第七節 愛に受胎を

「だって物語は──大団円ハッピーエンドでなきゃ!」


 声を上げると同時に、〝なにか〟が量子流体演算子の海を突き破って飛び出す。

 炎と星の光に照らされる、それは錆び付いた黄金。


「ま──」


 一番はじめに作られた、真造躯体。

 その拡張装具。

 とある人間の肉体を材料として作られた、憲兵幼女のプロトタイプ。


 弩級構造体創世のときから拘束され続けていたそれは、神が目的を達したことで緩んだ楔よりまろび出て。

 そこに、本来の、売却されたはずの魂が顕現する。

 即ち、


 ──が!


「ま、まま──魔女めぇえええ! なにをしたぁ!?」


 廻坐乱主が吠えた。


「何をしたって──〝裏切った〟に決まってるじゃない! なぜならば! あたしこそが原初の背神者、ヴィーチェちゃんなのですから!」



 まっしろな、白無垢ブライドを身に纏ったあたしは、不敵な表情で神を見下す。

 三千年、ただこの瞬間を待っていたのよ!

 あんたがキリクの心をへし折って、弩級構造体に取りこむその瞬間を。


 弩級構造体とあんたを接続する──あたしをキリクが経由する一瞬を!


「何をした? かすめ取ったのか、わしから? 魔女如きが、神から!」

「ええ、そうよ」

「いつからだ? いつからこのようなことを──否、いつ計画しようとも、わしにはアカシックレコードがある。どうしたところで、未来はすべて見えていたはずで──はっ!?」


 ぐしゃぐしゃと白髪をかきむしる廻坐乱主が、気がついたように緑の双眸を見開く。

 神はワナワナと怒りに打ち震え、そして激昂した。


「ノイズか!」

その通りでございますイグザクトリー! キリクの周囲にいた人間はみな、彼が無自覚に放出する功子によって、未来を変える力をわずかに持っていた。それが雑音としてアンタには聞こえていたみたいだけど」

「だが! いったいいつ! 魔女がわしの伴侶に遭遇した!? このような、これほどの大事、昨日今日の計画では──」


 そりゃあそうでしょう。

 だってあたしが彼と出会ったのは。


「三千年前、あんたがキリクに出会うより、ちょっぴり早かったんだもん?」

「汝は──あの小娘かぁああああああああああああああ!! あの握り飯が邪魔っ気であったかあああああ!!!」


 憤怒に絶叫する神。

 そうだ、キリクが死にかけていたあたしに握り飯をくれたあの瞬間。

 握り飯を通じて託された想いが、功子が、あたしに未来を垣間見せた。

 だからそこから、ずっと待ち望んできた。


 神は残留するキリクの功子で、私の思考だけは見通せない。

 けれど、その功子を放出してしまえば、すべてが露見してしまう。

 計画は水泡に帰す。

 チャンスは一回こっきり、失敗は許されない。


 だから、私は自分の身体を弩級構造体に封印した──セントラルドグマ──キリク神化計画の中枢として。

 その上で、概念継承知生体として自分のバックアップを無数に作り、廻坐に協力しながら、キリクの目覚めを待った。


 彼は計画通り目覚め、一緒に旅をして。

 そしていま、ここにいる。

 私は、神から彼を簒奪さんだつした!


「どーお? お気に召していただけたかしらカミサマ?」

「薄汚い婢女はしためめ! いい気になるなよ、ならば汝ごと砕いて、わしの伴侶を取り戻せばいい!」


 神が怒りのままに両手を掲げる。

 星落とし。

 それは、抗えない破滅だ。

 どれだけ長く生きたあたしでも、これは防げない。

 だから。


「落ち度ポイント無限の愚かな神よ! いまこそ──いのちの産声を聴きなさい!」


 あたしは、膨らんだ下腹部を優しく撫で上げながら。

 三千年一度も止まることのなかった渇望を蛮名化さいだいかする!


「〝緋色の英雄〟〝きっとあたしは〟〝あなたに恋をした〟──〝どうかこの手で抱かせて欲しい〟〝きっとこのはらで抱いてみせる〟──〝この身は愛するひとを身籠もる子宮であるから〟」


「そ、それは……っ」


 そうだ。

 あたしの渇望とは、愛した英雄をはらむこと。

 即ち──!


「〝功子転換キングメイカー〟・〝英雄作成せんていのけん〟!」


 あたしの腹部がカタカタと音を立て、互い違いに左右に開く。

 しかして弾ける、黄金の光が!


──とでも、言えばいいのか?」


 相変わらずの憎まれ口。

 なにも変わらない、無垢なる幼女の姿で。


「キリク!」

「──ただいまだ、ヴィーチェ」


 英雄が、世界へと帰還した。

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