第三節 絶望戦線、異常なし
「バゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆吼する巨人騎士が。
その両目を邪悪な緑の炎と変えながら、周囲の森をなぎ払う。
壊れた。
──そう表現するほかない現象が起きていた。
彼の超暴力を以てすれば、機械樹木の粉砕など容易い。
だが、いま起きたおぞましい現象を、単なる暴力の発露如きと同列に語るのは、あまりに適切ではなかった。
リトーが触れたものは、ただ壊れたのである。
触れた瞬間に、崩壊という作用が発生したのだ。
構造体も、廻坐の軍勢も、機械樹木も関係ない。
ただすべてが、ボロボロと崩壊し。
粉々に壊れていく。
「〝どうしてだれもぼくをうけとめてくれないのだろう〟──〝なぜアイすることがゆるされないのだろう〟──〝ぼくはただ〟〝だきしめているだけなのに〟──〝ふれること〟〝アイすることすらゆるされないなら〟〝だったらすべて毀れてしまえ〟──〝壊すことが〟〝ぼくのアイ〟」
吐き出されるのは切なる嘆き。
そして、これ以上ない呪詛のうめき。
「
リトーの全身鎧が、オーラを纏う。
よどんだ緑色の波動は、ふれるものすべてを砕いていく。足下も、大気さえも。
これが、彼の渇望。
毀すことこそが愛することという願い。
「──っ。落ち度ね。これは、間違いなくあたしの落ち度だわ」
ヴィーチェが嘆く。
きっと彼女には解っていたのだろう、リトーの本質が。
その上で見逃したのだろう、有益だと。
金髪を振り乱し、巨人が、ピラミッドへと向けて進軍を始める。
「アアアアアアァアアアア」
哀切に押しつぶされそうな慟哭をあげながら、両眼から緑色のオーラを、涙のように滴らせながら。
彼は行く手を阻むすべてを破壊しながら進んでいく。
ことここにいたって、私も理解する。
彼が目指しているのは、最愛のひとの元なのだと。
愛するものを壊したいという渇望。
それを持っているからこそ、リトー・ゴーヴァンはこのセクタを滅ぼす最適解として送り込まれたのだと。
それが廻坐乱主の策謀なのだと、いま気がつく。
「愚物めいたこの頭、そんなオノレに腹が立つ!」
怒りのままに襲いかかる機械化猟犬を殴り飛ばし。
私は、一度奥歯を噛み締めてから、相棒へと叫んだ。
「ヴィーチェ! 私は、リトーを止めにいく」
『……!? 無茶よ! いまあんたが戦線を離脱したら、防衛線が完全に崩壊するわ。そうなれば、神の軍勢が住居になだれ込むのよ!?』
「貴様が踏みとどまってくれ、頼む!」
『理性的な話、出来る? よしんばあたしが無茶をして、機械化兵団を押しとどめられるとしましょう。けれど、珪素騎士二体を、だれが抑えるの? あたしじゃ──これは癪だけど──片手間に一体が限界よ』
それでなお!
私には、果たさなければならない誓いがある。
『無茶よ』
「ヴィーチェ!」
『無理無茶無謀よ!』
無意味な口論。いくら言葉を重ね、机上の空論をこねたところで、現実がよい方向に転がるわけがない。
破壊を振りまく暴走巨人は、刻一刻と居住区に迫り。
廻坐の軍勢は、勢力を拡大し続ける。
こちらに有効な策はなく。
一か八か、功子の全投射で──
「キシシシシシ! そこまではお見通しなワケダ!」
「隙だらけでごぜーますね、叛逆者!」
「──ッ!?」
一瞬の思考すら油断に繋がる、ここは戦場の最前線。
私の焦りを見逃すことなく、珪素騎士が二体掛かりで襲いかかる。
乱射されるライフルを寸で躱しても、躱した場所に鈍器を振り回す妹騎士がいる。
鈍器の一撃を上段蹴りで無理矢理弾きあげれば、すかさず姉騎士が距離を詰め、箒を振り下ろしてくる。
「隙ありなワケダ!」
『キリク!?』
完璧な連携からの、避けられない一撃。
響くのはヴィーチェの悲鳴。
そして──
「──やれやれ」
戦場を貫いて、遠方より届く白き救いの手があった。
それは、蝶の羽を思わせる振り袖。
長い長い袖が、姉騎士のライフルを絡め取り、動きを止めさせて。
「オレがいないと、この程度の敵にさえ苦戦する。それじゃあんまりにも無様じゃ、あーりませんか? オレの心を冷まさないでくれよ、なあ──」
活性化した無数の廻坐の軍勢。
その機械の海を割るようにして、〝彼女〟は姿を現した。
「なァ、婿殿?」
『ニクい登場をするじゃない! 歓迎するわよ、神の巫女!』
ヴィーチェが喝采をあげる。
いた。
確かにそこにいた。
死別したと思っていた少女が。
沼の街で別れた彼女が。
千早に緋袴の巫女殿が!
「グイネヴィア・ノウァ・ガラハド──恋心ゆえに、助太刀する!」
§§
燦然と額の銅鏡を輝かせながら、巫女殿が鉾鈴を姉騎士へと振り下ろす。
「それはまずいワケダ!」
なりふり構わず功子を解放し、拘束から逃れる姉騎士。
ほんの数秒後、姉騎士のいた場所をなぎ払う分解作用のビーム。
妹騎士が、噛みつくように吠えかかる。
「どーゆー了見でごぜーますか、巫女さま。これはあきらかな、あからさまなカイザーへの叛逆行為でごぜーますよ!?」
「ライオネル・キュノケファロス。妹のほうだったか? 無論、罷り通る。オレにはあらゆる自由裁量が与えられている。むしろ、オレに敵対するとあれば、おまえたちが神に反する罪人であると弁えろ。この道行きを阻むのなら、汝らが悪だ!」
「何たる詭弁なワケダ……」
「なにが詭弁なものか、道理を弁えぬ不届き者め。ふむ、しかし──珪素騎士と戦ってみるのは、ひょっとして未知の経験じゃあーりませんか?」
姉妹騎士が身を寄せ合いながら、大げさな手振り身振りで巫女殿を嘲笑する。
引くつもりはないという言動。
もちろん、巫女殿もそれは予想通りだったのだろう。
私へと、黒い視線を向けてくる。
「征け、婿殿。ここはオレが支えてやろう。なに、婿殿の尻拭いをするのは、よくできた伴侶の仕事だからな」
「ちょっとー! なにを勝手に伴侶とか名乗ってるのよ!? 困るんですけど、落ち度ポイント六百六十六点なんですけど!?」
「なんだ。よってきたのか下劣魔女。あっちの戦線はいかばかりか?」
「ちゃんと遠隔操作の拡張刃衣で押さえ込んでるわよ! そんなことより伴侶ってなによ出来損ない!」
「……カッチーンと来ることを言ってくれるじゃ、あーりませんか? なんだ、やるか?」
「やってやろうじゃない!」
文字通り飛んできたヴィーチェが、髪の毛を逆立てさせながら巫女殿とつかみ合いの喧嘩を始める。
ぽこすか、ぽこすか。
いや、その。
そういう場合じゃ、ないんだが……?
「隙ありアゲインなワケダ!」
「「うるさい!」」
「いってーですわー!?」
ふたりの様子に好機とみたか、姉妹騎士が飛び込んでくるが、絶妙の連携でいなされ逆に吹き飛ばされる。
「見事な連携だ。仲良しであるとみた」
ヴィーチェと巫女殿が、顔を見合わせ。
次の瞬間、すごい形相で私を睨んでくる。
いや、貴様らは否定するが、やはりどことなく雰囲気が似ているぞ? 巫女殿が豊満に成長したら、ヴィーチェになりそうではないか?
「愚にもつかない言葉を吐くな。早く行け。そして死ね」
「なにを突っ立てるのよ、馬鹿キリク。早く行きなさいよ。あと死になさい」
え、えー?
「あのねぇ、巫女と手を組むなんて不承不承どころか最ッ悪ッだけど、あんたがどうしてもっていうのなら考えてあげるわよ」
「オレたちに気を割いている暇があるのなら、さっさと巨人の珪素騎士──リトー・ゴーヴァンを止めることだな。言っておくが、あれは強いぞ。オレとメドラウドがふたりがかりでようやく拮抗と言ったところだ。……それが誰かを襲うのだ、考えるまでもあるまい?」
ハッとする。
彼女たちの言葉は真理だ。
このままリトーを捨て置けば、遠からずこのセクタの住民達は壊滅する。なによりも真っ先に、彼が愛した女王が危難が及ぶ。
「キリク」
「婿殿」
「……本当に、始末におけない男だな、私は」
これだけ背を押されて、それでなお躊躇するのなら、もはや私は日本男児ではない。
なによりも、彼の戦友ではいられない!
「恩に着る!」
礼もそこそこに、私は腰のトリガーを引き、上空へと舞い上がった。
姉妹騎士はそれを許すまいと迎撃の体勢を取るが、巫女どの達がインターセプトしてくれる。
「なすべきことをやってこい、婿殿!」
突き出された拳に見送られ、私は、リトーのもとへと飛翔した。
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