第九章 飢餓は無慈悲な惨劇の幼女
第一節 希望戦線、異常あり
『観測結果を告げるわ。廻坐軍のため森の色が見えない』
ピラミッドから飛び出し、上空へと偵察のために舞い上がったヴィーチェ。
彼女は妖精の姿となって、私の視界の中でうめく。
『敵が七分に、緑が三分! 敵が七分に緑が三分よ!』
「これはまた……大軍勢で押し寄せてくれたものだ」
見渡す限りの大軍勢。
おそらくミッドウェーよりも酷い有様だろう。
半包囲されている、というより、眼前に灰色の大海原があると表現するべきだろうか?
文字通り多脚戦車やウォードッグが
相対距離をみて、ピラミッドまではわずかに余裕がある。
だが、住民達の避難の時間も考えるのなら、ここに来るまでに迎え撃つ必要がある。
冷や汗を太い笑みで覆い隠し、私もまた戦場に立ち、走り出す。
併走するのは、巨人騎士リトー・ゴーヴァン。
いまばかりは、彼が歩くたびに鳴り響かせる地響きが頼もしい。
戦術予測の通りなら、これほどの大軍が相手であっても──相手だからこそ、リトーの力が最大限発揮されるとみて間違いなかった。
「──と、叛逆者は考えている。そうでごぜーませんか、お姉様?」
「ええ、ええ。まったくだわさ。さすが賢妹なワケダ!」
布陣して動かない敵軍との距離が詰まったとき、耳障りな、ざらついた老婆のような声音が響いた。
見やれば大軍の先頭に、奇怪な影がふたつあった。
「古式ゆかしく折り目正しく、ここはクソ真面目に名乗りを上げるでごぜーます! あてくしは珪素騎士キュノケファロス姉妹の妹──ライオネル・キュノケファロス!」
「わたくしは珪素騎士キュノケファロス姉妹の姉──ボールス・キュノケファロスなワケダ!」
互いの左手を突き出し重ね、逆の手を大きく広げる二体の珪素騎士。
その姿は、すべてが対になっていた。
甲冑の位置は指先と、それぞれボールスが右肩、ライオネルが左肩。
顔面の半分を犬をもした仮面で覆っており、これもまた姉が右、妹が左と対照的。
頭の上には斜めに乗せられた魔女の帽子まで線対称。
姉は箒のような弾倉を持つライフルを振り回し。
妹はハート型の杖に見せかけた
『キリク、珪素騎士にヘンタイが多いなんて、今に始まったことじゃないわ。それより、合わせて』
異様な狂気に飲まれそうになるが、ヴィーチェの言葉で正気を取り戻す。
『三、二、一』
零の宣言と同時に、私はレイヴンの内部構造を最大までレールスライドさせ露出。
周囲から功子をかき集め、出力に変えて二体の姉妹騎士へと特攻する。
「お姉様、愚者が突っ込んでくるですわ!」
「ぐしゃぐしゃにしてやるワケダ、愚者だけに!」
姉騎士がライフルのボルトを引き。
妹騎士がモーニングスターを振りかぶった刹那。
天空より、ヴィーチェの拡張刃衣があめあられと降り注ぐ!
「拡張刃衣戦術、第二十一式──
「むむ、ですわ!?」
「なーんと、なワケダ!?」
降り注ぐ重力の刃をめくらましに私が肉薄。
無論、敵も然る者、食えぬ者。
姉騎士が咄嗟に迎撃してくるが、功子密束投射装置の引き金を左右交互に引くことで、イカヅチの軌道を実現。
妹騎士の懐に潜り込み、左の掌打を見舞う!
「いってぇですわー!」
珍しく発勁が完全に決まり、妹騎士が苦痛にわめき、体液を吐き出す。
追撃の胴回し蹴りを試みるが、反応した姉騎士がライフルをこちらに向ける。
「私の距離だぞ!」
「だったら殴るワケダ!」
奇術のように、騎士の手の中で箒ライフルが一回転。鈍器となって振り下ろされるそれを、反射的に背後へと跳躍し回避。
同時に私は、ほくそ笑む。
「殴るってのはあああああ、こういうことだぞおおおおおおおお!」
頭上を通過する巨大な影。
即ち──リトーの拳!
「「しま──っ!?」」
姉妹騎士が悲鳴を上げたときにはすでに遅く、リトーの巨腕が、珪素騎士ごと敵の軍勢を蹂躙していた。
ただ振り上げられ、振り下ろされただけの拳が、構造体の床を砕き瓦礫となって天へと巻き上げ。
ついでとばかりに戦車の軍勢を数十騎も宙に舞わせる。
波及する衝撃波で、ボロボロと谷底へ向かって落ちていく、廻坐乱主の軍。
見たか。これが、私たち三名のコンビネーション。連携の妙!
間違いない。
やはりこのセクタでは、リトーこそ最強なのだ。
「ええい、何をしているワケダ。さっさとあのデカブツを押さえ込むワケダ!」
さらなる追撃にかかる私たちを阻むように、姉騎士が叫ぶ。
姉妹騎士の号令一下、多脚戦車や自動化猟犬、ドローンの群れが割って入り、強制的に乱戦へと持ち込まれる。
「キリク! 一歩でも引けば住民に被害が出るわよ、死ぬ気で踏みとどまりなさい!」
「心得た!」
「ぼくもぉぉぉ、守ることを望んでいるんだなぁあああ!」
頭上から急降下し、竹とんぼのように回転。死の舞踏を見舞って猟犬を寸断するヴィーチェ。
敵軍の一角を、踏みつけるだけで壊滅に追い込むリトー。
彼が取りこぼした戦車の足下を掻い潜り、小回りのきく身体を最大限利用し潰していく私。
行ける。
功子の貯蓄量は、これだけの敵を相手取っていながら、まだまだ十分な余裕を見せている。
女王や住民達が振る舞ってくれた料理が、酒が、いまの私に敵を退ける力をくれる!
「チッ! こいつら、戦いなれてやがるですわよ、お姉様」
「だとしても、わたくしたちの役目は変わらないワケダ」
「「奮戦せよ、機械兵団!」」
珪素姉妹の命令が飛ぶと同時に、目に見えてドローン達の動きが変わる。
それまで機械的に動いていたものが、急速に有機的連携を獲得するのである。
奇術というよりは、魔法の類い。
私の拡張された視覚が、珪素姉妹の使役する功子の波を捉える。
操っている。
文字通り功子の波を放つことで、自我のない機械達を支配しているのだ。
血の通ったように動きを変えた軍勢が、一斉に私たちに襲いかかる……!
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