風紀委員長の辛酸

 新田麻美は風紀委員の腕章を着けながら、中庭の巡回を進めていた。

 時間帯が昼食時であったため、ほとんどの生徒が食事を取っていた。


 みんな幸せそうだ……。


 楽しく雑談しながら食事をする光景を目に、率直な感想が思い浮かび、自然と微笑みが出る。

 白瀬が暴れる以前は、西が率いる不良生徒たちがカツアゲやパシリをするために校内をうろつき、それを阻止するので大忙しであった。


 殴られた経験もあり、酷いときは一週間右目が腫れてしまった。

 勇猛果敢に立ち向かう麗奈も、三回ほどアイツらに張り倒され、嘲笑され、放課後一人で教室に残って涙を流していた姿を目にした。


 心が折れそうになり、次痛い目に遭ったら麗奈と楓も連れて一緒に辞めようと考えていた。

 そんなことを考えながら教室内で待機していた。


 本来であれば巡回する時間だが、ヤル気が削がれ、麗奈にも『ゆっくりしてて良いぞ』と職務を放棄するよう促してしまった。

 そのとき、ボンバーヘアーな生徒が駆け込んできて―。



「一年が三年にやられそうだ。助けてくれ!」



 と、必死な形相で懇願してきた。


 素直な気持ちとして、麻美は行きたくなかった。

 無力な自分たちでは到底敵わない。襲われている一年を例え助けたとしても、いつ復讐に来るかが分からない。


 恐怖に脅える毎日を繰り返すなら、自分たちが行かず教師や警察に任せれば良いと思った。

 しかし、一早く麗奈が現場に向かうため立ち上がった。

 委員長である麻美よりも、まだ一年の麗奈が飛び出していった事実を前に恥ずかしくなり、気付けば自分も教室を飛び出していた。


 だが現場は予想外の出来事が起こっていた。


 向かう途中、校舎裏から何かが上空に打ち上げられた。

 目を凝らすとそれは人だった。しかも三年、西の仲間だ。


 次々と上空に打ち上げられていく不良生徒たち、彼らは今どこにいるのか未だ不明である。

 そして騒ぎを聞きつけた矢本教諭、八乙女生徒会長と船岡会計、倒れていたリーゼントに液体を提供していた科学部の薬師堂兄妹、そして麻美と麗奈が校舎裏に来たとき、事態は騒然となっていた。


 壁に生徒が埋め込まれている。飛ばされた靴で更に数名平行に飛んで行った。

 最後、泣き脅える西の顔をぐるっと優しく後方に回した。

 全員の目に映った一人の人物、それが白石白瀬だった。



《ウケケケケケケケケケケケ……》



 ドス黒く塗り潰された顔に、赤く輝く目とギザギザな口、不気味な笑い……まるで悪魔だ。

 しかしその黒さが常人の肌色に戻ると、周囲を見渡し、苦い表情を浮かべた。


 矢本教諭に声を掛けられた途端、彼は逃げた。

 茫然と見ていた麻美だったが、直ぐに現状を把握し、矢本教諭から白瀬について情報を聞き出した。


 そして勧誘し、現在に至る。


 あの騒動が無ければ、今頃麻美は風紀委員を辞め、責任を放棄した不安で不登校になっていたかもしれない。

 麗奈は断固として残っただろうが、いずれ何をされるか分からない。

 楓も残るとは思うが、麗奈と反りが合わずに辞めるのは目に見えている。


 だから何としてでも白瀬を風紀委員に留めたい。

 本来なら来週までの監視期間も取り下げたいが、それを提案しなかったら麗奈が辞めていただろう。暴力の恐怖はあの子もよく知っている。

 白瀬を受け入れたくないのも気持ちは分かる。

 だが戦力を失う訳にはいかない。そのため、回数制限と監視付きで一週間の期間、守れるかどうかの案を出した。


 既に朝の段階で二回使ったと報告は受けたが、あと一回だ。

 大丈夫、なにも無ければ期間なんてあっという間だ。

 内心で自信を持たせた麻美は、巡回場所を中庭から校舎裏に移す。


 ん? 今三階から悲鳴が……まぁ良いか。


 西たち三年がやられた場所は、現在工事中となっている。

 仕方なく進路を変え、実習棟の校舎裏に向かう。


 すると、


「おい、なにしてる!」


 麻美が語気を強くして言った。


「げ!?」


 見ると隣のクラスの男子生徒だ。手には携帯ゲーム機を持っている。

 麻美は早足で距離を詰めた。


「学校に不要な物は見つけ次第没収だ。それをこちらに渡せ!」


「ちょ、勘弁してくれよ。この時間帯しか行けないダンジョンがあって―」


「なに訳分からんこと言ってんだ。まったく、楓めぇ……キチンと回収しなかったな?」


「へっへぇ~あらかじめ部室に隠しておいたんだよ~」


「それ言っちゃって良いのか?」


「しまったぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「アホか……。とにかく没収だ」


「待ってくれ! もうちょっと、もうちょっとで終わるからさ!」


「お前、私じゃなかったら大変なことになってたんだぞ……?」


「は?」


「お前も知ってるだろ? 一昨日、三年生数名を撃退した一年が今日から風紀委員に入ったことを」


「だ、だからなんだよ……?」


「その一年に見つかって抵抗でもしたら、大変なことになってたぞと言いたいんだ。命があるときに無駄な抵抗はしないで、さっさと渡せ」


「た、大変なことって、どうなるんだよ!?」


 脅えてるのか意気が良いのか分からない態度に、麻美は呆れる。


「そうだなぁ―」




 ドシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!




 丁度よく麻美と男子生徒の間を、誰かが校舎を突き破って飛んできた。


 はぁ……最後の一回使ってしまったか……。

 またもや呆れる麻美とは反対に、人が壁を突き破って飛んできた現状に男子生徒は脅える。

 その様子を見て、麻美は冷静に口を動かし、土煙で姿は見えなかったが、飛ばされてきた被害者を指差し―。


「あんな感じになる」


 すると男子生徒はゲーム機を無言で麻美に渡し、一目散に逃げて行った。


「放課後職員室に取りに来るんだぞー!」


 逃げる男子生徒に大声で伝える。

 伝わったかどうかは不明だ。


「さて、誰が犠牲になったんだか……」


 そして一仕事終えた麻美は、土煙で隠れる人影のもとに向かう。

 何年の誰が白瀬を怒らせたのか。しかもこれで今日の回数分は終わり。

 仮に四回目を振るうようであればそこでアウト。残念だが辞めてもらうしかない。


「おーい。大丈夫か?」


 白瀬の今後が不安だが、今は被害者のほうに目を向けるのが最優先だ。

 土煙が徐々に無くなり、誰だかが見えてくる。


「は!?」


 その正体に麻美は驚愕する。



「白瀬!?」



 校舎を貫通し、吹き飛ばされてきたのは、加害者と思っていた白瀬だった。

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