第二節 悪辣なる姉妹騎士の罠

「気をつけろよぉお、キリク、魔女ぉ。キュノケファロス型の渇望は、他者の従属とか欲望の制御だぁぁ。あんまし長時間功子の波を浴びるとぉ、ぼくらだって身体の自由が鈍ってくるぞおおお」

「指揮官としての珪素騎士か、厄介な」


 もっとも、やるべきことは変わらない。

 このセクタで受けた恩義は返す。

 住民達も、女王も、リトーも守る。

 そのためには!


「ヴィーチェ、リトー、あれをやるぞ」

「あれっていうとぉおお」

「あれね!」


 このあたりは、もはや阿吽あうんの呼吸だった。


「拡張刃衣戦術、第三十八式──渦動刃クェーサー翼刺力よくしりょく!」


 無数の刃衣を束ね、自らを翼の生えた螺旋掘削機ドリルの如き巨大な槍へと変質させるヴィーチェ。私は両足のアウトリガーを展開、ドリルの先端に陣取り、両腕を組んで身体を固定させる。


「せぇええのぉぉぉ!」

「「せぇぇで!」」


 その螺旋槍を抱え上げたリトーが、思いっきり振りかぶり。

 渾身の勢いで、力任せに私たちを射出する!

 同時に、私は余剰功子をドリルの表面へと散布。

 螺旋槍は恐るべき破壊の一撃となって、立ちはだかるすべての機械化兵団をなぎ払う……!

 一条の傷が戦場に刻まれ、群体が大きく分断される。


「まだまだー! 刃衣解放アーマーパージ!」


 束ねていた刃を炸裂させ、広範囲を殲滅するヴィーチェ。

 私も勢いのままに、機械化猟犬やドローンを、片っ端から殴り、蹴り、ふれる者すべてを粉砕しながら突き進む。


 勝てる。

 確信めいたものが、私の脳裏をよぎる。

 私がいて、ヴィーチェがいて、リトーがいる。この状況で、負ける要因など──


「──などと、叛逆者は慢心しているワケダ、賢妹」

「その通りでごぜーますわ、お姉様」


 不気味に。奇っ怪に。

 ニヤリと、姉妹騎士が、嗤う。

 完全に不利、押されている状況下で浮かべる自暴自棄な笑みなどではない。

 その薄ら寒い、辛酸でえぐみの強い悪意を直感したときには、もはや遅かった。


「うぇあ!? ひ、ひとりぼっちになっちゃったよおおおお!?」


 私とヴィーチェ、そしてリトーは分断されていた。

 投擲により距離を見誤った、などという間抜けを晒したわけではない。

 ──粉と砕いたはずの軍勢が再結合し、物理的な壁となって私たちを隔てていたのだ。


 珪素姉妹の支配能力!

 そこに思い至ったときには、もう取り返しがつかなくなっていた。

 私とヴィーチェは、キメラのように混ざり合った不気味な機械の塊の相手をせざるにおえず。

 そして、珪素騎士二名という決戦兵力が、リトーのみに集中する戦場を許してしまう。


「やられた!」


 毒づくが、その一秒が惜しい。

 この戦法の要は、巨人騎士リトーだ。

 彼のみに戦力を集中するなど、敵にとってみれば当然のこと。

 すぐに、援護に向かわなければ──


「そうは問屋が卸さねーですから!」

「なんのための軍勢だと思っているワケダ? 邪魔をさせないためなワケダ!」


 立ちはだかるキメラの壁。

 斃しても斃してもキリがない、膨大な量の敵軍。

 さらにはそれが、功子で完全に消し去らなければ再結合し復活してくるという悪夢。


 畢竟ひっきょう

 姉妹騎士の言葉は正しく、私とヴィーチェの機動力は完全に封殺される。

 軍勢の壁、質量とはそれほどまでにぶ厚く。

 リトーまでの距離は、遠く。


「だが、いかに貴様ら珪素騎士とて、リトーを即座にたおすことなど!」


 そうだ。どれほどの強者とて、一撃で巨人騎士には打ち勝てまい。

 その間に、私とヴィーチェが合流すれば──!


「プークスクスですわ」

「斃す必要なんて、ないワケダ」

「「だって!」」


 これまでの軍勢を遙かに上回る大軍勢がセクタ内部に転送される。

 増援、だとぉ!?


 そして、そのほとんどが、たったひとりの巨人へと殺到したのだ。


「お、おおおおお!? うごけなあああい!? こ、こんなのあんまりだあああああああ」


 さながら、砂糖の山に群がる蟻のごとく。

 ガリバーを拘束するこびとのように、リトーの巨体が機械によって結束されて。


「キュノケファロス姉妹ぃぃぃ、ぼくになにをするつもりだああああああ!? 怖いことはやめるんだああああ」

「ナニって、ナニなワケダが?」

「貴様は、あてくしたちと同じ珪素騎士でごぜーますから」

「きったねぇー高音で泣き叫んでねーで、さっさと目的を遂げるワケダ! リトー・ゴーヴァン!」


 リトーの身体を駆け上がる、姉妹騎士の両手がおぞましく濁った緑色に輝く。

 知っている、知っているとも。

 あの、憎悪をかきたてる色彩は──


「逃げろリトー! それは、廻坐のッ──」

「──ああ、うん。そういうことかぁ……えっと、キリク」


 私が警告を絶叫するのと、珪素姉妹がリトーの頭に両手を押しつけるのと。

 彼が、はかなく微笑むのは、同時だった。


「約束をぉ、頼んだよぉ戦友……?」


 それが、巨人騎士の。

 私の友達の。

 自我のこもった、最後の言葉だった。


「災禍の巨人の、お目覚めなワケダあああああああああああああああ!!」


 世界を覆いつくさんと拡散する、よどんだ光。

 光が目を焼き、視界が戻った矢先。


「ルグォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ソレが、理性の介在しない雄叫びを上げた。

 無数の戦車をボロボロと振り落としながら、セクタに屹立する巨人。

 私たちの知らない、かの巨大魔人の名は。


「セクタ殲滅用強襲型巨大珪素騎士リトー・ゴーヴァン! いまこそカイザーより与えられた役目を果たすのでごぜーます! 即ち!」

「このセクタの住人を、一匹残らず鏖殺おうさつしろと言うワケダ!」

「「さあ、渇望を──!!」」


 かくして。

 我々の最大戦力は、最大の脅威となって。

 いま、セクタを滅ぼさんと咆吼する。

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