ありがとうな……




「ほら、口を開けろ」


 これは幻覚かなにかか?

 委員長が、ケーキを俺に食べさせようとしているだとッ!?


《おい、心臓ヤバいぞ》


 当たり前だ……。この状況……ドキドキせずにはいられないッ!


「…………あ、あ~」


 恐る恐る口を開ける。そして―。

 柔らかい食感と、クリームの甘さが口内に広がった。


「あはは、顔真っ赤にして。ひょっとして、照れてるのか?」


「…………はい」


「あはは、面白いヤツだな」


 恥ずかしそうに咀嚼する俺を見て、委員長が笑顔になる。

 もう……いつ死んでも良いです。


《やめろバカ》


 最早黒瀬がなにを言っているのかも理解できない程に緊張が止まらない。

 何も気にしてない委員長は、そのまま俺の口に入れたフォークでケーキの一部を取り、自分の口に入れた。


 あれって……関節キス……だよな?

 本当に心臓が爆発しそうだ……。


《俺が突っついたら破裂する寸前だぞ?》


 黒瀬がなにか恐ろしい発言をしたようだが、聞き返さない。

 それから委員長は、ケーキを平らげると、今度はシュークリームを袋から取り出して食べ始めた。

 さすがに今度のはくれなかったか……。


「ん~♪」


 美味しそうに食べている表情は、とても幸せそうだ。


《なぁ?》


 なんだ?


《お、やっと返事できるようになったか》


 わりぃ、緊張して聞き取れてなかった。

 で、どうした?


《ハンバーガー食べたくなってきたから、食ってくれ》


 はいよ。

 黒瀬のご希望で、ハンバーガーを取り出す。ていうかお前、味共有されないぞ?


《後味だけでも味わいたいだけだ》


 なるほどね。


「お、それも美味しそうだな?」


 シュークリームを食べ終えた委員長が、注目してきた。


「食べますか?」


「良いのか?」


「はい、自分はカツサンドがありますから」


「お、じゃあお言葉に甘えて」


 取り出したばかりのハンバーガーを、委員長に渡す。


《おーい!》


 叫ぶなって。

 帰り買ってやるから。


《絶対だぞ。絶対だからな!》


 はいはい。


「ん~、これも美味い♪」


 また幸せそうな表情が見れるんだ。

 これと比べたら、黒瀬にハンバーガーの一個や十個買うなんて安いもんさ。


《へぇ、財布オケラのくせに?》


 じゃあ廃棄処分貰って帰ろうか。


《はいすみませんでしたそれだけは勘弁してください》


 冗談だ。

 それにしても、不思議なもんだな。


《なにがだ?》


 入学当初は、お前を公に出さず平穏な学校生活を望んでたのに、あのときお前が暴走してから……日常が一変したんだよな。


《そだな》


 お前が暴走してなかったら、この笑顔も見れなかった……って思ってよ。


《…………》


 さっき、感謝しろって……お前言ってたよな?


《…………おぅ》




 ……ありがとな。




《…………》


 お前が暴走した翌日は、学校に行くのが怖かった。

 でもそれは、俺の一方的な被害妄想に過ぎなかった。


 確かに俺たちに脅える生徒もいるけど、全員が全員そうじゃなかった。

 琴葉も、船岡も、コハ姉も、普段通りに接して来てくれた。


 それだけじゃなく、委員長に会長、部長から勧誘を受けた。

 間違ってたのかもな……。お前を出さないようにすることを……。


《…………》


 わりぃな。制御できるようになってから、お前を押し込むような真似しちまって。


《…………》


 黒瀬?




《…………気持ち悪》




 よぉし、全部撤回だ。

 いつでも良いぞ、くたばれ!




《そんときは道連れだ!》


 上等だ!

 どっちが長く生きれるか老後まで勝負だ!


《…………ッ!?》


 どした?


《この勝負……負けそう……!》


 え、なんで…………まさかッ!?



 ガラッ



 教室の扉を、誰かが開いた。


「シーくん♪」


 コハ姉が入ってきた。

 手にはコンビニの袋がぶら下がっている。


「い、岩沼。どうして?」


「えぇっとですねぇ、二人が教室で打ち上げするって聞いたのでぇ、混ぜてもらおうと来ちゃいました~!」


「ふざけるな。今は風紀委員メンバーだけの慰労会だ。部外者は立ち退いてもらう」


「部外者って酷いですねぇ。掃除手伝ったじゃないですか~?」


「それは自ら希望しての活動だろ? とにかく、今は白瀬と楽しく食事してるんだ。さ、出てった出てった」


「…………(チッ)」


 あ、ヤバい……。


「それじゃあ~―」


 委員長を避けたコハ姉が、〝笑顔〟でこっちに歩み寄ってきた。


「今からぁ、生徒会での慰労会を始めるのでぇ、シーくん持っていきますね~?」

 人の二の腕をギュッと掴んで連れ去ろうとした。


 しかも握力が半端ない。コハ姉が力の加減を間違えれば〝左腕だけ〟持っていかれる。


 黒瀬、防御態勢を──。


《じゃばばっばっばばばっばばっばばばっばばばばっばばばばばっばばば》


 ダメだ、こっちも痙攣が半端じゃない。


「なに勝手なことを言っている! 白瀬は私と打ち上げ中なんだぞ!」


「それはさっきですよねぇ? 今からはウチとで~す!」


「ダメだ、離すんだ!」


 そう言うと、反対の腕を委員長が掴んだ。


「シーくん、行きましょ~?」


「離せと言っているだろうがッ!」


 これがラブストーリーものでよく見る、二人が一人の異性を取り合う光景か。

 傍から見れば羨ましいシーンかもしれないが、絶賛こちらは片腕取れそうな状況です。


 でも、なんだか笑えてきた。


《なに……喜んでんだ?》


 いや、やっぱさっきのは嘘だ。


《…………あ?》


 お前が暴れて良かった事だよ。

 暴走してなければ、こんな一生に一度あるかないかの事なんか起こらなかった。


 決めたよ、路線変更だ。

 当初の予定は、お前を抑え込んで平穏な学校生活を送ろうとしてた。

 でも今後の予定は、お前を存分に頼って賑やかな学校生活を送ろうと思う。


 ただ頼り過ぎはしない。


 以前お前が言っていたように―俺が……『白石白瀬』として最後まで努力して〝どうしても越えられない壁〟にぶち当たったときだけ、お前の力を頼ろうと思う。


 それで良いだろ?


《…………》


 返事が無い。ただの屍のようだ。


 取り合えず、今言える事―。


「離せ……ッ!」


「嫌です~……ッ!」




 腕取れそうです。

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