第四節 最強の珪素騎士

 微小集合体の反射シールドが融け落ちる寸前、なにかが盾を突き破った。

 それは暗黒の太陽に衝突すると同時に、複数回爆発。

 何度も周囲に熱波を放ちながら、太陽の光なき炎をかき消してみせる。


「おやぁ、これは予想外。功子作用をレジストするとは……ふむ?」


 帝大の教授か何かのように、愉快そうに笑う珪素騎士。

 ほんの数時間前まで存在した人の営み。明日へと向かう、今日を必死で生きる人々の祈りのすべてを踏みにじった邪悪。

 そのニヤケ面が気にくわなくて。


「──ここには、善き営みがあったのだ。人々の細やかな安寧が確かにあったのだ。それを奪う略奪者め……おまえはここで、朽ちて死ね」


 静かに気炎を吐き、彼奴の前に立ち塞がる。

 紅蓮の鎧が蒸気を吐き出し、縁取りを蛍光色の光が駆け抜け、長き髪は爆風に乗って燃え上がる。

 しかして両目が。


 いま──黄金に輝く。


『フォース・アクチュエーター・ジャケット──赤備え、正常な活性を確認!』


 ヴィーチェのアナウンスが頼もしい。

 功子の残量も、この村での食事が幸いして、六十は残っている。

 戦えると、私はぐっと拳を握る。

 腰部から功子密束投射装置を引きずり出し、珪素騎士へと向ける。

 だが対敵は、酷薄に笑うだけ。


「爆風消火──本物の太陽でない以上、大気組成中の酸素がなければ燃焼作用は起こらない。だから功子にて世界へ作用を促し、爆風で酸素を吹き飛ばして強制消火する。とっさの機転としてはなんとも見事。ものの道理、巫女さま付き侍従役のメドラウド卿が、簡単に敗北するわけだ」


 わざわざこちらの術理を解き明かし、余裕たっぷりに見下して、珪素騎士は笑う。

 ……いや。彼奴のセリフにはわずかな疑義があった。

 迷いは、本来なら命取り。

 けれど、この手の違和感は、戦場で幾度か私の命をつないできたもの。


「メドラウド」

「む?」

「メドラウドとは、誰のことだ、珪素騎士?」


 この問いかけに、彼奴は。

 炎と鏡を背負った、褐色の肌のゴシックロリータは。

 悪魔のような笑みを浮かべ、ねっとりと答えた。


「これは失敬。メドラウド・トゥルッフ卿は、先だって叛逆者殿が討ち滅ぼした珪素騎士の出荷型番コードネーム。とある御方の侍従にして非戦闘員」


 非戦闘員、だと?

 あの、超高速の珪素騎士が。

 あの、化け物が!?


「ああ、驚いてくれるのは嬉しいが、自己紹介は最後まで聞くものだ。騎士の末席に名を連ねる小官の出荷型番は、キャスパ・ラミデス。気軽にキャスと、呼んでくれたまえ。我らがカイザーは寛大だ。その程度の自由は、保証されているとも!」

『に──』


 彼奴の名乗りを聞いて。


『逃げて、キリクッ!! そいつが、その珪素騎士が本当にキャスパ・ラミデスだというのなら──』


 無表情なはずの妖精魔女が、有り余る絶望とともに、絶叫した。


『いまのアナタじゃ──決して勝てない!!!』


§§


『キャスパ・ラミデス! 欠けた円卓の楔! 神敵を灰燼と帰す者! 適合者! たった数時間で、基底領域の反乱を騎士! 異教徒殺し! 曰く──最強! そいつには勝てない、勝てないのよ、キリク!』


 わけのわからないことをがなり立てるヴィーチェ。

 叫んでいるだけならば無害だが、ついには私の身体の支配権まで奪おうとする。


『お願い、言うことを聞いて! 相性の問題なの! ! 逃げて頂戴キリク! アナタには、生き延びて貰わないと……!』

「ヴィーチェ。貴様が本気で逃げろというのなら、私は従おう」

『だったら……!』

「だが、この場で彼奴は何をした? 彼奴を見逃せば、どうなる?」

『それは──』

「どうやらお取り込み中らしい……さて、これは独り言なのだが──小官はこの地を焼却せよと命令を受け、受領している。。そこに変更はない。ついでに、貴殿とダンスを踊ってやれとも下知を受けている」


 だ、そうだ。

 敵の言うことが何処まで本当かはともかく、ヴィーチェの言葉を信じるのなら、彼奴にはその程度のこと造作もないのだろう。


 その上で、私は貴様ヴィーチェ・ル・フェイに訊ねたい。

 この世界に、戦争はあるのかと。

 彼奴ら珪素騎士と、人類は戦争をしているのかと。


『……答えは、NOよ。戦争は、していない』


 であれば、これは虐殺だ。

 私は憲兵だ。ノリを守らせる者だ。

 軍人にとって、虐殺強奪とは、もっとも恥じ入るべきことだ。それは無法だ。

 無法を認めるなど、廻坐乱主となにも変わらない。

 ならば、結論は至極単純。


「戦争がないのなら、誰も無為に命を散らす必要などない。ないのだ、ヴィーチェ! 虐殺も! 鏖殺も! 私は……許しはしない!」

『キリク……ええい、この頑固者め!』


 妖精が、目の中から一時的に姿を消す。

 背後から飛翔する影。

 翼を展開し、滑空するヴィーチェ。


「キリク! 説得された訳じゃないわよ! でも、キャスから逃げ出すにしても、今のままじゃ戦力がたりない! だから、あなたの拡張躯体の封印を解除してくる! このままじゃ、どのみちこのセクタは全滅だもの。だから、それまでは防戦に徹して、決して無茶しないで! バカをやったら、強制的に操ってでも逃げ出すんだから!」

「小官がそれを許すと思っているのなら、これは見くびられたものですなぁ」


 ヴィーチェへ向けて、手を掲げる珪素騎士。

 私は、瞬間的にレイヴンを抜き撃ちしていた。


 ギィィィィン!


 密束された功子の弾頭が、珪素騎士の右手を直撃。

 放たれた炎糸の軌道をわずかに変える。

 

 この間に飛び去るヴィーチェを、珪素騎士は黙って見逃し。

 私へと、向き直る。


 その手には、かすり傷一つ、ついていない。


 冷や汗が、装甲の内側を伝う。

 彼奴が無言で両手を広げ、炎の爪を伸長しながら、地を蹴った。

 レイヴンで迎え撃ちながら、私は思う。


 ああ、これは。

 無謀な約束をしたものだな──と。

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