第七節 作戦会議と悪夢襲来

「ここ最近の、敵軍の増大は異常なんだよなあああ」


 場所を移して、ピラミッドの内部。

 普段は管理者である女王と、リトーだけが入れるこのセクタの中心で。

 招かれた私たちは、会議をしていた。

 議題は……言うまでもなく廻坐乱主の手勢が、この数サイクルで波状攻撃を仕掛けてきていることである。


「もともとあたしたちは、ここに長期滞在するつもりはなかったのよ」


 壁により掛かっていたヴィーチェが、ため息をつきながら事実を羅列していく。


「ここでの目的は、大きく分けて三つ。長旅で徹底的に損傷していたキリクの躯体のリペア。これはおおよそ完了したわ。つぎに拡張躯体がリアクターにされていれば、その回収」


 しかし、それは不要だった。


「当たり前よね。これほど例外的に自立稼動しているセクタで、キリクの躯体をリアクターに用いる必要性は皆無。実際、女王の全面協力のもと探してみたけど、波長の一つも感じ取れなかった。だから、これも完了よ」


 そして、三つ目。


「構造体最深部への旅路、その補強──今後厳しくなることが予測される食糧事情を、ディス領域の入り口であるここで、解決しておきたかった。これが最大の理由ね」


 つまり、襲い来る廻坐の軍勢を撃退していたのは、食料の蒐集が理由だったのだ。


「あんまりたくさん寄せてくるものだから、思わず入れ食いだって喜んじゃったけど……冷静に考えたら、これ以上収穫しても持ちきれないのよね、人工筋肉とか」

「ダカラ、モウ戦イタクナイト?」


 女王の詰問に、ヴィーチェが困ったような視線をこちらに向けてくる。

 わかっている、貴様は女王の態度に困っているのではないのだろう?


「ヴィーチェ。私は彼らの安全を守りたいと考えている。貴様には、そのための作戦を立案して貰いたい」

「……案の定無理難題を言いやがったわね、この規律主義者の憲兵は……」


 痛そうに額を押さえる魔女。

 案の定というのなら案の定、私の対応に困っていたか。

 しかし、こんなとき頼れるのはヴィーチェだけなのだ。


「そう言われると弱いわね。抱きしめたくなる。いいわ、状況を整理しましょう」


 言いながら、彼女は尻尾型端末を用いて、空間に映像を投影する。


「この三サイクルで、廻坐乱主の軍勢は二十四回襲来しているわ。間違いないわね、女王?」

「エエ、正確デス、魔女ヨ」

「……あんた、やっぱりあたしが魔女だってコトに含みを持ってるでしょ?」

「魔女ヲ許ス存在ガ、弩級構造体ノ中二存在スルトデモ?」

「……そう言われても、やっぱり弱るのよねぇ」


 困り顔のヴィーチェ。

 そもそも、魔女とは何なのだろうか。

 私はそのあたりを知らないまま、こんなところまで旅してしまったし。彼女はそれを隠したままで、旅先のだれにも悟らせようとしなかった。

 例外は巫女殿と、女王だ。


「女王は、魔女がなんなのか知っているのだろうな?」


 私の何気ない問いかけ。

 しかしそれが、急速に室内をひりつかせた。

 リトーが露骨に顔をしかめ、ヴィーチェがものすごい形相で私を睨み。

 女王は、顔の顔の文字を、目を閉じたものに変える。


「最悪ノ裏切リ者」


 ……なに?


「第六天魔。世界ノ悪性腫瘍。人類ヲ〝二十一グラム〟デ売リ渡シタ大淫婦。……魔女トハ、ソウイッタモノデス。コレ以上ハ、御自身デ聞カレレバ佳イカト」

「なるほど、もっともだ」

「そこで頷くのがアンタのたちが悪いところよね……」


 他ならない相棒の話だ、他人から聞き出そうとする私の性根が腐っていた。

 非礼を詫びて、本人から聞かせて貰う。


「……この難局を乗り切ったあとに、だがな。だから、まずは当面の対策だ」


 魔女は露骨に安堵した表情を浮かべ、それから皮肉げに笑う。

 「本人、ね」とつぶやいたのを、私は聞き逃しはなしなかったが、追究もしなかった。


「協力シテクレルト言ウノナラ、妾達ニモ酬イル用意ガアリマス。コノ先ノ〝セクタ〟、最深部ヘノ道行キハ、時間経過トトモニ大キク変貌シマス」


 過去と現在、最深部への巡礼を可能にしたのは巫女と、その同伴者だけだと、女王は語る。


「マシテ神へノ謁見ナド御伽噺。デスガ、妾達ニハ、ソノ道行キノ詳細ナ、データガアリマス。コレヲ前払イシマス」

「ようやく手札を切ってきたわね。最初からそー言いなさいよ。だったら協力するわ」


 相棒がようやくいつもの調子を取り戻し、踊っているだけだった会議がなんとか前に進む。


「まず、あたしたちと珪素騎士リトー・ゴーヴァンの連携は堂に入ったものになっているわ。いまなら、珪素騎士が襲撃をかけてきてもギリギリ撃退できるでしょう」

「無理だよぉおおおおおお! ぼくは珪素騎士の相手とか怖すぎるよおおおおお」


 泣き言を言うんじゃないと、女王にたしなめられる巨人はともかく。

 確かにいまの私たちならば、珪素騎士二体相当と拮抗することは出来るだろう。


 なにせ、リトーは強い。

 功子転換こそ見せてはくれないが、その戦闘能力はあのキャスに勝るとも劣らない。弱気な態度さえなければ、はっきりと私より強いだろう。


「だから、戦力的には問題がない。どちらかと言えば、根本的な解決策が欠けているのよ」

「地獄の釜の蓋が開いている以上、廻坐の軍勢はいくらでも湧いて出る、と言うことか」

「ザッツライト」


 パチンと指を弾きながら、ヴィーチェが頷く。


「神は、その功子を使って自在に手勢を送り込むことが出来るわ。それも制限なく、際限なくね。工場である沼が涸れたいまでも、その事実は変わらないわ」

「この区画を一挙に制圧するだけの物量も呼び出せると?」

「キリク、それは少し頭がたりない考えだわ」

「む?」

「そこの珪素騎士はめちゃくちゃ強い。それを精兵ではなく質量で制圧しようとしたら、セクタが満杯になるほどの物量を展開する必要がある」


 想像する。

 ぎっしりと地平までを埋め尽くす多脚戦車や猟犬の姿を。

 ……ああ、わかった。


「リトーのいい的だな、コレは」

「ええ、踏み潰すなり転がり回ればいいのだもの。機動性が失われた兵器なんて、ただの棺桶よ。絶対的な防御力と、霊峰のごとき躯体は攻防一体よ。真っ正面から挑むなんてとんでもないわ」


 だから、廻坐は数で制圧せずに、こちらの精神や肉体が疲弊するように波状攻撃を仕掛けている訳か。


「しかし、それはいわゆる消耗戦ではないのか? 逆に悪手ではないのか?」

「神の総軍は無尽蔵だもの、消耗はしないわよ。けれど、いい加減しびれを切らしてきたでしょうし、案外そろそろ──」


 彼女が、そこまで言いかけたところだった。

 セクタ中に、警報が鳴り響いたのである。


「なんだぁああ!?」


 腰を抜かす巨人騎士に。


「リトー、妾ノ太陽ニシテ最優ノ騎士。襲撃デス。兵力ハ──計測不能数。ソシテ」


 女王が、冷静な声音で。

 こう言った。


「強力ナ珪素騎士ガ、二体!」

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