!

 以前まで何とも思っていなかったのに、今は目の前にいると思うとドキドキして顔を上げられない。


〈それじゃあ、いただきます!〉


「い、いただきます……」


 お互いお弁当のフタを開ける。

 俺は先ほどの妄想と同じ、昨晩のおかずと冷凍食品を詰め込んできた半分茶色のガッツリ系お弁当だ。


 一方、紅葉の持ってきたお弁当の中身は……。



「ウェ……ッ!?」



 思わずヘンテコな声が出た。



 白米、トンカツ、唐揚げ、ハンバーグ、エビフライ、焼き魚、焼きそば―。



 …………俺よりも数倍男らしいガッツリ系弁当だった。


 てっきり部長のと間違えたのか? と一瞬でも疑ったが、本人は躊躇いもせず食べ始めたため、真実であることが明らかとなった。


 見ているだけで胸焼けしてくるおかず達を前に、数分前まで抱いていたドキドキの心はどこへ行ったのやら……恐らく旅に出ました。


 周囲は左程驚いた様子はない。


 あ、そっか。


 一ヶ月間ず~っと茶色い中身を見続けてきたから目が慣れたのか。


 俺だけか、見てなかったのは……隣の席なのに。


《お前昼食になるとテラスで弁当食うか購買行って屋上で食うかばっかだったろ?》


 そうでした★ そりゃ見逃すのも当然ですわ★

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