活動初日の早朝




「殴らないでください!」


 これで十回目だ。

 その他は、近付かないでください・許してください・お金はありません、と泣きながら言われた。


「自分もう帰って良いですか?」


「ダメ★」


 可愛い笑顔で却下された。

 委員長、心のメーターが最早ゼロです。


 説明すると、先ほどの男女混合集団は俺の姿を見るや否や急いでネクタイ・リボン・ブレザーを整え始め、風紀委員というか……『俺』に話し掛けられないよう自主的に服装直しをしだした。

 活動のためにと近付くが避けられ、服装検査が儘ならない。


 そして見兼ねた矢本先生が、俺の代わりに服装検査を始めてくれた。

 めげずに次登校してくる生徒をターゲットにするが、ははは……また怖がられちまった。


 朝練ではないのにスニーカーを履いてきた男子生徒に関しては、自宅が相当遠いのか絶望に浸り大泣きし出す始末。

 学校指定鞄でない女子生徒は、壊れてしまいました! と、またもや大泣きしながら叫んだ。


 なんだ……俺は悪魔か?


 風紀委員の活動が始まって一時間が経過した現在、俺の仕事は正門に近付いてくる生徒たちを睨むだけになった。


「白石くん、気落とすなよ?」


 委員長の優しい言葉が余計に涙を誘う。


「で、でも、凄いですよ……? 三十分でまだ二人だけです」


「靴を履き間違えた二年と、指定鞄の無い三年の先輩……人があんなに号泣してるところを見たのは初めてです……」


「これから毎朝正門前に白石を一人置いておいたら、服装検査しなくて済むだろうな」


 矢本先生はそのあと冗談と付け加えたが、冗談には聞こえなかった。


「先生、冗談でも発言は控えてください。確かにそれも良い案かもしれませんが―」


 待って委員長、今なんと仰いましたか?


「風紀委員に籍を置いている身として、私たち全員でやらなければ意味がないのです」


「分かってるって、そう怒らない」


 俺の話題で空気悪くならないで。心が痛む。

 委員長と先生の会話を横に、とにかく今は生徒が来てないか通学路を左右交互に見る。


 すると見掛けたことのある体型の三人組を発見、デブ先輩たちだ。

 相変わらず横に広い脂肪集団に、何故だか安心感を得る。


「ん、あれシロ坊じゃねぇか?」


 ボンバーヘアー先輩が一に気付いてくれた。


「ホントだ。よぉ、シロ坊!」


 続いてリーゼント先輩、そして―。


「…………」


 すっかり覇気が無くなった逆モヒカン先輩……ドンマイです。


「げ、あの三人は……!」


 手を振ってくる三人を見た委員長が、苦い表情を浮かべた。


「委員長、知り合いですか?」


 聞くと、黙ってゆっくり頷いた。


「ウチのクラスのバカ三人だ。何回注意しても授業中居眠りするわ早弁するわ習字やりだすわで私もお手上げなんだ……」


「習字は良くないですか?」


「授業中に墨汁の匂いが室内に充満するんだぞ? 私は我慢できん」


「た、偶になら良いんですけど……毎時間されて……きつくて……」


 南先輩も言うのだから相当辛いのだろう。

 書道部紹介してあげようかな……。


「白石くん、あの三人はキミに任せる……!」


「さ、さっき愛称で呼ばれてたもんね? だったら怖がられないから……」


「りょ、了解しました」


 こちらが承知すると、二年組は反対方向から来る生徒たちのチェックを始めた。

 俺はというと、現在接近中の脂肪を眺めながら待機している。


「シロ坊、正門前でなにしてるんだ?」


「風紀委員の活動で、服装検査をしてるところです」


「は?」


 黙っていた逆モヒカン先輩が声を発した。


「シロ坊、風紀委員に入ったのか?!」


「はい、色々あって入りました」


「マジか~、じゃあこれからは下手なこと出来ねぇな」


「シロ坊に迷惑かける訳にもいかないしな」


「今日から真面目に学校生活送るか」


 脂肪三人衆の話を聞く限り、どうやら俺が風紀委員に入ったのをきっかけに不良を卒業してくれると解釈できた。それは有り難い。


「それじゃあ、有意義な学校生活を送る為にも、第一段階として服装チェックさせていただきますね、先輩方」


 ファイルとペンを手に活動の旨を伝えると、抵抗することなく素直に応じてくれた。


 ネクタイ……曲がってない。

 ブレザー……多少汚れはあるが大丈夫。

 ワイシャツ……きちんとシャツインされえている。

 ローファー……めっちゃキレイ。


 うん、照合する意味なかった。


「先輩たち身なり真面目なんですね?」


「あったりめぇだ。身だしなみはキチンとしておけってオカンから言われてっからな」


「制服ちゃんと着ないと母ちゃんにケバブの刑にされるし」


「俺たちはそこまで腐っちゃいないぜ!」


「でしたら、あとは髪型だけですね」


 カッコ付ける先輩たちの横から、国見が割って参加してきた。


「う、国見麗奈……ッ!」


 リーゼント先輩が苦渋の表情を見せる。苦手意識があるらしい。


「毎度注意しても直そうともしないそのヘアースタイル、これでトータル何回わたしに指導されたのでしょうか? 真面目に学校生活を送るのでしたら、その髪型をどうにかしてください。また、反省文書かせますよ?」


 国見の捲し立てに、蛇に睨まれた蛙の如くリーゼント先輩が怯む。


「……ふ」


 しかし、苦渋は余裕の表情に変わった。


「安心しろ国見麗奈、俺たちのコレは―」


 そう言うと三人の先輩が髪を両手で掴み始める。

 そして―。



 スポ……。



 取った。



「「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」」



 俺と国見が同時に声にならない声で叫ぶ。


「「「……ヅラですから」」」


 向こうも声を揃えてカッコイイ低音ボイスで暴露してくれた。

 さっきまで三人の特徴的なヘアースタイルは、坊主単品に早変わりした。


「自信を付けたくて一年初めにヅラ買ったんだが、邪魔だし、夏は蒸れるし、痒いし、臭いし、正直しんどくて……」


 じゃあ何で被ってたんだ?


「はずそうにも結構高かったから三年間被ってようかなって……」


 バカなのか?


「だが、そんな鎖とも今日でおさらばだぜ」


 よし元逆モヒカン先輩、あんたの見えてた頭皮の原理だけ教えてくれ。


「シロ坊……」


 元モヒカン先輩が肩にそっと手を乗せてきた。


「頼りないが、俺たちはお前の先輩だ。これからは何か困ったことがあれば遠慮なく俺たちのところに来て相談してくれ」


「じゃあまず最初の相談良いですか?」


「なんだ、言ってみろ?」



「ヅラの中と頭皮が臭いので被り直してもらって良いですか……?」



 恐らくどっちもしばらく洗ってないのだろう……。運動部の部室みたいな臭いがする。

 気付くと国見は二年組のほうまで離れていた。

 臭いが上に登ると、上空を飛行していたカラスが落ちてきた。


 俺も黒瀬に代わってもらおうとした。


 《やめてくれ》


 しかし拒否された。

 ああ、どんどんキレイな花と川が見えてきた。


「あ、そっか。中身洗い忘れてたんだった」


 元ボンバーヘアー先輩が決定的な発言を残す。


「今日一日被ってて良いので、今夜ちゃんと頭洗って明日から坊主で来てください……!」


「えぇ、それじゃあ髪型で減点されちまう!」


「大丈夫です、聞いてみます」


 振り返って。


「国見! 今回は減点無しで良いな!?」


「…………ッ!」


 吐き出しそうな臭いには逆らえず、無我夢中に頷いていた。


「許可が下りました! 早く被ってください!」


 落ちてきたカラスは合計十二羽、正門に来た生徒たちも苦しみを訴えている。


「じゃあお言葉に甘えて」


 三人が一斉に被った瞬間、臭いは治まった。

『臭い物に蓋』とは……昔の偉い人は凄いこと言ったもんだ。


「今日それをはずさないでくださいね。でないと死者が出ます」


 臭いでの生徒窒息か、緊急対処として黒瀬が三人を殴り倒すか。


「オッケーオッケー、そんじゃあ今日ちゃんと洗ってくるぜ」


「忘れたらごめんな」


「そしたらまた被っててもらいます……」


 どうか明日は普通の坊主姿で来てください……お願いします神様金払います。


「じゃあな頑張れよ~!」


 そして先輩たちが校舎に入って行くのをただジ~っと見守る。


「あの臭いで一つの争い無くせそうだな……」


 距離を置いていた先生が横に来て、また冗談を口にする。

 いや、可能性か……。


 とにかくあの臭いはいずれ人を殺めるだろう。

 もし洗うのを忘れて明日も被ってきたのなら減点無しで通すしかない。こっちが

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