デカい……!!

 午後のHRが終わり、教室を出る。

 その間俺に話し掛けてくるクラスメイトは一人もいなかった。

 教師も席の順番で問題の解答を指名していたのに、俺だけ飛ばされた。

 ここまで気分が悪くなる学校生活は初めてだ。


 まあ過ぎたことをいつまでもウジウジしてると幸せが逃げるって、一昨日ゴミ捨て場で嘔吐しながら泣いていた中年サラリーマンが口にしてたから忘れるとしよう。


 今は風紀委員の活動教室を見付けるのが先決だ。


《結局行くんだな》


 当然。

 まだ考えまとまってないけど。


《ま、好きにしろ》


 そうさせてもらう。

 呆れた様子の黒瀬を余所に、目的地に向かおうと歩を進める。


 しかし、来てくれと言われたは良いものの……場所を聞き忘れたことを思い出す。

 何度か新田先輩をこっそり付けたりして見ていたが、結局彼女にしか集中していなかったため正確な場所を覚えていない……そもそも何階だったかも把握していない……。


《変態の目線って怖いな》


 黒瀬がなにか呟いた気がしたが、無視する。


 それから国見に案内を頼むが、全力で睨まれながら断られてしまう始末。

 なら後を付けて行こうと画策するも、逃げられる撒かれるで見失った。


 適当に見付けようとすると迷うと判断し、一度教室に戻り担任の矢本先生に聞いたが説明が下手くそ過ぎた。

 脳内でイメージマップ展開させたら危険区域の崖下まで案内されたのはさすがに衝撃的だった。

 他の教師や同級生に話し掛けようにも、俺が距離を近付けようとすると全員早歩きになって去っていった。


 それなら船岡に聞こうとしたが、女子たちに囲まれていたから中指だけ立てて去ってきた。


 さて、どうしたものか。


 一階廊下を歩きながら考え込む。

 こうなれば、時間は掛かるが全校舎冒険の旅でも―。


「あれあれぇシロ、なにやってるの?」


「おお、琴葉」


 ジャージ姿の琴葉と廊下で会う。


「部活中か?」


「そうそう、飲み物教室に忘れちゃったから取りに戻ってきたの」


「なるへそ」


「あ、そうだ!」


「急に大声出してどうしたよ……?」


「忘れてた。シロ~、生徒会に入ったんだってね?」


「ああ、これから宜しくな」


「えへへ~、宜しく♪」


 どうしてか上機嫌であった。


「あれあれぇ、でも今日生徒会の活動無かったよね……なんでまだ学校にいるの?」


「風紀委員の教室を探してるんだが、見付からなくてな」


「風紀委員なら二階にあるよ?」


「ホントか!?」


 なんとまあグッドなタイミング!


「うんうん、二年の先輩たちに会いに行くときよく前通るから」


「助かったよ、琴葉ありがとう!」


 どうにか長時間の冒険はせずに済んだ。


「ていうか、なんで風紀委員に行くの? は!? まさか……昨日三年生たちをボコボコにしたから減点されまくって反省文書きに行くの!?」


「考えすぎだって。用があるから行くだけだ」


「へぇ、そうなんだ」


「つうか……琴葉は大丈夫なのか?」


「ん、なにが?」


「そんな暴力野郎と一緒に話してて……」


「だって、小学生の頃からシロの凶暴性は見てたし、今回の件も、多分シロが自分の身を守るためにやったことなんだなって思ったからね。アタシはシロが普通に優しい人ってことを知ってるから、敬遠なんてしないよ」


 嬉しさで涙が出てきた。


《良い子じゃねぇか。あの女と関係近付けられなかったらこっち手出したら?》


 最低だなお前。


「え、なんで泣いてるの!?」


「うん、目になんか入った……」


「バクテリア?」


「死ぬ。てか、呼び止めておいてなんだけど、部活大丈夫か?」


「あーそうだそうだ! ごみん、もう行くね!」


「おぅ、ありがとな」


 琴葉が早足に去っていく。

 俺は近くの廊下中央に位置する階段を上がり、二階へと来る。

 廊下は一階と同様静かだ。


 二年生の教室は二クラスとも無人、恐らく風紀委員長である新田先輩が居残りさせないよう声を掛けたんだろう。分からんけど。

 教室のルームプレートに目を向けつつ廊下を歩くと、ようやく見つけた。



【風紀委員室】



 大々的に活動しているなら、専用のルームプレートを付けている―その予想が見事に当たった。

 扉の前に立ち、ノックの準備をするため片手を構える。


 緊張してきた。

 いざ自分一人で見知らない教室に入ろうと思うと体を動かすのが難しい。


 さっきまで何気なく呼吸をしていたのに、緊張からか吸うのも吐くのも力を使う。

 この姿勢になって大体一分近くになるか?

 傍から見たら不審者だ。

 幸い風紀委員室は内側からカーテンが掛けられ、外部からの視線が入らない形式になっている。もしカーテンが無ければもっと不審者扱いされてるだろう。


「よし……ッ!」


 意を決してノックをする。



 コン、コン、コン……。



 三回のノック音が無人の二階廊下に静かに響く。

 そして……。



 …………。

 ………。

 ……。

 …。



 返事なし。

 ん~?

 再度ノックをする。



 …………。

 ………。

 ……。

 …。



 再び返事なし。

 もしかして、下校時刻だから部活以外で居残りしている生徒がいないかどうか取り締まりに行ってる最中なのか?

 だったらしばらくここで待つことにするか。その内来るはずだ。



 ガラッ



 拍子抜けた瞬間に扉が横に開いた。


「…………」


 そして言葉を失う。

 てっきり新田先輩か国見かと思いきや、室内から出てきたのは別の女子生徒だった。


 髪型はポニーテール、しかも新田先輩と引けを取らないほどの綺麗な髪質だ。

 端麗な顔ではあるが、表情は疲労感満載だ。目の下の隈がはっきり見えている。


「え、えっと……な、なにか用ですか?」


 妙におどおどした話し方だ。


「…………」


 俺が言葉を失ったのは、初対面の女子を前にしたからではない。



 デカいんだよ……。身長がッ!!!



 直立のまま女の子を見上げるのは久し振りだ。小学生以来か?

 クラスメイトに180cmの男子はいるが、それを軽く超している。

 表情だけなら同身長でも普通に接することはできるが、これだけデカいと圧倒的な威圧感で押し潰されそうだ。


 新田先輩の隣で一緒に活動しているのは知ってたし、身長差から確かに大きいとは遠目で見てたけど……まさかここまであったなんて。


「あ、あの……用が無いのでしたら……も、戻って良いですか?」


 彼女から低い声音で質問を受けるも、頭に入ってこない。


「でか……」


 気付くとその一言が自然と口から出ていた。



「…………(グス)」



 …………え?


 俺の正直な感想を聞いた彼女が、突然涙を浮かべ始めた。

 そして―。



「ふえぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」



 案の定泣かれた。

 正直な一言が彼女の心を傷付けたようだ。

 無人の廊下だから泣き声が一層響く。


《女の子泣かしたな、悪いお・と・こ♪》


 うるせえハゲ黙ってろゴミ屑腐ったバナナの皮野郎。


《そこまで言わなくても……》


 とにかく今はこの人を泣き止ませないと。

 けどどうしたら良いんだ?

 この年代の女性を泣き止ませる方法なんか知らないぞ。

 玩具やお菓子で泣き止むなら今直ぐ買ってくるけども、そうはいかない。

 だからと言って高額なモノは買えない、金欠だ。

 どうすれば良い……こんなところ、先輩か国見に見られたら―。


「なにをしているのですか……?」


 国見麗奈さんご登場、タイミング悪いなぁもうッ!


「お、白石くんじゃないか」


 そして新田先輩もご登場、最悪だ……。


「来たってことは、生徒会のほうを退部でもしてきた感じか?」


「い、いえ、まだ考えはまとまってませんけど、興味があったので来ました」


《正しくは女》


 黙ってよっか。


「そっか、でも興味を持ってくれたのは嬉しいぞ」


 決して仏頂面する訳でもなく、また気さくに返事してくれた。

 新田先輩の普段の寛大さが窺える一瞬だ。


「ところで白石くん、楓を泣かせたのか?」


「一階まで響いてきましたよ……。白石くん、南先輩に何か言ったんですか?」


「あ……はい。見た目について正直な感想を一言……」


 そう言うと二人は『はぁ……』と深い溜め息を吐いて片手で顔を覆う。


「この子は高身長をコンプレックスに感じているから、正直な感想はタブーなんだ」


「そ、そうだったんですか……」


 こんなに背が大きいのにコンプレックスだなんて贅沢な……。

 俺だったら自慢するのに。

 価値観が違うってことだけ理解しておこう。

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