第八節 命を繋ぐ糧がある

「おかえりなさい!」


 私の同胞が、そんなことを言う。

 ボロボロの姿で、身重から解き放たれたばかりの姿で、彼女は泣いて、笑っている。

 ……もう、終わりにしよう。

 こんなことを、繰り返してはいけないのだ。


「神よ、廻坐乱主よ」

「おお、おおおお、わしの希戮……」

「星を落として私を砕く前に、問いに一つ答えてみせろ。いまだおまえが八紘一宇を掲げるのなら、神として応えてみせろ。おまえにとって、家族とはなんなのかを」


 問えば、神はいぶかしげに眉根を寄せ。

 あっさりと、口を開く。


「わしにとって都合がいい、食い物のことじゃが?」

「ならばおまえは、功子の真実を理解できていない」

「なん、じゃと……?」


 ああ、そうだとも。

 この神は、何一つ解っていない。


「……私は、この旅路でいくつもの家族を見つめてきた」


 自分自身が、クローンという形で増え続ける家族。

 異種族を受け入れる、巨蟲と猟師の家族。

 他人が自分と同化していくことに耐える、沼の街の家族。

 自分を殺すものを、殺すことでしか伝えられない愛を容認する、女王と騎士の家族。


 家族の形とは、こんなにも多様で豊潤だ。

 だからこそ、そのすべてを滅ぼして、身勝手に都合のよい関係を押しつけるおまえは、他者を歪めて独占するおまえの邪悪は──認められない。


「ひとはそれを、理不尽と呼び。憎悪を込めて、不条理と否定する!」


 醜くてもいい、生き汚くてなにが悪い。


「すくなくとも──他の可能性すべてを食い潰す、おまえよりはよほどましだ!」

「それと、功子になんの関係がある!」

「あるとも!」


 渦動因果録干渉粒子とは。

 功子とは、即ち!


「誰かを想う、命の形そのもの! 喰われる恐怖、満たされる感情、我が子の明日を思う親の祈り! それこそが功子!」


 それがわからぬというのなら。

 わからぬというからこそ!


「私は、今一度おまえを否定するぞ、廻坐乱主! おまえは──神ではない!」

「抜かしおったなぁあああああああああ!」


 廻坐が、両手を振り下ろさんと力を込める。

 直前、魔女は片手を掲げていた。


「集え!」

「な、に!?」


 驚愕に、廻坐の動きが止まった。

 誰も寄りつくことのできなかった老爺に、無数の影が飛びかかったからだ。


 それは──


 槍を構える最速の騎士であり。

 炎を纏う最強の騎士であり。

 金髪の優しき巨人騎士であり。

 双子の陽気な騎士であり。


 或いは、最も無垢なる巫女に導かれた、他の円卓の騎士であって──


「いまこそ王を守れ──円卓よ集結せよラウンズ・アッセンブル!」

『『『『『『応!』』』』』


 ヴィーチェが命じるままに、騎士たちが廻坐乱主へと突撃する。


「おのれ、おのれ、オノレェエエ!! どいつも、こいつも、わしを裏切りおって! 要らぬ、騎士など! わしは、わしが欲しいのは、希戮だけ! そうだ!」


 襲いかかる騎士たちを殴り飛ばし、蹴り飛ばし消滅させながら、廻坐が叫ぶ。

 狂気の笑みを湛えて。


「希戮とは、ひとつになることを、こいねがうと書く! 即ち、わしと同じになることを運命づけられた名前!」

「否! 希望をひとつに束ねると書いて〝希戮〟の二文字!!」

巫山戯ふざけるなぁアアアアアアアアアアア!!」


 廻坐の放つ功子の奔流。

 ヌラリと立ち上がった騎士の巨躯が、それを押しとどめ、わずかばかりの時間を稼ぐ。

 すべての騎士たちが、笑って消滅する刹那。


 同時に、私の総身に力が満ちる。

 高らかに。

 すべてよ終われと、私は吠えた。


「〝功子全転換マビノギオン〟──〝天魔覆滅エクスキャリバー〟!」


 黄金の輝きが、星の内海を満たす……!


§§


 吹き荒れるは桜花嵐おうかあらし

 桜吹雪が星の内海を覆い尽くすなか、真功子リアクターが蒼く輝く。


 総身を包み上げる黄金の鎧。

 ヴィーチェの設計した完全躯体。その羽化した姿。

 フォース・アクチュエーター・ジャケット・イマーゴ。


 いまこそ私は、邪悪へと挑む。


「ここで神の力を使い切るつもりか! させぬ、させぬぞ! それは、わしの伴侶になるものゆえに!」


 憤怒を露わにした廻坐乱主が、星の内海に身体を接続。

 灰と化していた八岐大蛇をも取り込み、白き巨竜へと変貌する。


「繰り返すぞ、おぬしはわしの隣に立つべきなのじゃ、希戮! いまキセキを使えることこそが、その証明!」

「隣か……悪いが、先約がいてな」

「ちょっ、キリク!?」


 横でぼうっと浮かんでいたヴィーチェを、抱き寄せる。

 目を白黒させ、顔を真っ赤にする彼女を抱きしめ、赫怒かくどとともに放たれた竜のブレスを、拳を突き出すことで無効化する。


 さらに放たれる尻尾、踏みつけ、羽ばたきによる禍ツ風、降り注ぐ無数の流れ星。

 一撃一撃が、世界を壊すほどの奇跡。

 そのすべてを捌き、粉砕し、私は前に進む。


「──やって。やっちゃえ、キリク! ここで、こんな悪夢は終わらせるのよ!」

「ああ、できるだろう。私がいて、君がいるならば!」


 廻坐乱主が、おののくのがわかった。

 彼奴の緑の瞳孔が、理解でないものへの恐怖に歪む。


「おぬしは、いったい何者じゃ……?」


 繰り返すうちに、老爺の口から愕然とした疑問があふれ出る。


渦動因果録うんめいに記述すらなく──神の前で膝を折ることすらなく──ああ、確かにわしは孤独と苦難の呪いをかけた──わしの伴侶として従順にすべく、精神も肉体も魂すらも汚染した──その心魂は、確かにすべてへし折った! だというのに、いまそこに立つおぬしはなんじゃ? 何度でも蘇るおぬしは──その黄金は、まるで、神ですらない──おぬしはなんじゃ、有木希戮!?」


 私は手中に生み出した刃──二匹の竜が絡み合う七支刀を振りかざし告げる。


 教えてやろう、廻坐乱主。


 グインが道を拓き。

 ヴィーチェが導き。

 数多の出逢いと別れが育んだ旅路。


 これが。

 これこそが。

 命を繋ぐ糧、今日が作る未来、ひとの生きる道!

 キセキなどではない! 想いが築く、必然の旅路!


「即ち──ジンセイッだぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 人間の証明。

 黄金の斬撃。

 世界のすべてを染め上げる夜明けの一撃が。


 偽りのカミの肉体を、両断した。

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