第四節 災厄の匣よ、ひらけ

「リトー……いや、巨人騎士!」

「ゴヴァアアアアア!!!」


 巨人の頭上を飛び越え、ピラミッドの上に着地した私は、彼の酷い有様を目撃する。

 功子の作用が、己にも及んでいるのだろう。

 あれほど堅牢だった鎧がロクショウに覆われたように緑に染まり、あちこちがほつれ始めているのだ。

 その上で、彼はすべてを破壊しようと、いま拳を振り上げる。


 目標は、当然ピラミッド──その内部の、女王。

 私は、身体強化に全力で功子をつぎ込み、彼の拳を受け止める!


「バグガアアアアアアアアアアアア!!」

「ぐ──がああああああああああああ!?」


 巨大質量×埒外筋力×絶対破壊能力=極大衝撃波!


 尋常ではない衝撃が私の全身を貫き、余波だけでピラミッドが半壊する。

 総身の力を込めているにもかかわらず、ただの拳を支えることも出来ず、私の矮躯がジリジリと押し込まれていく。

 そのうえ巨人の放つオーラはすべてを崩壊させる破壊波動デモリッション・オーラ。触れているだけで全身が切り刻まれ、激痛に喘ぐことになる。


 こらえきれない。

 このままでは、受け止める云々以前に、身体が崩壊する……!


「おおおおお──フェンリル、二段解放!」

暴食器官アンボトム・グラトニー活性開始ハザード・オン──安全弁解放パンドラ・スライド──暴食昂揚エスカレート・バイト


 咄嗟に功子差動増幅飾帯フェンリルを、段階を飛ばして起動。

 首のへし折れる激痛とともに、血しぶきとマフラーが吹き出し、功子の瞬間出力が指数関数的に上昇する。


 ありったけの功子を放出、暴走巨人の拳を破壊しようとするが、傷一つつかない。

 馬鹿な。

 決戦機構である差動装置フェンリルを使っているのだぞ!?


 思い出す。

 かつて最強の珪素騎士たるキャスは、功子の皮膜を纏うことでダメージを絶縁していた。

 いま巨人が身に纏うオーラが、その皮膜と同種の働きをしているのだとしたら?


 そこまで考えたときには、巨人騎士のちからが上回っていた。


「ぐわああああああああ!?」


 足下が崩落し、ピラミッドの底辺まで殴り抜かれる。


「赤キ竜サマ!?」


 地面へとたたきつけられ、血反吐が仮面越しにゴポリと漏れ出す。

 ここは……まずい。女王がいる中枢ではないか。

 案じたように近寄ってくる彼女を、反射的に手を上げ押しとどめる。


「逃げるんだ。次を防げるかは、かなり怪しい」

「……逃ゲマセン」


 なに?


「ダッテ。何故ナラ──アレハ妾ノ太陽ノ、愛シイ、リトーノ、拳ダカラ」

「────」


 盲愛を目にして、言葉を失う。

 同時に、深く恥じ入る。


 この区画の住人をひとと定義できるかどうか、私は悩んでいた。

 だが、こんなにも誰かを真摯に愛することが出来る者が、いのちあるものでなくて何だというのか。

 大切なひとを想い、憂い、涙する。

 人であろうとなかろうと、それで十分ではないか。


 そうしてリトーの破壊衝動は、そのまま愛の証しだ。

 彼に壊されたものは、すべて彼が愛していたものだと言うことになる。

 それは、逆説的な愛の実在証明だった。


 ならば。

 だからこそ──守らなくてはならない。

 こんなにも尊い者を、不条理に晒してはならない。

 立て、立ち上がるのだ、私……!


『キリク!? 大丈夫なんでしょうね、生きてるんでしょうね!?』


 震える膝に鞭を打てば、私を案じる相棒の悲鳴が聞こえた。

 妖精の姿をしたヴィーチェ。


 彼女が現れて初めて知覚したが、視界は真っ赤だった。功子の限界を告げるアラートが頭の中で鳴り響き、数値達が赤く明滅する。

 功子残量、残りわずか。

 戦闘可能時間──残り七十秒ほど。


『なんて酷い状態なの……キリク、いますぐフェンリルの使用を中止して。これ以上喉を潰せば、摂食行為が出来なくなる。食事が出来なければ、遠からず功子の枯渇を招く。そうなったら、アンタは取り返しのつかないことになるわ。いい? すぐにそこから離脱して。最悪でも、三段階目の解放は許さないわよ』


 もし強情を張るのなら、身体の自由を操ってでも逃げると彼女は脅しをかけてくる。

 いつものことだ、優しい魔女だ。


 ギリギリと悲鳴を上げる躯体。それでも強引に顔を上げれば、巨人が二撃目を振りかぶっているのが見て取れる。


「オオオ──ウォオオオオオオオ──」


 鬼哭啾々きこくしゅうしゅう

 巨人は、ボロボロと両目から波動をこぼしながら、攻撃を放つ。

 その口元が、わずかに動いたように見えた。


 ──ヤクソク、と。


 考える、いくつものことを、わずかな時間で。

 そうして──覚悟を、決める。


「すまない、ヴィーチェ」


 女王の前に、かつての誰かのように私は立った。

 喉に手をかけながら、おのれの本分を思い出す。

 そうだ。


「私は、幼女である前に憲兵なのだ。約束は、破れない!」

『キリク、だめぇえええええええええええええ!』


 相棒の制止を振り切って。

 渾身の力とともに、細首をフェンリルで噛み砕く!


 ──ゴギン!


限定全解除アンリミテッド──鏖食無惨開始グライラ・オン


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 巨人騎士の右ストレートが、流星のごとき破城槌となって降り注ぐ。

 私は残りわずかな功子を一瞬の刹那にすべて解放し、それを受け止めんと死力を尽くす!


「おおおおおおおおおおおおおおおおお」


 絞り出すような咆吼。

 ありったけの気息を巡らせ、全力全開の気功をたたきつけ。

 それでも受け止めたハシから、赤備えが砕け散っていく。


 ただでさえ残り少なかった功子が、めまぐるしい勢いで減少し。

 待つのは破滅。

 約束された敗北。


 だとしても。

 それでなお。

 この私には、果たすべき誓いがある。


 太陽の騎士が今日まで守ってきたものが、当然やってくるはずだった明日が奪われることがあるなんて。

 それを為すのが、彼自身などと言う悲劇、あってはならないのだ。


 愛するものをその手で殺すなど、そんな理不尽、許されてなるものか!

 だから!


「すべてを吐き出せ、赤備えぇえええええええええええ!!!」

「バゴオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 お互いの死力が衝突し。

 そして。

 そして──


『──ぁぁ』


 魔女が、嘆きの声を上げた。

 危篤を告げる甲高い電子音とともに、功子残量が真っ赤に染まり、ついには底をつく。

 脳髄に電流が走り、数値が零に。

 そして視界は、闇黒に染まってブラックアウトして──



功子の零地点突破を確認ゼロビヨンド・シークエンス・オールオーケイ──叛作用暴食器官パンドーラ──起動オープン


「ギャ、ガ?」


 轟音。

 すべてを破壊するはずだった巨人の腕が、あらぬ方向にへし曲がり、吹き飛ぶ。

 ゆらりと赤い矮躯が──否、闇黒色の功子を放出する〝何者〟かが立ち上がり。


「赤キ竜、サマ……? ──ヒッ!?」


 ギンッ! と。

 両眼を、血のような真紅に輝かせ。


『これより、功子の強制摂取を開始します』


 災厄のはこが、いま開く。

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