初めての地獄(部活)




 順を追って説明していこう。


 ①外靴を取りに行こうと昇降口に向かう。

 ②突然頭から全身を隠すほどの巨大な袋を被せられる。

 ③俺を案じる委員長の声が聞こえる。

 ④叫ぶが内側が防音性なのか声が届かない。

 ⑤黒瀬を呼ぶが無視される。

 ⑥聞き慣れた声が委員長にこう言った。



『ちょっと白石くんをお借りしましゅ!』



 そして現在運搬されている。

 黒瀬……。


《…………》


 お前……気付いてたろ。


《……………………………………………………………………………………イェア》


 テメェこの野郎!

 せっかく委員長と下校できて、且つコハ姉との交際ルートを回避できるかもしれない展開だったのに!


《部活行きたい……》


 なに欲望に負けてんの!?


《今日も破壊したい……》


 気持ちは分かるけど……。


《今日も毒物飲みたい……》


 それは考え直そうか?


《だから俺は、あの女が隠れてる気配を感じても教えなかった……》


 そんなに行きたかったのか……?


《……(コク)》


 そこまで好きになったのかよ……。


《…………》


 はぁ……分かったよ。好きにしろ。


《お、マジで?》


 今回だけだからな。次からは俺の意思で行く、分かったな?


《わぁったって》


 黒瀬との交渉を済ませると、待っ暗な視界の中、扉の開く音が聞こえた。

 横にされていた態勢を縦にされ、まるでバスケのダンクシュートみたいに振り下ろされて椅子に座らされる。


 その瞬間、黒瀬に入れ替わって尻への衝撃を耐えてもらう。

 もう少し優しい扱い方してほしい……。

 着席後、袋がはがされる。


 数秒間とはいえ、真っ暗な景色に目が慣れ、電気の明るさが視界に入ってきた途端いつもの倍、眩しく感じた。

 ぎゅっと瞑った瞼を恐る恐る開けると、目の前には金色に塗りたくられた人型のドでかいロボットが佇んでいた。


 やっぱり……運ばれているとき、俺を支えていた手の感触は人じゃなかったし、移動中ずっと"ウィンウィン"と特有の音が聞こえていた。

 恐らく昨日黒瀬が壊した発明品の改良版かなにかだろう。


「よくやったぞショウイチくん一号!」


 そしてまたもや聞き慣れた声がロボットの背後から発せられた。

 主人の声に反応するかのようにロボットの目が一瞬赤く光ると、右向け右をし、視界から逸れてくれた。

 当然、後ろに隠れていた人物の正体が露わになった。


「白石白瀬、待っていたぞ!」


 部長だ。


「攫ってきた、の間違いじゃありませんか?」


「まぁ、細かいことは気にするな。キミが部活に顔出しするとか言っておきながら新田麻美と下校しようとしてたから、連れてきたまでだ」


「え、まさか……盗聴してたんですか……?」


 黒瀬、制服になにか仕込まれてないか!?


《いや、特になし》


 じゃあなんで……?


「風紀委員室の前でコップを耳に当ててぬしゅみ聞きしてました!」


 紅葉が疑問を解決してくれた。

 方法が意外と原始的。


「そういう訳だ。新田麻美と一緒に帰るよりも、俺様たちの実験を受けるほうが数倍面白いぞ!」


《うん、楽しそう!》


 ちょっと黙ってて。


「あの……」


「なんだ?」


「女子と帰れるほうが究極倍楽しいので解放してくれませんか?」


「紅葉と帰れば良いじゃないか」


「ワタシはお兄しゃまとしか一緒に帰りたくないのでごめんなしゃい」


 聞いてもいないのに何だこの敗北感、フラれた気分……。


「まぁまぁ落ち込むな。女子との下校はいつでもある。だが我々の実験は今しか受けられない!」


《そうだそうだ!》


 一緒に帰りたくても帰れない男子高校生たちに謝れ。


「つう訳で、ブレザー脱いで♪」


「そっちの趣味あったんですか?」


「勘違いするな。俺様は女の子の身体にしか興味が無い」


「同感です」


 互いに正面向き合って両腕で相手の肩を掴む。

 世間一般では気の合った仲間を示す『プレシャス登録』と言うらしい。


「で、ブレザー脱いでどうするんですか?」


「次は腕捲って」


 言われるがままワイシャツ袖口のボタンを両方はずし、二の腕辺りまで捲る。


「そしてコレを装着しろ」


「はいはい……」


 次は腕を模した機械装置を手渡された。

 ロンググローブをはめるかのように入れ口から通していく。

 計ったのかと言わんばかりにサイズはピッタリ、肘から指先にかけてスッポリ覆われた。

 不思議な感覚としては、丸くて透明なガラスが右の小指先から肘の側面にかけて長く伸びていた。


「コレ……なんですか?」


「それを今から説明する。まずその装置の名前は【光波熱線発射装置】!」


 地味に良いネーミング。


「まず使い方だが、右手のガラスを正面に向けるように縦に曲げてくれ」


「はい……」


「次は左手。腕を曲げ、側面を正面に向けるまでは右手と同じ。ただしこっちは横にするように」


「ん……ん?」


 明らかに変なポーズだ。


「その姿勢を保ち、左手首と右手首をくっ付けてくれ。勿論、左手が前で、それで完成だ」


 こうして一つのポーズが完成した。


 うん、アウトだ。


  有名な巨大ヒーローの必殺技ポーズだ……。


「部長、これって……」


「感情が高ぶった際にその姿勢を取ると、ガラスから光の熱線が出るようになる」


「それって、スペs──」


「しょれ以上言ってはいけましぇん!」


「ッぶらや!?」


 紅葉の語気に反応したのか、ショウイチくん一号が起動して殴ってきた。


「白石白瀬、言いたい気持ちは分かる。だが我慢してくれ」


「はい……」


 黒瀬の交代があと数秒遅れていたら、首の骨ごと持っていかれていた。


《すまねぇ、ちょっと反応が遅れた》


 大丈夫だ……。

 次は気を付けてくれ。


《へいへ~い》


「それで……これ使って何をすれば良いんですか?」


 殴られた頬を摩りながら立ち上がる。


「人にぶっ放してきてくれ」


「部長、法律って知ってますか?」


「俺様法学部じゃないから知らない」


「そういう意味ではなくて……」


「なんだよ~、正義のヒーローが使う必殺光線だぞ? 使えば自動的にこっちがヒーロー扱いしてもらえるんだぞ」


「じゃあその腐った真理を持つ悪の科学者を抹殺するために、今ここで発射させます」


 ガラスが光ってるから直ぐ発射できる。


「俺様を抹殺してみろ? 紅葉が黙っちゃいないぜ?」


「なんですか? 変な薬飲んで筋肉モリモリマッチョの変態になって、自分を倒しにでも来るのですか?」


「ちょしゅい(貯水)タンクに毒物混じぇましゅ!」


 大量の人質を取られたテロ行為だったか。


「考え直します」


「そう言ってくれると信じてた」


「ただ人に光線技ぶっ放すのだけは勘弁してください! 罪悪感芽生えます!」


《そうなの?》


 お前とは違うからな。


「心配すんなって。光線を当てられた奴は別に死ぬ訳じゃない」


「え、じゃあ無害な光線浴びるだけですか?」


「いんや。転送されるだけ」


「転送……?」


「言わばワープだ。光線を受けた者は自動的に別所に送られる」


「因みにどこですか?」


「上」


「つまり天国ですよね?」


「違う違う。一度入ったら二度と下に降りたくない光が差す場所―」


「天国ですよね?」




「…………天国です」




「よしこんな殺傷能力高めな装置はずしちゃってください! 殺人犯にだけはなりたくないです!」


《悪魔と呼ばれてる奴が何か言ってるぞ?》


 それはお前もだ。


「勘違いするな! 天国と言っても死んだ訳ではない。転送される場所は人々の過ちを正して更正させてくれる神々しい施設へと繋がっているのさ…………多分」


「多分って言いましたよね? 今多分って言いましたよね? その施設誰が作ったんですか!?」


「俺様と紅葉が趣味の日曜大工で!」


「頑張りました!」


「胡散臭いです! はずしてください!」


「残念ながらそれは無理な相談だ」


「なんでですか!?」


「紅葉特性、超強力な接着剤を使用しているからな」


「無理に抜こうとしゅれば腕取れましゅよ?」


 黒瀬、イケそうか?


《取れるけど……》


 なに?


《ぶっ放してみたい……!》


 チクショウ共犯者になるつもりか!?


「安心してくだしゃい。一度撃ってくれたら光しぇんの熱で溶けるようになっていましゅ」


「くそ……だったらその辺にある木でも良いですか?」


「環境破壊ダメ絶対」


「優先順位狂ってんのか!?」


「じゃあ、岩とか地面になら良いですよね?」


「キミその衝撃で破片とか飛んで他の人に当たったらどうするんだ? 人の迷惑考えろよ」


「ごめん紅葉。お兄さんに撃つわ。この人怖い!」


 すると紅葉が抱き付いてきた。


「お兄しゃまを……撃たないで……」


 うるうるした瞳で言われ、それが超可愛かった。


「そ、そうだ! 空に向かって撃てば被害も出な―」


「人間相手にしか撃てないようプログラムしてあるから無理だ」


「チクショウ逃げ道無しか!」


「安心しろ。ポーズ次第でどんな光線技も撃てるぞ」


「聞いてません!」


 絶望に浸っていると部長が俺の肩に手をポンと置いた。


「観念して俺様の研究データを集めてこい……」


 そしてワル~イどす黒い表情を浮かべてきた。


「つうか部長がやれば良いじゃないですか!? 熱線撃つだけですよね?」


「残念ながら光線を放つ際、腕にまで熱が伝わるから、はずした後の右腕は真っ黒くろすけになっちまう。俺様はそんなん嫌だ」


「後輩にドでかい障害負わせようとしてること気付いてください」


「大丈夫だ。キミのその強靭の肉体であれば熱だろうと溶解液だろうと耐えられるさ!」


 なにを根拠に……。


《耐えられるぞ》


 まだ撃ってもいないのに?


《去年お前が爆睡してる時に入れ替わって溶岩浸かりに行ったら余裕で生還できた》


 ここで壮絶な経験暴露するのやめてくれない?

 妙に全身がヒリヒリしてた日があったが、それが原因だったのか……。

 でも、それなら任せられそうだな。

 問題は熱線を浴びせる対象者だ……。

 どうしよ……。


《イケメン、あるいは公然でイチャイチャしているカップルの男側とか》


 それだッ!


「了解しました先輩ッ! 今日中にでもデータを集めてみせます!」


「おぅ。いきなりヤル気出てビックリしたが、助かるぞ」


「白石くん、頑張ってくだしゃい!」


 よっしゃ!

 そうと決まれば。


「では他に何も無いようでしたら自分はこれで失礼します!」


《おいちょっと待て。まだ何も壊してない飲んでないぞ!?》


 あ~しょうがね。


「あ、部長。最後にショウイチくん一号をじっくり見て良いですか?」


「おぉ良いぞ! どんどん見てくれ。最高傑作だ!」


「あと紅葉、貯水タンクに入れようとしてた毒物も見せてくれないかな?」


「はい! ここに用意してありましゅ!」


 紫色の液体が充満している容器が取り出される。

 いかにも体壊しそうな色だ。

 まぁそんなことより、黒瀬。


《オッケー!》



 ボギン



 ショウイチくん一号の両腕をいとも容易く捥ぎ取る。

 黒瀬だけでなく、さっき殴られた俺のムカつきも解消できた。




「ショウイチくん一号おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」




 満面の笑みから一秒の切り替えで泣き叫ぶ顔になった薬師堂先輩が、膝を付いて泣き叫ぶ。

 ついでに―。



 ゴクゴクゴク……



 毒物を黒瀬が飲み干す。


「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 紅葉が教室では絶対出さない絶叫を上げる。

 お味は?


《…………グレープ?》


 マジで? ちょっと後味だけでも―。


《まだ消化されていないから、入れ替わった瞬間に目と口と鼻と耳から血液噴き出すぞ》


 頼んだ。


《任せろ。三……二……一……。はい、良いぞ》


 入れ替わって改めて周囲を見渡すと、薬師堂兄妹が号泣していた。


「ショウイチくん……ショウイチくん一号が……」


「ワタシの……しぇっかく出来た薬品が……」


 黒瀬、これで満足か?


《快……感……ッ!》


 なら良かった。


「では自分はこれで失礼します。あと、入部届書いてきたので、ここに置いておきます」


 四つん這いで泣き続ける二人を後目に、俺は科学部室を出た。

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