第五節 背水の陣は、勝機の確信
「
炎の珪素騎士。
その機動力は、人知を超越したものだった。
発条のように細長い四足をたわませて、空中へ跳ね上がったかとおもえば、空間を蹴って、立体的な機動をやってみせる。
否。
空間を蹴っているのではない。
周囲に張り巡らした炎の糸を、足場に見立てているのだ。
無限の足場を手に入れて、平面ではなく立体で動く、縦横無尽の獣。
これでは、人と猿が戦っているようなものだ。勝ち目がない。
先日戦った槍の珪素騎士──メド……なんと言ったか、名前を覚えるのは苦手だ──ほどの速度ではないが、多角的に攻撃されるとなると、厄介度が跳ね上がる。
戦艦が航空機に敗れた最たる理由は、頭上の制空権を奪われ、取り付かれたから。
いまの私は、まさにその有様だった。
「はっはっは! 愉快、痛快、手出しもできない相手をいたぶるだけでいいとは、楽な仕事もあったものだ!」
「ぬか、せ!」
無数の閃光が交錯するように、四方八方から叩き込まれる炎の爪。
それは、赤備えの強固な装甲を容易く焼き切るだけの熱量を帯びていた。
生命維持のために重点的に守っている心臓や頭部はともかく、すでに肩や脇腹は浅く切り裂かれている。
不幸中の幸いと言うべきか、あまりに高温で切られるため、血が漏れ出すことはない。肉が焼け、図らずも止血されるのだ。
その場にとどまって戦うことも考えた。
だが、遮蔽物があまりに少なく、何より背後には竦みきり、容赦を求めて土下座を続ける男衆がいるのだ。
巻き込めない。
私はおのれの判断に従い、村のなかへと突入する。
「何処に行こうというのだね? ああ、お帰りには別途費用が必要だが?」
「片道切符を押しつけるつもりで、よくも言う!」
「そうでもあるがねぇ!」
襲い来る珪素騎士に軽口を返し、私は投射装置を振り抜いた。
村田銃よろしくレイヴンで、散発的に狙いをつけ迎撃。
だが立体軌道を取り、私よりも遙かに高速で移動する珪素騎士を打ち落とすには至らない。
いや、一発もかすらせることができない……!
なぜだ?
いくら何でも、ここまで命中精度が低いわけが……っ。
「また糸か! 人形遣いを気取るかよ!」
功子投射装置の砲身に、見えないほど細い糸が絡みついていた。
これが引っ張られることで、わずかに私の狙いを狂わされていたのだ!
「文字通りの絡め手とは、厄介な」
「いやいや、これは遊び。そしてマンハントだ! これほどの娯楽性を帯びたご下命もあるまいよ!」
珪素騎士はハニカム構造の部屋を蹴破り、階下へと急降下。
着地と同時に鞠のように跳ね返り、壁を蹴って急上昇。
視界を移したときには、次の足場へと飛び移り、私の死角から攻撃を当ててくる。
檻の中で、俊敏な蜘蛛か豹でも相手にしているような恐怖。
人間では決して適わない、野獣の機動力。
それにくわえて、彼奴は足場を踏みしめる際、故意に汚泥を踏みつけていた。
血色の汚泥が、そのたびに断末魔の悲鳴を上げるのだ。
悲鳴が、私の精神を軋ませ、冷静さを失わせる。
『キリク……もうちょっとだから! 生き延びて……!』
魔女のそんな声も、耳には届かない。怒りが、この村に住んでいた人々と過ごした数日間が、私の魂を憤激させる。
「……外道が」
他方の攻撃は次々に命中し、此方の射撃は空を切る。糸、糸、糸。気がつけば、全身に、炎の糸。
ジリジリと減少する功子残量。
残りは、五十あまり。
糸が、私の功子までも燃やしているのか。
内部機構を引き出し、赤熱した砲身を露出。
排熱を行おうとするが、彼奴がそれを待つ道理はなかった。
「
頭上から唐竹割りの勢いで振り下ろされる、業火の
薄く束ねられた炎糸は、いにしえの名刀もかくやという切れ味を示し、私の胸に深く、鋭い切り傷を作る。
「がっ!?」
血が、噴水のように吹き出した。
瞬間的な判断で、レイヴンの焼けた砲身を傷口に強く押し当て、無理矢理に止血を行う。
が、止まらない。血が止まらない。
体勢が、激痛と消耗でわずかに崩れる。そこに、待っていましたとばかりに波状攻撃。
脚を、腕を、守りを失った頭部を。
珪素騎士の爪がえぐり出し、強固堅牢なはずの装甲が、バターのように融解を始める。
「
「残念ながら小官は、カイザーと同じ力を持つ貴君を、ちっとも過小評価するつもりはない。嬲ってくたばるのなら、これほど安全策はないと信じるが?」
安全と言ったか。
つまり、彼奴とて功子の直撃は恐ろしいのだ。
ヴィーチェは言った。功子の最大放射を浴びて、無事で済む者などこの世には存在しないのだと。
おそらく、功子皮膜とやらも、例外ではないのだ。
だからこそ、糸を使ってこちらの狙いを逸らし。同時に消耗戦を仕掛けてくる。
──で、あれば。
「アウトリガー、固定」
「ほう……?」
不退転の覚悟で、差し違えるしかない。
両足を床面に突き立て、大樹のごとく不動の構えをとる。背水の陣、一歩も退けない窮地に自ら飛び込む。
レイヴンを腰部に固定し、功子の制御に、全てのリソースを割く。気息充填。
振りかぶった右手の装甲を最大解放。
防御も技術もない、一撃必滅の構え。
この状態ならば、多少手足の動きを阻害されても、関係はない。
「捨て身。カミカゼ。そういったたぐいの戦略とお見受けするがぁ?」
侮蔑を込めた声音で、珪素騎士が問う。
そうも言いたくなる気持ちはわかる。私とて、これは愚策だと理解している。
だが、こうなれば彼奴とて慎重策に出るしかない。
案の定珪素騎士は、不用意な接近をやめ、間合いをとったのである。
右手の中で粒子が荒れ狂う。
いまにも暴発しそうになるが、レイヴンを最大稼働し、無理矢理に押さえ込む。
長期戦は、やはり私が不利。
だからこそ交差必殺の構えをとかない私を見て、珪素騎士は。
「ならば、遠距離から狙い撃つまで!」
彼奴は頭上に、再び巨大な暗黒の太陽を形成。
先ほどに倍するそれが、私へと向けて飛来する。
その判断は至極もっとも。極めて正しい判断であると言えた。功子の臨界によって自爆するよりも早く、確実に動けない私にとどめを刺す。
ゆえに──私は必殺する。
背水の陣とは、勝機あるときのみの戦術と知れ!
「狙い撃つのは──私の方だああああああああああああ!!」
「!?」
右手に充填されていたありったけの功子を、功子密束投射装置の内部構造に叩き込む!!
凡て、全て! 余さず総てを!
限界まで圧縮された功子が、フレーム内部で極小の弾頭へと圧縮され、砲身を破壊しながらも投射される。
「は──叛逆者ああああ!!」
芥子粒大の破壊の奔流と化した弾頭は、太陽を貫通。
それどころか作用効果により凡てをエネルギーに置換しながら、珪素騎士に直撃する。
勝った。
間違いなく仕留めた。
その確信が──
「──よもや、小官に全力を必要とさせるとはな、偶像ぉおおおおおおおお!」
脆くも、崩壊する。
無傷の珪素騎士が、咆哮を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます